理由。
じゃあ俺、これ資料室にしまってそのままカギ、かけていいんだな。
確認して、俺は教員室を出た。しまうための分厚いファイルは三冊で、やたら背表紙が太いプラスティック製のもので、ものすごく持ちにくくて、俺は両手で抱えながら廊下を歩いた。
三月ももうすぐ終わりだから、空気もさいきんあったかい。少しまてば、アカデミーの先の桜も咲くころだ。楽しみだなぁ、と俺は資料室へむかう。
時間は終業時間をとっくに回っていて、俺も帰りのついでに資料室へ寄ってしまうだけで、カギも預かって明日返せばいいし、気楽なもんだった。
今日の晩飯、なんにしようかなぁ、腹減ったなぁ、って思いながら歩いてた。
なんせ、里のなかだし。アカデミーの中だったし。
油断してたんだと思う。
資料室に入って、積みあげてある紙束やダンポールなんかの上に、分厚いファイルをうっちゃって、さぁ帰ろうか、なんて振り向いたとき。
いきなり、目の前に現れた男。
風も、気配もなかった。
扉の開く音なんかも、もちろんしなかった。
本当になんの前触れもなしに、俺の背後へ立っていた。
だから俺は真剣に驚いた。
現れ方もだったけど、その男がカカシ上忍だったことに。
「な…―――」
とっさになにもいえなくて、俺は数歩ぶんあとずさった。
そしたら狭い部屋だし、すぐに背中が机の上においてあったダンボールなんかとぶつかって。
ガタガタッて馬鹿みたいに大きい音がたった。たぶん、ファイルが落ちたんだ。床に。
一息、俺は息を呑んだ。
カカシ上忍は、まったく無言だった。なにか言うでもなく、俺の顔をみてるだけだった。
だから俺は、息を呑んで、瞬間の動揺からたちなおると、反対に動揺したことが恥ずかしくなった。仮にも忍びなんだし、よく考えなくても間抜けだった。
それをこの男の前で見せちまったことに、自分ながら腹が立った。笑いもしないし今のとこ嫌味もいってないけど、こっちの顔じっと見てるだけってのも、充分嫌味だろ。
「―――…どうも」
俺はなんか腹がたってきて、いいかげん何もいわないこの人を放っておいて、資料室を出ようとした。狭い部屋だし、横をすり抜けていくしかなかったんだけど。
けど、声がした。
「ねぇ」
「は」
「気持ち良いこと、好き?」
は?
訳がわからなくて、おもわずすり抜けようとしてる体がとまった。間近で、いけ好かない男の顔が見えている。少し、笑っていた。目の奥が。あぁ、目、見えてるほうは青いんだ。
「俺、今からあんたに凄く気持ち良いことするんだけど、喜んでくれるかな」
は??
まったく意味がわからなかった。
けど、怖かったのは。
色の分かるほどに近い眸の奥が、まだ笑っていたことだ。
「なん、のことか…―――」
「まぁ喜んでくれるっての前提で、進めちゃうんでよろしくー」
「よろしく、っていったい」
声が途切れた。
否、最後までいわせてもらえなかった。
俺は瞬きもしない間に、両手を捕られ、壁におもいきり押し付けられていた。
ガツン―――ッ、て耳が衝撃に揺れた。
額当ても壁にぶちあたって、頭がくらっとした。
な、にすんだ、この上忍…!
とっさのこととはいえ、乱暴には勝手に体が反応する。そういう職業についている。だから俺は無意識に手を解こうとしたし、身体を壁にむけられ背後をとられている状況をどうにかしようと、身を捩ろうとした。誰にであれ、後ろを取られているのは嫌なものだ。
けれど、それが出来ないことだと思い知らされるのに、まったく時間はかからなかった。
男の掌は、俺の手首を酷く効率的に纏め上げ、どこから出したのか細縄が八の字に手首に絡みついた。痛いほどに締め付けられ、俺は声を上げた。なんなんだよ一体! こんな扱いをうける理由はない!
「たぶんあんたには無いけど、俺にはあるのー」
答えが耳の後ろすぐから聞こえてきた。体が、後ろから抱きこまれていた。びったりとくっついた体同士に、俺の全身に嫌悪感が走る。なんだ、この状況は。まるで。いや。そんな。まさか。
混乱した俺のベストのジッパーが、音をたてて下ろされた。信じらんねぇ、と思った。
まさか、この人、俺を抱こうってのか?
俺を?
男と女がするように?
ほうけた俺を、勝手にまさぐって、ベストは床に落ちた。クナイや巻物やらをいれたそれは、重そうな音で足元に落ちた。掌が、俺のアンダーをまくりあげて、肌に直接触れてきた。ぞくっと寒気がはしった。
「や、止めてください! こんなことをしてどう…―――」
「気持ちよくなるよ。一緒に、なろ?」
耳に吹き込まれた声。顔も見えない声だけのそれが、やけに響きの良い声だったと、こんなときに気づかされた。さっきのとは違う感覚で、痺れが首筋から後頭部を這っていった。うわ、嫌だ。こんな。
「止めてください! はたけ上忍!」
「やー、はたけっつーより、カカシっていって」
「この―――ッ」
「…ッと、いけないアンヨですねー。もう手っ取り早くしちゃいましょ」
「ぇ」
蹴り上げようとした足は、あっけなく押さえ込まれ、いったいなんのことを言ってるんだとおもう間もなく、冷たい指先が、俺の尻を割り開いた。
「ひゃ、…ッ」
「足、開いてー」
開くもなにも、俺の下半身は無理やり開かされた。膝で膝を抑えられ、横にずらされた片足はバランスが悪くて、俺はなかば自分から壁にもられることになる。両手をついてバランスをとりたかったけど、もう縄が絡み付いて、ちょっとやそっとじゃ解けないほどに縛られていた。俺は歯をつかってそれを解こうとしたけど、それを邪魔するように、指が。
信じられないところを、開いた。
足の付け根の奥。背後から指を入れれば、わりあいすぐにある。そこへ。
ひやり、と冷たい感触。指、じゃない。なんだこれ。水。液体?
気味の悪いものをあそこへ塗られている。指先が、ぐ、と入り口をくぐって入ってきた。
信じらん、ねぇ。
「止めて、下さい。まだ今なら誰にもいわないでおいてあげます―――!」
「うん。けど」
次にいった言葉、俺はほんとに耳を疑った。
もう、どうして。
「あんたのここに、俺を咥えて、ひーひーよがって見せてよ?」
2004/03/27