さば





 あれ、とイルカはふとした拍子に気づいた。
 居酒屋でサバの味噌煮があって、旬も外れて珍しいと頼んだときのこと。
 カウンターの隣に座るカカシが、

「俺、魚って食べるの苦手なんですよねえ」

 といいながら、味噌煮の背の身を割ってから、ひょいっと裏返した。こってりと煮込まれたサバの裏があらわれる。
 イルカは、珍しい食べ方するなあ、とほろ酔いの頭で見ていたのだが、カカシはひっくり返したその裏の骨を、軽く箸でつつき始めた。

「取れるかなあ」

 ひとりごちるカカシの手元は、どうやら骨のあいだを浮かせて、身と離しているようで、やがて、綺麗といってもいいぐらい骨だけがぽろりと外れた。

「お〜。すごい技ですね、カカシ先生」
「はは。食べるの苦手でね、俺。ぼろぼろ崩して食べてたんですけどね」

 イルカも同じだ。いたって素直に、上の皮から崩して食べる。

「ほら、イルカせんせ、食べて。食べやすいと思うよ」
「あ、はい。んじゃいただきま〜す」

 嬉しそうに、おいしそうな腹の部分に箸をつけるイルカを、これまた嬉しそうにカカシがニコニコとみる。骨を除けたのも、イルカのためです、と顔にかいてあるようだった。

「じゃあ、誰かに教えてもらったんですね〜。あ、このサバ、意外と脂がのっててウマイ」
「ほんと? じゃあ俺も一口。イルカせんせの食べ残してるとこもらお」
「あ、ひどいです。それはわざと残してるんです。ウマかったから」
「うん、ウマイです。そうそう。あんまり酷い食べ残しだったから、あんさん男前が下がりますえ、とかいわれちゃって」

 しょうがないからとっときの裏技、教えたげます、とかいわれて教えてもらったんですよー。
 美味しそうに味噌煮をつつくカカシの横顔を、ふと眺める。
 あれ、と首をかしげる。
 カカシもどうやらほろ酔い加減のようで、色恋話ではないが色めいた話をきくのは始めてだった。
 考えてみればカカシは引く手あまたの有望株。
 女性の一人もいておかしくないだろう。

「―――むしろヒモでも似合いそうですよねえ」
「…ブはっ」

 カカシの喉にサバが詰まったらしい、あわててビールをぐいぐい飲んでいる。
 そりゃそうだ、こんな見栄え良し中身良し稼ぎ良しの男がいれば、世話をやきたい女性など居るに決まっている。
 じゃあなんでかなあ、とイルカは思案しはじめた。
 そこへ咳をしながらも回復したカカシが。

「な、なんでそんな。ヒモってイルカ先生っ」
「カカシ先生だったら似合いそうだな〜と」
「似合いませんよっ」
「またまた〜。モテモテなんだから〜」
「イルカ先生っ」

 慌てるカカシがおかしく、わざとからかうと、さらに慌てるカカシ。ケタケタと笑い転げながら、さっき感じた何ともいいがたい不安のようなものも、一緒に笑い飛ばせればとおもった。
 あれ、と首をかしげたあの気持ち。
 カカシの隣に自分がいないことへの不安、か。
 胸のあたりがなんか苦しいな。
 こってりとした味噌がつかえただろうか。
 イルカはジョッキに残ったビールを乾すと、おかわり! とカウンター向こうにむかってジョッキを掲げてみせた。



2006.12.4
やきもちイルカ。
「お行儀わるい仕方やし、あんまり人前でせんほうがえぇんやけどね」って花街のお姐さんは言ってたけど、それは忘れてるカカっさん。
んで得意げにイルカにみせたものの、口がすべってバレちゃったから、内心冷や汗もののカカっさん。