サイズ





 もの凄く些細なことだが、気づいたことがあった。
 最近、カカシとよく一緒にいて食事を共にすることが多くなったからだろうと思うのだが、気づいたときは少しだけ、本当に少しだけ悔しかった。予想できてあたり前のことだったのだが。

 話は変わるが、イルカたちの着ている服はアカデミーからの支給品だ。それぞれ、体格も違う忍びならば、サイズもいろいろと揃えてある。ちなみにイルカが支給されているのはサイズ中。平均的な体型だからだろう。額宛も中だ。頭の大きさも、でかすぎることもなく、小さすぎることも無く。

 だが、このあいだ、何かの折にイルカとカカシのサンダルが並んだことがあった。確か飲み屋で座敷に上がったときだったろうか。揃えて置きっぱなしになっていた二組のそれが、微妙に区別がついた。  あれ?と思ってよくよく見てみると、カカシのほうが少しだけ大きい。
 足のサイズが大きいほど背が高いとはいうが、カカシのほうが確かに、少し背が高い。
 並んで歩いていれば、肩の位置も少し違う。

 この、少し、がやっぱり悔しい。
 少しだから悔しいのではない。体格が少ししか違わないのが悔しいのだ。言うなれば。
 身体が特別大きいわけでもない、小さいわけでもない、極平均的な体型のカカシと自分であるが、その能力は随分違うな、と思うのだ。
 僻んでる、んだろうなぁ。
 と自分に嘆息したくなるが、やっぱり悔しい。
 カカシの背中をぼんやりと見ていたりするときに、ふと思ってしまう。

「…そんな、俺の背中、なんか付いてます?」
「―――――――――…え」

 不意に周囲に音が戻って、イルカは目が覚めたときのように、目を瞬いた。

「背中。張り紙とか」

 苦笑するように言って、カカシが両手に湯飲みをもって戻ってきた。片方を、イルカの手におとして、そのままイルカの隣机の席に座った。
 ここは終業間近の教員控え室。慌ただしく帰る用意をするものもいれば、就業までの時間をデスクワークで埋めているものもいる。イルカのように。
 給料日が近くて財布が心もとないというイルカに、じゃあ一緒に帰りましょうか、とカカシが笑ったのは十分ほど前。カカシは今日の任務は終ったようだったが、ただ俺と一緒に帰るだけに待たせるのは申し訳ない、と渋るイルカに、じゃあ座って待ってますから、と訳のわからないことを言っていた。

「…いえ、特に貼ってません」

 カカシの苦笑に、イルカも同じように答える。隣りの席の同僚は、今日は受付配置だったから今は居ない。
 一口、茶を啜ると、夕刻の空いた腹にしむようだった。

「じゃあなんで」
「―――…ただ、ぼんやりと」
「あ。眉が下がってる」
「下がってませんてば。嘘じゃないです」

 嘘だったが。
 だが本当のことは、イルカにも矜持があるし。ちょっと言えない。

「ふぅん。…イルカ先生の考えてることが分かれば面白いのになぁ」

 う、と茶を詰まらせそうになった。

「冗談じゃないです! 嫌です!」
「そんな…力まなくても」
「カカシ先生だって、ご自分の考えが俺とかに筒抜けだったら嫌でしょうが」

 イルカのちょっとした剣幕に、驚きつつカカシが笑うから、そう反論してやった。が、なおもカカシが言った。

「それは便利ですねぇ」
「は?」
「俺の考えてることがイルカ先生に筒抜け、って便利ですよねぇ。俺のしたいこととか、全部分かってくれるんだから」

 イルカは呆れてしまった。

「なに言ってるんですか、どうせお茶淹れたり腹減ったとかでしょう。口でいえばいいじゃないですか」

 カカシという人間は時折、ものぐさになるようだ。イルカはそう結論づけた。
 くいっと湯飲みを傾けて、茶を干す。
 美味しかった。
 時計を見れば終業まであと五分。目の前の整理をして、消しゴムカスなどを掌に集める。屑篭を探して椅子を引いた。

「そうですねぇ」

 のんびりとカカシの返答。

 便利だと思うんですけどねぇ。
 口で言えないことを分かってもらえるって。

 面体の下で呟かれた言葉は、だからイルカに聞こえなかった。聞こえればどうなるか、想像すると笑ってしまうのだが、それは斜め後ろから中断された。

「お茶、ごちそうさまでした」

 ひょいとカカシの掌から湯のみが遠ざかった。二人分の湯飲みを給湯台に持っていく背中を、見るともなしに眺める。
 意外と、背中や手足はがっしりしているようにみえるが、実はイルカの教服のサイズは、自分と同じだと知っている。確か違ったのは、サンダルのサイズぐらいだった。だがこれは、換えたときに偶々サイズがなくて、小さいよりは大きい方をと選んだだけで、通常のサイズでいけば、実は大して違いがない。
 まぁ、筋肉のつき方とかは随分違うけど。
 カカシは目立つように筋肉は付いていないが、イルカは少し目立つ。カカシは着痩せするが、イルカは着膨れする。
 よく飲みにいくようになってから、一度だけ、肩を貸したことがあった。そのときに、随分見た目と身体のラインが違うな、と驚いたものだった。―――イルカにはもちろん、言わずに心中に留めておいたが。

 言えばどうなるのかなぁ。

 座った椅子は安物で、カカシが背もたれに体重をあずけると、ギイと鳴った。ギィギィと、鳴らしているとイルカの声が。

「カカシ先生、子供みたいですよ」

 苦笑しながら言われた。

「そりゃどうも」
「どうもと言われることは言ってませんよ」

 手厳しいが淀みはない。
 イルカの言葉は心地いい。

「じゃあ帰りましょうか」
「そうですね、お待たせしました」
「いえいえ」

 そうして帰る道。
 ゆっくりと沈むようになった日は、二人の並んだ影を、長く伸ばしていた。
 時折、―――…同じ長さに。




2003.1.13