ハピバデ。
 おめでとう、俺。


 というわけで俺は今日、2×歳の階段を上りました。
 つーか気づいたのは、朝アカデミーの自分の机で書類の準備をしてたら、よく話すやつが「はよーさん、おめでとーさん」ってだけ言い放って去っていったからなんだけど。おもわず「はん?」とやつの背中を見送って、やく三十分後ぐらいに、今日、俺はそういわれる資格があることに思い至った。時間かかりすぎだっての。
 それにしてもよく覚えてたな。マメなやつー。いや、感謝してます。ありがとう。


 さて、アカデミーの授業をちゃっちゃとやりこなして、昼に終わったとき、普段は大人しい様子で授業をうけてる生徒が、ちょこちょこっと俺によってきた。背ばっかりひょろ高くて、いつもはにかむ感じで笑う女の子で、どちらかというと優等生。でも悩みを溜めるタイプだ。
 その子がなにかいいたげにしていたから、俺は「どうかしたか?」と話しかけた。できるだけ何でもないように気軽に。
 そうしたらその子は、ちょっとばかり頬を染めたかと思うと「イルカ先生、今日、誕生日でしょ? これ、あげる」だってよ!
 び、びっくりしたー!
 あっけにとられている間に、その子は教室から飛び出していってしまった。
 ついでに、その子の姿が廊下に出ると同時に、どこからともなく「きゃー!」とかいう女の子同士の黄色い声が聞こえた。…多分、友だちなんだろうな。
 それにしても、えぇー?
 びっくりしたなぁ。
 あとでちゃんとお礼いっとこう。


 昼飯を屋上で食っていると、なんとアスマ先生がやってきた。
 なんすか、屋上タバコですか。
 さいきん喫煙者に里は厳しくて、運動能力を制限する喫煙をアカデミー校舎内で前面禁止にしている。
 受付でも基本は同じで、喫煙できるのは灰皿のある場所だけだ。
 で、屋上には灰皿がある。
 アスマ先生は「おー」とか手をあげて、ダルそうに弁当くってる俺の横に座った。
 もー、そのかったるそーなのポーズだって知ってますよー。
 あ、いたたたた、すいません嘘です、知らないです、だから頬つねるの止めてください。
 俺のよく伸びるらしい頬を離して、アスマ先生はぷかーと煙を吐きだす。
 少しのあいだ、世間話をしていると、思い出したようにアスマ先生が「そーいやお前ぇ、今日が誕生日らしいな、おめでとうさん」とかいった。「はえ?」と間抜けな面をしていると、アスマ先生は豪快に笑って「よく生き残ってきたなって意味だよ、これからもちゃんと歳くってけよ」といった。
 あー。
 アスマ先生って、普段は歳のわりにさばけたような態度で、ダメ中年、とかいってもいいぐらいかもしれないけど、なんかたまーに良いこというよな。
 感動してたらアスマ先生は自分で自分のいったことに照れたのか、さっさとどっかに行ってしまった。


 さて午後は受付です。
 俺、この時間が一日で一番、眠い時間です。
 なんせ食った飯が消化されてるわけだし。でも、いっちばん、気の抜けない時間でもある。
 顔をあわせるのはやっぱり中忍、上忍が多いしね。
 というわけで任務後の報告書をうけとって、裏から回ってきた新しい任務を規定の報告書形式に写したり、割り振ったりする。その事務作業のあいまに、見知った忍びと世間話したりするわけだ。
 午後の遅くに、卒業して下忍として活躍してる教え子たちが、報告書をたずさえてやってきた。
 よしよし、今日も無事に終わったんだな。
 安心しつつ、チェックしていると不意打ちで「イルカせんせー、おめでとー!」と叫ばれてびっくりしたー。
 うお、字が歪んだだろーが。でもまぁ嬉しいよ、ありがとう。
 とかいってたら、若手の中忍や上忍になったやつの中には俺が受け持った生徒なんかもいるわけで、そういう忍びが声をききつけて、寄ってきて「イルカ先生、今日なのか。おめでとうございます」と言ってくれた。おー、お前も大人になったなぁ。
 今日はなかなかに良い午後でした。


 俺は朝からアカデミー出勤だったから、今日は日没前に家に帰れる。
 カバンを肩からかけて帰っていると、とつぜん声がした。
 イールカせんせー! というのと同時に、どん、と背中に体当たりされて俺はよろめく。
 苦笑。
 こーら、お前はまた昔とかわんねー感覚で飛びついてきやがって。
 でも怒る気持ちは起きない。
 まあ俺もこいつを大事に思ってるし、こいつも俺を大事な存在だって言ってくれる。
 親子じゃないけど親子みたいな存在だ。
 ね、ね、イルカ先生! 一楽いこーぜー!
 そういって笑う顔をこづいて、俺の晩飯は一楽ラーメンに決定。
 もちろん、お前のオゴリだよな。
 でもラーメンにロウソクは立てんなよ!
 先手を打って言ったら、バレたかニシシシ、と笑ったから、俺はもう一回、額をこづいてやったよ。
 ありがとな。


 明日もやっぱり仕事があるから、夜更かしはしない。
 日がくれて数時間もしたら明日のために寝る準備をする。
 風呂も入って、最近読んでいる巻物が散らかっていたけど、まだ片付けるのはやめておいてベッドでも読むことにした。コップと巻物を手にベッドにいこうとしたら、玄関扉がトントンと鳴った。
 俺はじっと扉をみる。
 しばらくすると、またトントンと鳴った。
 扉の向こうに気配はない。
 俺はコップの中身を、一口のんで、やっぱり扉を凝視する。
 すると、また気弱そうに、トントン。
 それでも俺は扉を開けない。
 見ていると、ためらったような間をおいて、小さくトントン、だ。
 あーもー。
 こんな夜更けにどなたですかー。
 ムカついた俺はそう言ってやった。
 すると音とおなじような気弱そーな声が「まだ九時ですよー。夜更けじゃないでーすよー」と反抗した。このやろ。言い返すか。なんだよ俺はもう寝るところなんです、御用事ならまた明日どーぞ! あなたも自分ちでごゆっくり御休みください!
 言ったら、なんと扉向こうからしくしくしくと声がする。
 おい、ウソ泣きだろそれ! あからさまな!
 根競べのつもりで、しくしく声をずっと聞いていたけど、やがて俺のほうがげっそりしてきた。
 しくしく、ってそれ泣き声じゃないし。
 擬音だし。
 つっこむのも疲れるから言わないけど。
 俺はよろよろと、巻物を放って扉を開けにいった。
 くそー、負けた。
 扉をあけたら、俺のアパートのやっすい玄関灯のせいで黄色っぽい頭をした銀髪の男の人が、もう、満面の笑顔、って感じでぱあぁっと顔を輝かせた。…さっきまで泣いてたフリしてたくせに。くそ、俺は結局この人に弱いのか!

「イルカ先生! 酷いじゃないですか、俺、任務頑張って終わらせてきたのに!」
「うっさいです、玄関先でわめかないで下さい、ほら、入るんですか、帰るんですか」
「あ、入ります入ります、カカシ、おじゃましまーす」

 バカだよな、この人。
 毎度、なにかしらそう思うよ。去年の夏にはスイカ狩り行こうよとかいったり(実際、連れて行かれた。イッコしか食えないのに)、冬にはふきのとう狩りに行ってきますとかいって帰ってきたら血みどろで「クマの肝、狩ってきました〜」とかって倒れてた。バカだろ、どう考えても。狩ったのはクマの肝じゃなくて、クマだっつーの。しかも襲われたんだろ、冬眠明けで。ばーかばーか。
 そんなバカなうえに無駄に上忍さまなこの人は、なんと俺が好きらしいよ。

「あ、俺ちゃんと忘れずに買ってきましたよー」
「だから要らないって言ったでしょうが」
「そんなこと言わないでよー。俺、頑張ったのに。せっかく任務も受けたのに」
「あのですねー、そんな理由でSランク任務、受けないで下さい、頼むから」
「ええー? 喜んでくれないのー?」

 身をくねくねさせながら、やーな笑い方で上忍さまは、背中に隠したものをさっと取り出した。
 木箱。
 中身は分かってる。一升瓶だ。
 幻の銘酒なのだ。
 なんとこの上忍は、俺がちょっと前に、あーこれ一回飲めたら最高だよ何でもしちゃうよ、といったことをしっかり覚えていて、俺の誕生日にあわせて手に入れようとしたらしい。その結果の、他国への任務、というわけで。産地でしか手に入らないからって、そりゃやりすぎだろーに。

「…喜ばないわけじゃないですけど…でもあなたに怪我があったら本末転倒でしょうが…」
「あはは、俺の心配してくれるの? でも大丈夫だよ。怪我、ないよ。それにイルカ先生、自分の心配したほうがいいよ」
「は? なんでですか」
「だって何でもしてくれるんでしょ? それ飲めたら」

 俺は黙って木箱を奪い取り、放っていた巻物をバカ上忍の顔に投げつけてやった。
 ばーかばーか。
 あのなー、そういうバカな話じゃなくて、俺は、あんたが心配なの!
 ていうか酒より、あんたが朝から居てくれたほうがずっと良かったんだ。
 それをだな。
 帰ってきても、肝心の言葉はいってくれないし。
 この、ばーかばーか!

「あー、顔あかーいね、イルカ先生」
「うっさいです! 俺、もう寝ますからね」
「はーい。俺も風呂入って、今日は大人しく寝まーす」
「…これ、ありがとうございます」

 照れくさくても、礼は礼だ。
 目をあわさないようにしていうと、あっというまにぎゅっと抱きしめられた。

「誕生日、おめでとう、イルカ先生」
「…ありがとうございます」

 やっと言ってもらった言葉に、俺は機嫌をすこし直してやることにした。
 するっと腰に回された腕が気になったけど、外の空気の匂いがする腕に抱かれているのは気持ちが良い。
 頬を寄せて、キスをして。
 俺だって、この人のことがけっこう好きだ。
 だから、誕生日のことをうっかりするぐらいには、帰還日が延びていたことが気になっていた。
 ったく心配させて。

「…おかえりなさい」
「うん、ただーいま」




 こうして俺の一日が、ようやく終わったのだった。
 まあ良い日だった。
 みんな、ありがとうな。
 久々の一楽ラーメンも美味かったし。
 酒は、―――また次の日が休みの日に飲もうと思うよ。二人でね。
 今日のところは素直に寝るけど。



 って。






「―――…ッ、人の腰撫でてないで、さっさと風呂、入ってきなさい…!!!」






 というわけで、おやすみなさい。




2005.05.26