決心。
このごろ、事務ばっかで腰、痛ぇなー。
新入生への準備と受付ばっかで嫌になって、教員室で伸びをしながらいったら、隣の奴が笑った。
「ちゃんと鍛錬してるかー?」
「なまってんじゃねぇの」
「イルカ先生ったらオヤジくさいわよ」
あーあ、言われ放題いわれちまった。
けど、そういう周りのみんなだって、けっこう事務仕事が続いてるから嫌だっておもってんの知ってんぞー。俺だってはやく新入生が入ってきて、授業で体動かしたいよ。
俺は机の上のお茶をずずってすする。あー緑茶がうめー。
教員室に机があるのは、いちおう教員としてアカデミーに配属されてる奴ばっかだから、こういうとき話がすぐ繋がって、俺の斜め後ろの薬理の先生が言ってくれた。
「そうよね、私もはやく忙しくなりたーい。今年はどんな子が入ってくるのかしら」
俺は椅子に座ってたから、伸びのついでみたいに椅子を軋ませて彼女を見た。そしたら頬杖をついて、なんかあったかく笑っていた。あー、いいよなーこういう女の人。普段はおもわないけど、子供が好きそうな人って良いよなー。あったかくて。
とか思ってたら、なんと隣のやつが冷やかしてきやがった。
「おーい、なに見とれてんだよ! この! 寂しいやつめ!」
うるせー! どーせこの年で俺は彼女もいねーよ!
でも俺が独り者だってのは居るみんなしってることだったから、彼女を含め、みんな遠慮なく笑ってる。俺も笑って、足をあげて隣のやつの椅子を蹴ってやった。
「腰がいてーなんて、あら昨日頑張ったの?って聞いてもらえるようになれよ、イルカ!」
「そうそう! 彼女と末永くお幸せに! なんてね!」
「ひゅー! お盛んだねぇ!」
「まだまだ若いから当然ですよ、とか言ってね、イルカ先生!」
ちなみに、一番、この話題に尻馬のったのは、さっきの彼女だ。もー、これだからくの一は。
なんだかとほほな気持ちで、あーはいはいって手を振っといた。もうこの話題は終わり! 腰がいてぇなんていった俺がアホでした。
なんて呑気におもってたのは、この瞬間まで。
次の瞬間、俺は凍りついた。
なんせ。
大ッ嫌いな声を聞いたから。
「なんだ、彼女、居るの?」
心底、吃驚した。
気配がまったくなかったからだ。
いきなり、ほんとうにいきなり、という感覚で、俺の机のど真ん前に現れたんだ。
これは俺だけの感覚じゃない。みんな不意の上忍の現れ方に、一瞬、声を失ってた。
ぎぃ、って椅子が鳴って、俺は目を瞬いた。なんでここに居るわけ、この人。
俺、この人、大ッ嫌いなんだよな。
「あ、はたけ上忍、こんにちは」
「だれかお探しですか?」
「呼んできましょうか」
こら、お前ら、こんな人に気を使うんじゃない! 俺は嫌いなんだ! この人! 嫌味ばっかり言うくせに報告書は里随一で汚くて、そのくせ偉そうに人にものをいう人なんだ、この人、本当は!
とか心で叫んだけど、実はこの上忍、俺以外の人間には愛想が良い。ていうか別人格じゃねぇのかってぐらい、普通だ。嫌味なんて言わないし、偉そうにしないし、ほんとに普通なんだ。だから、顔がいいとか腕が立つとかの理由で、女には人気があるし、男も憧れる。
ほら、さっきの彼女だって、頬を染めてるし。
あー、やだやだ。騙されてるって。
「なにか書類でも? 預かりましょうか」
「いまアカデミーのほうは人が少ないですから、誰かお探しなら受付のほうかもですよ」
「今日は早引けしたやつ居ないよなぁ」
「うん、いないわよ。だからみんな居ると思うし…はたけさん、呼んできましょうか」
なんだよなー。みんな愛想よくしちゃってさー。早く帰れってのー。
俺はめいっぱい顔を平坦にして、茶の表面なんかを眺めてたりしてた。だってそれ以外、見るものないし。むかつく顔なんか見たくないし。つっても右目以外、ほとんど見えないけどな! なにが楽しくて顔隠してんだかな、この人。隠すほどのものなんかよ。
…噂では、隠すほどのものらしいけど。くそ。
とか思ってたんだけど、みんなが気をつかって話し掛けてるってのに、愛想なし上忍はうんともすんとも言やしない。なんだいったい。俺は会話するのなんか嫌だったから、ずーっと下向いてたし、わけわからんことに、なぜかプレッシャーを感じてた。こう、注目されているというか、見られているというか。
なんだこの人、俺になんか文句あんのかよ!?
顔は平面だったけど、内心、汗だらだらで俺は固まってる。
まぁ一応、上忍だから上司だしな。面とむかっては文句はいえない。無茶いわれたら、ちょっと困るし、できるだけ波風たてないほうが良いってもんなんだよ。中忍の中は、中間管理職という意味もあるんだよ。たぶん。
「ふぅん、そうか」
たぶん、じりじりと俺がプレッシャーを無視してた時間は、約三分ほど。長い。長かった。おかげで背中に嫌な汗をかいた。まわりのやつも、返事をしないからしまいにゃ困って黙ってたし。
だからこの嫌な奴がそういったときには、みんなホッとした。
くるっと背中をむけて、教員室を出て行こうとしている。
あー、帰れ帰れ。
何の用事だったか知らねぇけど、もう来んな。
って俺は背中にむけて念波を送った。受付で会うぐらいで充分だ。美顔で美声で美体型で上忍で金持ちだか知らねぇけど、俺にゃまったく関係のないことだ。そんなもんにゃ騙されねーぞ。ほんとは嫌味なやつなんだ!
熱心に熱心に考えてて、だからそのとき、俺はうっかり聞き逃してしまった。
みんなが首をかしげて「あれ?」って言い合ってた。
「どういう意味?」
「さぁ? なんか用事だったからかな」
「あーん、謎めいててやっぱり素敵よねぇ」
「女はああいう人に弱いよなぁ、ま、俺たちも憧れるけどな!」
「けどなんだろなぁ、あの、言ってたこと」
じゃあ、いっそのこと――――――、って。
2004/03/24