(1998/07/17)

ご注意!
 これは1994年に書いたものです。これを加筆修正して「不登校を解く」(ミネルヴァ書房)に載せています。




登校拒否の転帰

−追跡調査の批判的再検討−

(児童青年精神医学とその近接領域 35(3);297-307, 1994



 門 眞一郎*

  * 京都市児童福祉センター


   登校拒否の予後に関する正しい情報を得るために,本稿では,登校拒否の追跡調査報告24篇を再検討し,各報告の中に潜む問題点を7つ指摘した。それは,第1に対象ケースの違い(概念や状態像の違い,精神疾患ケースや脱落ケースのの扱いの違い),第2に治療機関や相談機関の違い,第3に受診/相談の時期の違い,第4に治療形態や治療内容の違いと,転帰評価のための比較データの欠如,第5に転帰評価の基準の違い,第6に追跡期間の違い,第7に調査方法の違いである。したがって,これまでの調査結果を単純に合算して登校拒否の転帰を論じることはできないということになる。

しかし,調査結果を再検討してみると,一般的傾向としては,追跡期間が長くなるほど転帰良好ケースの占める割合は大きくなる。また,精神病など精神疾患のケースを除き,社会適応を評価基準として再計算すると,平均追跡期間が9年以上の報告の転帰不良率は7ー12%程度となる。これが長期経過を推定する際のひとつの目安にはなろう。


I.はじめに


 登校拒否あるいは不登校の予後という問題は,教育・医療・福祉の領域で登校拒否に取り組んでいるものにとっては重大な関心事である。現在までに<登校拒否の予後>あるいは類似の題目で公表された報告は十指に余る(福間ら,1980;可知ら,1993;小泉ら,1977;森口,1986;西尾,1988;大里ら,1984;斉藤ら,1989;篠原ら,1964;菅ら,1972;丹治,1990;梅垣,1966;若林ら,1983;渡辺ら,1983;山本ら,1965)。しかし,残念ながらこれらの報告のほとんどは,追跡調査による転帰の報告であり,そこから真の予後を適切に検討し論述したものではない。<予後(prognosis)>とは,これから先のことを予め(pro)認識する(gnosis)ことであるので,現況を追跡調査した結果をそのまま<予後>として扱わうことは正しくない。その点については,本学会の印象記の中で小池(1992)も苦言を呈している通りである。正しくは<転帰(outcome)>,あるいは<追跡調査の結果>とすべきであろう(若林ら,1983)。

 そこで本稿では,これまでに行われた登校拒否の追跡調査を再吟味し,そこに潜む問題点を剔抉して,登校拒否の正しい意味での予後を理解するための一助としたい。
 <表1><表2><表3>は,これまでわが国で公表された登校拒否追跡調査の報告のうち,諸家の論文によく引用されるものを中心にまとめたものである。<表1>,<表2>は,転帰を社会適応という基準で判定した報告であり,しかも<表1>は,治療機関別に同種のものをまとめ,<表2>は,追跡期間の順に並べ変えたものである。後者は,上段が長期,中段が中期,下段が短期と大まかに3分してある。<表3>は,再登校を判定基準とした報告であるが,追跡期間がきわめて短く,追跡調査と言うよりもむしろ治療終結直後の効果判定と言うべきものも含めている。それらも他の研究者が追跡調査として引用しているからである。


II.追跡調査報告における問題点


1.調査対象ケース

 追跡調査の問題点の第1は,調査対象となったケースに関する問題である。この問題については触れるべき点がいくつかある。


1) 外国の報告

 まず諸外国の報告に関する問題がある。表に掲げたものはすべて本邦の報告であり,外国の報告に関しては今回は取り上げなかった。なぜなら,登校拒否現象に関しては日本独特の背景(例えば,強迫的な高学歴志向,体罰,いじめなど)という問題があり,登校拒否・不登校を論じる場合に,日本と外国のそれとを同列に論じることはできないからである。

 さらには,英語圏に限っても,用語の意味範囲が日本の場合といささか異なるということがある。例えば,<non-attendance at school>は,辞書的に訳せば<欠席>あるいは<不就学>ということになるが,研究者の中には<不登校>と訳す人もいる。しかし<不登校>と訳すと意味にずれが生じる。と言うのは,<non-attendance>には怠学<truancy>も含まれているが(Rutter,1975),日本で<不登校>と言う場合,ふつう怠学は除外するからである(和田, 1972)。

 しかし,内外の追跡調査結果が引用される場合は,こういった問題は度外視されている。

2) 対象ケースの状態像

次に,本邦の報告に限っても,対象ケースの状態像が報告者によって微妙に違う。<表1>の診断名の欄から見てとれるように,<登校拒否>という術語が最も多く用いられているが,<学校恐怖症>や<不登校>が使われている場合もある。<登校拒否>でも,<神経症性登校拒否>のように<神経症性>という修飾語がついている場合もある。他方,<登校拒否>とか<不登校>といった術語の使い方が,報告者によって異なる。例えば大阪大学系の研究者は,<登校拒否>や<学校恐怖症>,<不登校>といった術語を,すべて区別して用いている(藤本,1974;和田,1972;頼藤,1986)。他方,<登校拒否>と<学校恐怖症>とを区別せず,互換可能な術語とする人もいるし,いずれもその意味内容に差を認めず,すべてひっくるめて<登校拒否>あるいは<不登校>と呼ぶ人もいる。したがって,よく用いられる<登校拒否>,<学校恐怖症>,<不登校>という三種の術語が意味する範囲は,報告者によって異なる可能性がある。

3) 精神疾患のケース

 次に,対象ケースの中に精神病などを含む報告がある(福間ら,1980;河合,1986;小泉ら,1977;森口,1986;斉藤ら,1989;梅垣,1966)。その場合,学校に行かない,あるいは行けないという現象が,果して精神分裂病の初期症状であったのか,あるいは登校拒否になった時にはまだ分裂病は発症しておらず,登校拒否になってしばらくしてから分裂病が発症したのかということによって,登校拒否の転帰に関する判断は大きく変わってくる。対象ケースが登校拒否から分裂病になった場合は,転帰<不良>群に属することになるであろうが,もともと分裂病であった場合には,それは登校拒否とは呼べず,したがって調査対象から除外しなくてはならない。その場合,転帰<良好>群が全体に占める割合はもっと高くなる。<神経症性登校拒否>(松本,1986;大高ら,1986;篠原ら,1964;菅ら,1972)と<神経症>(小泉ら,1977),<神経症圏の疾患>(斉藤ら,1989)の場合も,それらが区別されて使われているのか否かで,やはり転帰の判断に同じ問題が生じる。

 <表1>では,対象ケース数の数値にアステリクが付いているものがある。例えば,福間ら(1980)の報告には,アステリクが付いて92ー5とある。これは,備考欄に記したように,その報告では分裂病の5ケースも含めて計算されているので,あらためてその5ケースを除外して計算した結果を示したということを意味する。つまり92ケースから5ケースを差し引いて,良好・不良の率を計算し直すと,社会適応という基準では,良好群が88.5%となった。そのすぐ下の括弧内の数値(83.7%)は,その報告にあるように分裂病の5ケースを含めての計算結果である。この分裂病の5ケースがもともと分裂病であり,不登校状態はその初期症状であったとすれば,前述のような再計算結果になり,転帰良好群の割合は上がることになる。同様にその他にも対象の欄にアステリクが付き,引き算の表記になっているものは,いずれも不登校以外の精神疾患,すなわち神経症・分裂病・躁うつ病などを除外して計算したものである(転帰不明のケースの扱いも報告により異なるが,比較できるようにするために本稿では計算対象から除いた)。

4) 脱落ケース

 さらに,脱落ケースの問題がある。これまでに行われた追跡調査の中には,関わりをもったケースがすべて追跡されたという報告はほとんど見あたらない。この点で例外的とでも言うべきものに,鑢(1964)の報告がある(表3)。これはすべてのケースを追跡した形になっている(ただし追跡期間は1〜2年と短い)。これ以外に対象がすべて網羅されて追跡されたという報告は,ごく短期間の追跡を除くと見あたらない。

 以上述べた諸点から,これまでに行われた追跡調査結果によって社会適応の率を厳密に計算することはできず,括弧つき,あるいは条件つきでしか解釈はできないであろう。

2.治療/相談機関

 第2に,治療機関や相談機関の違いによって,つまり追跡調査を行った機関がどこかということによって,たとえ定義を同じくする<登校拒否>であっても,状態像が違う可能性があるという問題がある。

 特に児童相談所の登校拒否(福間ら,1980;佐藤,1966;篠原ら,1964)と,大学病院精神科のそれ(生田ら,1984;松本,1986;森口,1986;大里ら,1984;大高ら,1986;梅垣,1966;若林ら,1983;山本,1965)とでは,かなり状態像が異なる可能性がある。<表1>の上段には児童相談所・教育心理相談室・教育研究所などの相談機関を,中段には主に病院の児童精神科を,そして下段には主に大学病院の精神科をまとめてみたが,追跡調査の結果は相談機関の方が概して良いようである。

 これは,やはり,児童相談所に比べて,大学病院精神科は,遷延化したりこじれたりしたケースを多く抱え込む傾向があるからであろう。親の気持ちを考えると,大学病院精神科まで行くケースは,よほど問題が深刻な場合か,あるいはその大学病院の医師が,登校拒否に関して高名である場合であろうと推測される。そのようなことでもないかぎり,最初から大学病院精神科に受診するということはなかろう。したがって,各機関のケースサンプリングにはバイアスがかかってしまい,治療/相談機関の特徴を考慮せずに,多様な機関の調査結果を全部ひっくるめて論じるわけにはいかなくなる。

3.受診時期

 第3に,相談・治療機関にかかった時期の問題がある。登校拒否の場合,登校拒否が始まって数日目といったごく初期に,誰もがどこかに相談に行き,その時点から追跡されるということは,まず考えられない。登校拒否が始まってからある程度月日がたち,いつになっても登校しないとか,行動化のようなことが起こって,やっとどこかの相談機関なり治療機関にかかるわけである。一般の身体疾患の場合は,発症してから比較的早い時期に医療機関にかかる場合が多い。そういう場合は,病気のだいたい同じ時期,同じ段階から一定期間追跡することが可能となるが,登校拒否の場合,そういう具合にはいかない。追跡調査を行った機関にかかるまでの経過,その間に受けた治療的関わり,その機関にかかった時の登校拒否の段階(程度)といったことがケースによって実にさまざまである。登校拒否が始まって1カ月位でかかるケースもあるし,1年くらいたってからかかるケースもある。諸家の報告は,登校拒否が始まった時点から一定の期間を設定して追跡するという形にはなっていない。

 <表2>の追跡期間の欄を見ると,追跡期間の開始時期は,<発症>からとするもの(松本,1986;梅垣,1966;大高ら,1986;若林ら,1983;山本,1965),<退所/退院>からとするもの(斉藤ら,1989,1993;菅ら,1972;丹治ら,1987;梅沢,1984;渡辺,1986),そして<初診/受付>からとするもの(森口,1986;篠原ら,1964;渡辺,1983)の3通りに分かれる。

 しかし,登校拒否が始まってから一定期間経過した時の状態という具合いに,追跡期間をいわゆる発症時期からこれこれの期間というふうに厳密に区切って,全ケースを揃えて報告したものはない。ただし少し意味が違うが,名古屋大学の梅垣(1966)は,発症から受診までの期間を6カ月で区切って,6カ月以内と6カ月以上とに分けて結果を考察している。そして6カ月以内の方が状態は良かったという結果を出している。

 それに付随してもうひとつ問題がある。追跡調査を行った機関にかかるまでに,他にどんな機関を経由し,どんな治療を受けてから来たのかということである。初めてその機関にかかったケースと,いろんな所を回ってからその機関にやって来たケースとでは,本来同一には論じられないはずであるが,そういうことはどの報告も一切区別していない。

4.治療

 第4に,治療をめぐる問題がある。まず治療形態の問題である。<表1>の治療法の欄にあるように,ひとつは通所や外来,もうひとつは入院と,大きく2つに分けられる。中にはどちらなのか報告の中には明記されていないもの(生田ら,1986;松本,1986;大里ら,1984;山本,1965)もある。一般に現象面から言えば,入院の方が状態は重いと推定されるが,研究者が過去の報告を引用する場合,入院ケースの結果と通院/通所ケースのそれとを区別することなく引用している。しかし,入院か外来かという治療形態の違いは無視できる違いではなかろう。

 次に,治療内容の問題がある。治療形態の問題とも関連するが,どういう治療が行われたかということが,ほとんどの報告で触れられていない。例外的にこのことが明記されているものに,鑪(1964)の報告がある。この論文には,カウンセリングと遊戯療法,そしてそれを個人でやったかグループでやったかといったことがはっきり区別され,ケース毎に明記されている。また,菅ら(1972)の報告は,情緒障害児短期治療施設のケースが対象であり,治療内容は心理療法と学習指導と生活指導と明記されている。さらに,名古屋大学の若林ら(1983),および大高ら(1986)の報告がある。この2篇には治療に関して<インテンシブな方法で>と書かれている。それ以外の報告にはどんな治療的関わりを持ったかということは書かれていない。どんな治療的関わりを行って,どんな結果が出たかということが問われるはずであるが,それが書かれていない。これはいささか奇妙なことである。

 例えば,登校拒否の<治療>目標を再登校とし,積極的に登校刺激を加えた場合と,社会的な自立を目標とし,登校は二の次とした場合とを同列において転帰を論じることはできないはずである。しかし文字の上では,いずれの場合も治療法としては<精神療法>や<カウンセリング>と書くことができる。治療機関,相談機関にかかっているケースであれば,少なくとも何らかのアドバイスは受けているはずであるが,それがどういう方法で行われ,どういう内容なのかは分からない。同じ治療法でも内容は正反対ということがあり得る。したがって,どういう考えのもとにどういう治療法を用いたかを問わずに,追跡報告の結果を単純にまとめて論じるのは不適切である(渡辺,1983)。

 第3に結果や転帰を評価するための比較対照データ,換言すれば自然経過に関するデータがないという問題がある。身体疾患であれば,治療しなかった場合の結果がある程度分かっており,それと比較して治療効果や転帰を論じることができる。しかし,登校拒否の場合,いっさい治療的な関わりをしなかった場合にはどうなるのかということに関して,われわれにはまったくと言ってよいほどデータがない。つまり,治療的な関わりをしなかった場合と比較して,現在われわれが行っている治療的関わりに本当に効果があるのか否かということが厳密には判断できないのである。

 しかし,わずかではあるが,その点で示唆を与えてくれる論文がある。ひとつは,鑪(1964)の報告である。この論文は,対象ケース数を12ケースとしてよく引用される(表3)。しかし,実際にこの論文で扱われているのは18ケースである。残る6ケースは,助言のみ(おそらく1回だけの助言であろうと思われる)で終わっているケースなのである。その後この論文を引用する研究者は,たいてい助言だけのケースは除外して12ケースとして引用する。そして再登校を判定基準として,<表2>の括弧の中に示したように,良好群は75%,不良群は16.7%,残りは不明あるいは治療中とされる。しかし,除外した6ケースを加えると,良好群の割合はは83.3%に上昇する。この助言だけの6ケースは,すべて良好群だったからである。助言のみですんだということは,さほど大きな問題ではなかったとも想像されるが,実際どうであったかはこの論文からは分からない。

 ところで,未発表なので,<表1,2,3>には加えていないが,1977年に筆者らは,京都府福知山児童相談所で追跡調査を行っている。1964年以降,登校拒否で相談を受け付けたケースのうち,調査を実施した1977年の時点で18歳以上に達している30ケースについて,家庭訪問を実施した。そのうち13ケースは転居等の理由で聴取出来なかった。家庭訪問が実施できたのは17ケースであった。ただし,長期間(最短4年,最長13年)たってからの訪問であるため,人権上の配慮をし,本人ではなく相談時点での保護者に会って調査した。当時この地方都市の児童相談所では,登校拒否に対して積極的な治療的関わりはしておらず,様子を見ることだけで終わることも少なくなかった。しかし,なかにはその後,他の治療機関を受診したケースもあり,なかには大学病院の精神科に入院したケースもあった。情報を聴取できた17ケースの転帰を社会適応を基準にして判定すると,相談以後積極的な治療的関わりのなかった6ケースでは,良好群は5ケース83.3%,精神科入院も含め積極的な治療的関わりがあった11ケースでは,良好群は9ケース81.8%であった。もちろんこの調査に関しても,本稿で検討した追跡調査上の問題点がほとんどすべてあてはまるわけではあるが,登校拒否の<治療>をアプリオリに是とする考えには一石を投ずるものとはなろう。

 われわれに示唆を与えてくれるもうひとつの事実は,中断したケースの転帰である。鑪(1964)の報告の中では,よく引用される12ケースのうち4ケースが中断している。その4ケースの中で結果がよかったのは,3ケースであり,残りの1ケースは不明となっている。つまりよくなかったケースはなかったのである。

 さらに,小泉ら(1977)も,中断ケースについて論じている。中断ケースの中で,よかったものの割合は78.6%であった。小泉らは,「治療又は助言が中断したとしても,現在の状態を見ると,学校等の援助,親の努力,本人の成長などでそれなりの適応をしていくことがうかがわれた」と述べている。

 ケース数はごくわずかではあるが,助言のみのケースや中断したケースについての報告では,いずれもさほど悪い結果にはなっていない。また心理療法を受けてかえって悪化したものは約10%いたが,無治療対照群では5%であったという報告(Bergin, 1971)もあり,これは登校拒否の心理治療の場合にも考慮されるべき問題である。それゆえ治療を無条件に肯定してよいかどうかは簡単には判断できない問題と言えよう。

 助言だけでなく治療を受ける場合でも,いかなる機関にかかり,いかなる治療を受けるかによって,結果が大きく違ってくることが考えられる。治療的な関わりによりかえって悪化する可能性もないとは言えないということを念頭に置いて,追跡調査の結果を検討しなくてはならない。

5.転帰判定基準

 第5に,転帰を判定する際の基準が報告によって異なるという問題がある。<表1,2>は<社会適応>を,<表3>は<再登校>を判定基準とする報告である。<社会適応>を判定基準とする報告が多い。しかし過去の報告を引用する場合に,判定基準に違いがあるにもかかわらず,良好群の割合を同一の表にまとめてしまう研究者もいる(大高ら,1986;梅沢,1984;若林ら,1983)。しかし,<再登校>を判定基準にした報告と,<社会適応>を判定基準にした報告とは区別して検討するべきである。しかもこのことは,登校拒否の本質をどのように考え,どのような関わりをするべきかという問題と密接に関係する問題でもある。

 もうひとつの問題は,転帰良好群と不良群との中間に位置する群の扱い方である。これは,<表4>に掲げたように,報告者によって名称も定義内容も異なる。西尾(1988)だけは,これを不良群に含めている。その他の報告では,中間に位置する群をどちらかに合算することはしていない。<表1>では,すべて良好群に含めて計算し,不良群に含めての再計算結果は括弧内に入れたが,良好群・不良群の2群にわけて論じる場合,この群をどちらに所属させるかによって結果は大きく変動する。

6.追跡期間

 第6に,追跡期間の長さが報告によってかなり異なるという問題がある。<表2>は,追跡期間の長いものから短いものへとおおよその順に並べかえたものである。名古屋大学の報告は,インテンシブな関わりを続けていて,現在もその状況を把握できているケースだけの報告である。したがって,ある意味では特殊なケース,重症のケースがたくさん含まれる可能性がある。逆に言うと,社会適応がうまくいかないので現在もインテンシブな関わりを続けている,あるいは連絡をとり続けているということもあろう。そういう理由で,名古屋大学の報告を除き,一般に追跡期間を長くとれば,社会適応の面では良い結果となる傾向があると言ってよかろう。それゆえ,どの時点で転帰を判断するかによって結果はかなり異なることになる。同一の報告の中でも追跡期間はケースによって異なる。したがって,それらをひっくるめてひとつの数値にまとめてしまってよいのであろうかという疑問が生じる。ただしひとつだけこの点に触れた報告がある。梅沢(1984)は,追跡期間(おそらく退院時からであろう)を,2〜4年,5〜7年,8〜12年の3群に分けると,適応率はそれぞれ68.4%,66.7%,91.7%であったとしている。また,退院1年目,2年目,調査時の3時期で各群を見ると,いずれの群でも適応率は上昇する傾向にあったため,「登校拒否の追跡調査はかなり長期間に渡ることが必要である」と述べている。
 また,中には追跡期間が非常に短期間で,追跡調査と言うよりはむしろ治療効果の判定と言うべき報告もある。たとえば,菅ら(1972)の報告は,2年後の状態ではなく,施設退所後2年間の登校状況であり,松本(1986)の報告は,発症から6カ月後の再登校の有無であり,どちらも予後ではなく治療効果の判定というべきものである。したがって,治療終結後あまり月日の経っていない調査結果を,単純に追跡調査の報告の中に含めて論じるべきではない。

 ところで,追跡調査を行う時期に関して示唆を与えてくれる論文がいくつかある。たとえば,佐藤(1966)は,岡山児童相談所の報告の中で,次のように書いている。「われわれの臨床経験によっても学校恐怖症の治療は,治療終結時より2年ないし3年経て初めてその効果が判定できる。というのは,治療的接触を重ねて子どもが学校に復帰しても早くて2,3カ月,おそくて2年ほどして,再び登校拒否する子が多いからである。2年ないし3年間,登校を拒否しない場合は,まず治癒したと見て良いと思われる」と。佐藤もおそらく最終的判断は,2年から3年先か,あるいはもっと先にならないとできないと考えているのであろう。

 また小泉(1977)は,登校拒否をいくつかのタイプに分け,<登校拒否を繰り返すタイプ>をそのひとつに挙げている。このタイプは,どの時期に判定するかによって,転帰に関して正反対の結果が出る可能性がある。すなわち登校拒否が再発している時に判定されるか,あるいはおさまっている時に判定されるかによって正反対の結果が出る。小泉の報告では<登校拒否を繰り返すタイプ(再発型)>は全体の40%を占めているので,いつ転帰を判断するかという問題は全体の結果に甚大な影響を及ぼすであろう。

 したがって追跡期間をどれくらいの長さにするかということは結果を大きく左右する問題であり,当然さまざまな追跡期間の報告を単純に合算するわけにはいかなくなる。

7.調査方法

 第7に調査方法の問題がある。<表2>の調査法の欄からうかがえるように,面接,郵便,電話,職員からの聴取など様々な方法でデータが集められている。

 郵便でアンケート用紙を送る場合,回収率100%という報告はない。回収率の高低が結果に及ぼす影響は無視できない。アンケート郵送の場合,おそらく現在の状況が良い人ほど回答しやすいであろうし,今もなお状態が良くない人は回答したくなかろう。逆に,今の状態が良いので過去のことには触れたくないという場合もないとは言えない。傾向としては,回答結果は転帰良好群の割合が多かれ少なかれ大きくなるのではなかろうか。しかし実のところそこにどのような偏りが生じているかは分からない。

 名古屋大学の報告に関しては,既に述べた理由で転帰不良に傾くことは当然首肯される。渡辺(1986)は同窓会を開くなどして,その機会に現在の状況を子どもから聞くという方法で直接間接に情報を得ているが,その場合もやはり転帰良好ケースの割合が高くなるのではなかろうか。


III.結論


 本稿では,登校拒否追跡調査の報告論文を読む場合に考慮すべき主要な問題点を7つ取り上げ検討した。すなわち第1に対象ケースの違い,第2に治療機関や相談機関の違い,第3に受診/相談の時期の違い,第4に治療形態や治療内容の違いと,転帰評価のための比較データの欠如,第5に転帰評価の基準の違い,第6に追跡期間の違い,第7に調査方法の違いである。

 このような問題があるために,これまでの調査結果を単純に合算して転帰を論じることはできない。しかし,稲村(1989,1992)は,本稿で指摘した問題点はすべて捨象して,「10年前後の予後結果で(登校拒否)全体の3分の1前後が無為な状態にある」と総括しているが,このような見解は科学的厳密性という点でも社会的な影響という点でも問題が多い。

 とは言うものの,これまでの調査をできる限り厳密に再検討してみると,本邦の登校拒否追跡調査結果の一般的傾向としては,追跡期間が長くなるほど転帰良好ケースの占める割合は大きくなると言えよう。また,精神病など精神疾患のケースを除いて再計算すると,平均追跡期間が9年以上の報告の転帰不良率は7ー12%程度に縮小する。

 これが長期経過を推定する際のひとつの目安にはなるであろうが,実際の臨床場面では,これまでの調査報告の持っている問題点を理解した上で,せいぜい自分の臨床現場と似ていると推測される相談治療機関の報告を参考にして予後を占うというのが比較的穏当なやり方ではなかろうか。

 終わりにあたり,ご校閲いただいた高木神経科医院院長高木隆郎先生に深く感謝致します。


文 献

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渡辺 位(1986):登校拒否の長期間を経たその後の状態.社会精神医学,9,
 36-42.
山本由子(1965):登校拒否の予後について.児童青年精神医学とその近接
 領域,6,56-57.
頼藤和寛(1986):不登校・心身症.清水將之編:思春期問題への医学的ア
 プロ−チ(pp.73-88).ライフ・サイエンス・センタ−.



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