射光。
目覚めはもう、最悪。
それ以外にいいようがない。
まったくおかしいことに舌の根は痺れてるし、喉はからからだし、瞼がどんより開かなかった。頭は鈍痛が止まないし、手足の関節がじくじく錆付いて動いてくれないし、なにより、下半身の感覚がなかった。
どういうことだよ、これ。
いったい。
「あ、目が覚めましたか」
俺がなんとか苦労して開けた目に、最初にうつったのは、クソ最低なツラ。
隠すほどのツラ。美顔。
あー。
なんだよ、いったい。
あれ、夢じゃなかったのかよ。
とか俺は思う。自分でも往生際が悪いと思うよ。けど、夢だって思いたいって気持ち、分かってくれよ。てか夢にしといてくれよ。頼むよ。
たとえ今、俺が寝てんのが俺の家のベッドじゃないって、俺がどんなにわかってても、天井がどうみたって違っても、夢にしといてくれよ。夢オチ。あー、人生ばんざい。
で、心で独り万歳してた俺を無視って、人間失格はたけ上忍は、俺に向かって手を伸ばしてきた。うわ、掌が近づく。俺の視界をほとんど覆って、額へ伸びていく。わ、やめ。ちょ、止めてくれ。
「や……」
けど、俺ができたのは、声をだすだけで、しかもそれはずいぶんひ弱なものだった。
情けなさに涙がでてきそうなほど、弱いもので。
とうぜんのごとく、はたけカカシはそれを気にすることもなくて、出来るだけ逃げようと布団のなかでもがく俺の額へ、その冷たい掌をのせてきた。
ひんやりとしたそれが、触れた瞬間。
ピリ、と何かが体を走って、俺は反射的に身を竦めた。
なんだいったい。
体が、震え始めて、止まらない。
肩の後ろに変に力がはいって、硬くなって、顎が引き気味になって、眉間のまんなかがぎゅっと熱くなった。まるで涙腺の緩む寸前のような。
額が熱い。
掌が冷たいからわかった。発熱している。
だからなんだろう、この震えの原因は。
きっと、そうに違いない。
体がどうしようもなく震えて硬くなるなんて、怖い、なんてこと。
あるわけがない。
「大丈夫かなぁ、とりあえず水、飲む?」
俺にまったくかまわないようすで、声が訊く。グラスが、見える位置に差し出された。けど、どうしろってんだ? 俺は手の関節も痛くて動かせないってのに、体が震えてもう動かしようもないってのに、どうやって受け取って飲めって言うんだよ。起き上がれもしないんだぞ。あんたのせいで。
布団のなかからグラスだけを俺は見ていた。
飲みたかったけどな。
けど、飲めないんだから仕方が無い。
からからに渇いた喉に、水は必要だったけど、この男に介助されて水飲むなんてのも、冗談じゃないだろう。
思って見てた時間、はたけカカシも、俺をだまって見てたみたいだった。
そしておもむろに言った。
「飲んで」
まるで命令で、腕が強引に、布団のなかの俺を引きずり出して、唇にグラスの淵があてられた。抗議するまなんかなく、グラスは傾けられて、あわてて薄く開けた俺の口に、水がするっと入ってきて。
粘ついた舌の上をすべったそれは、このうえなく。甘く。
でも喉には酷く急な刺激だった。
俺は当然のように水を喉につまらせ、派手にむせた。揺れた体が、ベッドに水を零す。シーツが濡れ、俺の胸元も濡れた。みたこともない色の寝間着も、濡れた。着せて、くれたのだろうか。
口のはしから漏れた水をぬぐうこともできずに、俺は濡れてしまった胸元をぼんやりと見た。じぶんのじゃない。てことはこの人のなのかな。わかんねぇや。
なんで。
うまく動かないのは思考も同じか。ぼんやり、していた。
だからはたけカカシが俺の顎をつかんで、流れた水痕を舐め、唇にまでぬめった感触がやってきたとき、俺は間抜けなことに、なんにも抵抗をすることができなかった。せめて、声にならない声を、漏らしただけで。
それさえ、まるで泣き声のようだったけれど。
「ぅ、や…ッ、んんっ…!」
温い舌が、俺の口のなかを勝手に動き回る。痺れてままならない俺の舌を甘噛みして、絡めとった。歯列の裏側のこそばゆいところをかすめて、舌先は俺の感覚をくすぐる。口付けがこんな、頭のなかいっぱいになるみたいになるものだなんて知らなかった。ぐちゅ、と音がして、唾液が俺の唇から零れた。
はたけカカシのやたら整った顔が、俺の下唇を、熱心に食んでいる。掌が、俺の額を押さえつけて、俺ができることといったら溜息のように息を継ぐだけで。熱い。湿った感触のそれ、は唇から首筋に降りていく。
濡れて色のかわった服を、指先が剥いでいき、肌が晒された。
室温が、肌に冷たかった。
「はッ、ぁ…! んぁ、あ…ッ」
舌が硬くなっていたそれに先を添わせて、こりこりと刺激した。俺は、感じたことも無い場所からの刺激に、ただ身を震わす。男の掌と唇が、胸を這い回り、執拗に一点を責める。歯を立てられ、俺の動かないはずの背が、ぴんと張り詰めた。
「…ひッ、ん……! やぁ…!」
刺激が、俺の頭をいっぱいにし、口はだらしなく開いたままで、俺は目を潤ませる。体が熱かった。まるで、目を覚ます前に俺を襲っていた、どうしようもない疼きを思わせる淫靡さで、俺の全身を火照らせる。
震えていた体は、今、別の意味をもって、震え始めようとしている。意識できない下半身より上、腰のあたり、鈍い疼きが生まれた。
信じ、られない。
いったいどうしちまったんだろう、俺の体は。
嘗められて、弄られて、涙ながして、なんで俺は、この男が俺を犯したあの瞬間を思って、酷く泣きそうな気持ちになっているんだろう。
足を折り曲げて、いっぱいに俺のなかに入ってきたあの感覚を、欲しいと、思ってるんだろう。
泣きたい。
怒鳴りたい。
俺に、この男に。
どうしてくれるって怒りたいよ。
でも、それ以上に。
もう許して欲しい。
許して。
この熱さを、開放、して。欲しい。
「ね、さすがに止めとこうと思ってたんだけど」
ぼんやりと俺はその言葉を耳にした。
間近に青い目があって、もう片方は赤かった。焔が、見えた。
「やっぱ入れて良いよね?」
それから俺がなにを口走ったか、よく覚えてない。
覚えていたくなかったってのもあるし。
ただ俺は懇願して、涙がでて、それから満たされた。
ぎしぎしと痛む背中や肩や腕をいっぱいに張って、俺は彼を受け入れた。
四つん這いに近い体勢で、俺は声をシーツに押しつけて殺し、瞼を閉じて熱を感じた。真っ白になる瞬間、ってのがほんとうにあって初めて実感した。気持ち良い、とかじゃない。良いとか、そういうのを通り越して、なにもかもが、真っ白に。
俺のなかで弾けた異物感も。
なにもかもが消えて。
ただ、俺は―――満たされた。
2004/03/29