「だから、いつになったら諦めてくれるんですか!」
「だーかーらーぁ、諦めるも諦めないもないでしょって、何回いったら分かってくれるの」

 交錯する二人のやりとりは、いったい何回目になるのだろう。
 それは当人たちにもわからない。
 狭い資料室での応酬。

 正月年はじめからこっち、二人のあいだには妙な緊張感が漂っていた。
 イルカはカカシにたいして距離をとり頬を染めるし、カカシはイルカにたいして腕をのばし抱きしめ頬を緩めようとする。
 それを阻止するイルカの腕と、抵抗することをみこしたカカシの心理戦によって、いつも軍配はカカシに上がって。
 イルカはいつも嫌な汗をかきつつ項垂れる。

「無理ですダメです不可能です!」
「試しもしないでそういうこといっていいんですか、先生」
「あなただって先生でしょう!」
「だから“先生”らしくちゃんと『お願い』してますけど、イルカ先生?」
「ぅ」

 あの晩、とても酷い痛みから解放されて、混乱していたイルカに、恋人になっていいかと訊いたのはカカシ。
 たしかに事にいたる前に、恋人うんぬんと馬鹿なことをいったのは自分だ。
 しかし、それを真に受け、あまつさえ自分をペロリと平らげてしまったカカシは、ちょっと卑怯だとおもった。
 なにせ自分は酔っていたのだから。

 それを混乱の末に説明して、「恋人」になるのは無理でしょうというと、カカシは表情を曇らせ、そして言った。
『じゃあ身体だけでいいですから』
 そういわれたときの気分をおもいだすと、今でも落ち込みそうだ。
 怒るに怒れなかったのだ。
 裸でベッドに二人で寝ている事実に、イルカは打ちのめされていて、とてもじゃないがカカシの言葉を一蹴することができなかった。
 あまりに自分のしでかしたことが情けなくて。
 実はあのときから、イルカの考えは少し変わった。

 恋人だって、心は必要だ。

「もう二ヶ月ですよー。我慢してるんですよ。節度をもって。先生、らしいでしょう?」
「我慢とかじゃないでしょう! ほ、他の人あたってください!」
「俺は別に処理であなたに言ってるわけじゃないので、それはご遠慮してますーって何回いったら分かってくれるんですか? ついでにいえば、あなたに関しては俺を処理に使ってくれてもぜんぜんかまいません、っていうのも何回いったか分かりませんねぇ。あーあ。もう切ないです。俺」
「しょ、処理って、そういうことを…ッ」
「はいはい、あんまり言うな、でしょ。あ。誰か来ましたね。それじゃあまた」
「こ、来なくていいです!」
「お仕事頑張ってくださいね〜」

 昼間の陽光の下へ、窓から消えた背中。
 それを見計らったかのように開けられた扉。
 同僚の顔がのぞいた。

「おい、資料見つかったか」
「ぁ、あぁ、半分ほどな」

 イルカは引きつった笑いを浮かべ、手に握り締めていたファイルを上げて見せた。
 どうにも掌に嫌な汗が滲んで仕方なかった。




 資料もそろい、仕事が一段落ついた夕刻。
 休憩をかねて教員控え室でイルカは同僚たちと話していた。
 話題はたいしたことはないが、いつもの話題にくわえて、今日は少しばかり色がついた。
 もうすぐバレンタインだ。

「でよ、アンコ上忍の下にいるやつらは大変らしぃぜ」
「あーあれだろ。逆バレンタインデー」
「そうそう。部下に買わせて自分で食うらしいぜ。甘いもの好きだからなぁ、あの人」
「一番デカいチョコレートくれた奴にはイイコトしてもらえるって話だぜ?」
「ばーか、なに期待してんだよ。あの人のイイコトってそんな甘いもんか」
「いや、でもよぅ、あの、あれ、だぜ…?」
「あれかぁ、あれは捨てがたいよなぁ…」
「だろ、あのでかさ…ヨダレも出るってもんだぜ…うぉ、挟まれてみてぇ…」

 四人五人と集まっての雑談を、イルカは茶をすすりながら黙って聞いていた。
 アンコの顔を思い浮かべる。
 たまに里でみかける姿は、串屋のまえで団子を貪っていたり、汁粉の椀をうずたかく積んでいたりしていた気がする。
 名前のとおり、やはり甘いものが大好物なのだろう。

 きっと同僚たちの頭のなかでは、あのサディスティックな笑みよりも、それより少し下にででんとそびえる膨らみがふわふわとしたハッピーな色でもって回っているのだろう。
 幸せだなあ。
 昼間にしていたカカシとの会話を思い出して、一人だけ別世界にいるような気がしてきた。
 自分もアンコのボボンにニヤついてみたい。
 単純で純粋な性欲にまみれていたかった。

 カカシみたいな、性欲だけじゃないんです、と縋るような目で性欲まみれな欲求をされると、どうにも混乱してしまって、イルカは気疲れが溜まっていた。
 カカシは嫌いじゃない。
 アレだって大層気持ちよかった気がする。酒に酔っていたから、詳しく思い出せないが。
 だからといって、恋人同士になりましょうという仲ではなかった。
 イルカがガキ臭い屁理屈をこねて、それを聞いたカカシがその屁理屈を利用した。
 本気だったのはカカシで、イルカは事故のようなものだ。

「うぉ〜い、イルカ〜。なにぼ〜ってしてんだよ、休憩終わりだぞ〜」

 言われて茶を飲み干しながら、上の空で考えた。
 もしかして、事故じゃなければ良かったのだろうか。







2004.1.1