イラク日本人人質事件

 イラクにおいて劣化ウラン弾の調査などを行っていた日本人NGO活動メンバーの今井さん、高遠さん、郡山さんの3人が誘拐され、3日以内に自衛隊がイラクから撤退しなければ命の保証はないという事態に至りました。

 そもそも、アメリカの求めに応じて、イラクに自衛隊を派遣したものの、大量破壊兵器は現在まで見つかっておらず、大義のないイラク侵略に加担した形になっています。

 そのような中で起きたこの事件です。イラクの人達は自衛隊を「復興支援」に来たとは見ていないことがはっきりしました。

 福田官房長官は8日夜、首相官邸で緊急に記者会見し、「仮に報道通り無辜(むこ)の民間人が人質にとられているのが事実なら、許し難く強い憤りを覚える。直ちに解放を求める」と強調。犯人グループからの自衛隊の撤退要求については「そもそも我が国の自衛隊は、イラクの人々のために人道・復興支援を行っている。撤退の理由はないと考えている」と述べ、要求に応じない方針を鮮明にしました。また首相から「まず事実を確認し、人質になった人を無事救出することに全力を挙げるように」との指示があったと説明しました。

 しかし、イラクの人が自衛隊をアメリカの「有志連合」の軍事派遣と見ていることがわかり、若者3人の命を危険にした以上、責任者である小泉純一郎首相、福田康夫官房長官、石破茂防衛庁長官が身代わりになるか自衛隊を撤退すべきでしょう。

 そもそも、ファルージャでは、3月31日米国人を含む民間人4人が殺されました。それを受けて、米軍はファルージャを包囲し、イスラエルがパレスチナで行っているような殲滅作戦をとったため住民が多数死傷しました。この事態を受けてイラクでは、急速に反米感情が高まっており、スンニ派とシーア派も反米闘争で共闘するようになりました。

 アメリカでは、この泥沼化に対し第2のベトナムを危惧する声があがっています。日本は、第2のベトナム戦争に自衛隊を派遣したことになり、イラク人民の支援に行ったボランティアまで標的にされるようになってきたということです。
(2004/04/18)

第58回終戦記念日を迎えて

 8月14日の神戸新聞に、消える「平和登校」という記事が載った。夏休みに登校日を設ける学校が減り、神戸市・姫路市・東京都や京都市などでは数年前から登校日自体がなくなったということである。登校日には、戦争体験者の話を聞くなど、多くの小中学校が平和学習をしていた。兵庫県内でも、20年前から徐々に廃れた。芦屋の中学校三校は”少数派”ながら七月下旬から広島原爆忌の6日にかけて平和登校を続けている。被爆地の広島・長崎では平和教育に力を入れており、教育関係者は、「節目の季節だからこそ消えつつあるのは残念」と話しているという内容だった。

 8月6日、9日の原爆忌、15日の終戦記念日は、平和を考える節目の日であり、子供に平和の大切さ、戦争の悲惨さを伝えるのに絶好の機会である。1年に一度、祖先のことを考えるお盆に平和を考えることはとってもいい教育活動だと思う。有事法制が成立し、さらに、自衛隊を戦闘状態が続いているイラクに派遣する法律も成立した。平和が売れなくなって、戦争が売れている状態だ。このような時こそ、教員はもう少し平和の販売に力を入れるべきだろう。

 同じく14日NHKの「映像記録・昭和の戦争と平和」という番組が放送された。戦前・戦中の日本の表情をカラーフィルムで撮った映像記録である。戦前の平和であった時、お金持ちの貿易商の家族が湖で魚釣りをする場面が映っていたが、金髪の少年もその船に乗っている。その後、神社で出征兵士を送る場面が現れ、市民生活に戦争の色が濃くなっていく。グアム・サイパンの玉砕、万歳クリーフの場面、東京大空襲、アメリカ軍の戦略爆撃調査隊が撮した広島・長崎のカラー写真などはとても悲惨である。戦後の天皇の日本巡幸の映像もあった。橋爪大三郎は、天皇に戦争責任はないという主張をしていたが、まあ、言葉遊びということがよく分かる。カラー映像は、誰に責任があったのか、誰が責任をとらなかったのかを鋭く物語っている。イラク新法では、イラクに派遣された自衛隊員が死傷する可能性が指摘されている。野中さんも言っていたが、このような法律は政治家は記名投票で自分の責任を明らかにすべきだろう。危なくないなら、小泉さんや賛成した政治家、その息子を派遣すれば良いではないか。アジア太平洋戦争では、笛を吹いたものは生き残り、罪もない市民が犠牲になった。また、同じ事を繰り返すのだろうか。

 15日の政府主催の全国戦没者追悼式で、綿貫民輔衆議院議長は有事関連3法案の成立に触れ、「自らの手で自らの国を守る精神を大切に」と述べたということである。イラクに派遣されたアメリカの兵士が「戦争はいやだけど家族のためだ」と言っていた。アメリカは、自分や家族の身を守るために銃で武装することは憲法で認められている。国家も強力に武装している。そして、安全のためにはじゃまな国には、ミサイルを撃ち込み、クラスター爆弾を落とし、劣化ウラン弾を打ち込む。外国の大統領を拉致したり、殺したりもする。一方、日本は、銃で自分の身を守ることを許していない。憲法で、国は武力を持たないと決めている。アメリカと日本はポリシーが違う。もし、憲法9条を変えるということを考えているなら、個人の武装も認めるべきだろう。もちろん、日本もアメリカ並に銃犯罪が増えるのは確実だが。

 最近の日本は、危機を煽りすぎだ。有事法制は必要もない法律なのに、有事があるかも知れないと思わせるために作られた。北朝鮮の核問題や凶悪犯罪も増えているなか安全が脅かされていることは事実だが、警察の人員を増やし、住基ネットで個人情報を管理し、監視カメラをあちこちに設置し、国家統制を強めていくのはどうかと思う。国家の権力を強め、教育基本法改悪し、ボランティア活動で従順な国民を育て、有事法制を作り、自衛隊を強化しようとしているのはいったい誰だろう。58回目の敗戦の日にこのように考えた。
(2003/08/15)


「ボウリング・フォー・コロンバイン」(2002年カナダ監督マイケル・ムーア)ぜひ見てね!

 ボウリング・フォー・コロンバイン(Bowling for Columbine)を7月末に見た。3月に東京で見損なっていたので期待していた映画だった。「チョムスキー9・11」に似た知的な感動を覚えた。

 「ボウリング・フォー・コロンバイン」(2002年カナダ)は、1999年4月20日コロラド州デンバー郊外リトルトンのコロンバイン高校で起きた銃乱射事件をきっかけにマイケル・ムーア(監督)が何故アメリカで銃犯罪が多発するのかを探ったドキュメンタリーである。

 コロンバイン高校の事件は2人の生徒が銃と手製爆弾を校内に持ちこみ、教諭1人と12人の生徒を射殺、28名を負傷させ、犯人はその場で、自殺するという大事件だった。この事件は、当時、アメリカを震撼させた。

 題名は、事件の犯人であるエリック・ハリス(Eric Harris,当時18歳)とディラン・クリボウルド(Dylan Klebold,当時17歳)が犯行前にボウリングをしていたことから付けられた。

 凶悪犯罪の原因、影響を与えたものは何か。犯人は、ハード・ロック歌手マリリン・マンソンを聴いていた。ロック、マリリン・マンソンが原因なのか。また、コンピュータゲーム「Doom」と「Duke Nuke 'Em」の熱心なプレイヤーだった。TVやコンピューターゲイムが影響を与えたのか。彼らは、いじめにあっており、それを避けるために「トレンチコート・マフィア」という集団に所属していた。そして、自分たちを救ってくれなかった学校全体に対し復讐したのか。マイケル・ムーアは突撃取材を行って解明しようとする。

 アメリカでは、簡単に銃器が手に入り、爆弾も手軽に作れる。銀行では預金の粗品にライフル銃をくれる。この誰も想像しなかったような大量殺人がおこった町の最大の企業は、世界最大の大量殺戮兵器製造企業、ロッキード・マーティン。アメリカは、イラク、コソボ、アメリカ人も良く知らない見知らぬ国にミサイルを撃ち込んでいる。自分の身は自分で守るという伝統は、銃器により武装し、自分の国を自分で守るということで、強力な軍事力を保有している。防衛という武力を行使してきた歴史は、自己の社会では銃器による犯罪を増加させてきたのではないか。アメリカは、イラク戦争でイラクの人を殺しているが、同じ矛先は、アメリカ人の社会に銃を突きつけている事になっているのではないか。

 銃により殺害された人数は年間、ドイツで381人、フランス255人、カナダ165人、イギリス68人、オーストラリア65人、日本39人。そしてアメリカは11,127人。カナダでは、1000万世帯があり、700万丁の銃器を保有しているが銃による殺人は少ない。何故か。カナダでは、家に鍵をかけない。本当かどうか。マイケル・ムーアは、突撃取材に行く。どの家も鍵をかけていない。人種差別も少ない。アメリカでは鍵を3つも付けている。

 NRA会長チャールトン・ヘストンのビバリーヒルズの豪邸へ、アポなしで訪問する。銃の所有は憲法で保障されている。アメリカでは、銃による凶悪犯罪が増え、そのため銃によって武装している。自分の身を守るためには本当に銃器によって身を守ることが最良の方法だろか。
アメリカ人の警戒心、自己防衛心の強さが原因ではないのか。
 マイケル・ムーアは、コロンバイン高校の被害者の青年二人とKマートで買い占めた弾を持って、Kマートの本社に弾を売らないように交渉行く。青年の一人は9ミリ弾をあび下半身不随になり、もう一人も身体に弾が残っている。Kマートも期限を定めて、今後弾を売らないと約束する。銃社会を変えようとするささやかな行動だ。

 アメリカ人は銃社会を認めようとしない。自分の存立基盤にかかわるからだ。コロンバイン高校の殺傷事件の原因もマリリン・マンソンに負わせようとする。コロラド州ではマリリン・マンソンのコンサートが禁止された。マイケル・ムーアは、マリリン・マンソンにインタビューする。マンソンはいう、私は、犠牲にされたのだ。このインタビューを聞いて、私は、マリリン・マンソンを一度聞いてみたいと思った。

 アメリカは、お金持ちの国だ。世界中の富を集めている。その、お金を守るために強力な武力を保有しイラクを攻撃したのだ。そして、国内では、お金持ちも貧乏人も恐怖心から武装している。このような不信な社会はとても不幸である。
 日本も近年凶悪犯罪が増えて、国民の中に恐怖心が増大している。北朝鮮のミサイルによる恐怖心も増している。銃の保有を許せば必ずアメリカのような社会になるだろう。自衛隊の武装強化もアメリカと同じ道を歩むに違いない。安全な社会とは何か。自分の身を守るためにはどうすればいいのか。この映画を見て考えた。

(2003/8/5)

銀行で銃を粗品に貰うマイケル・ムーア「ボーリング・フォー・コロンバイン」(2002年カナダ)より


有事拡大解釈 警戒を
中坊公平

 有事法制が2003年6月7日参議院を通過して成立した。1945年の敗戦以来平和憲法の下、歴代内閣が法制化を見送っていた戦時に備える法律が与野党の枠組みを超える支持で整備された。
 この法律は、戦時の国民の人権保障・保護と輸送関連企業、医療関係者らの戦時協力の強制などの問題がある。まあ、自衛隊を自由に動かせる体制ができたことで、戦争しやすくなったといえる。小泉純一郎内閣は戦争ができる新たな日本の内閣総理大臣として歴史に足跡を残すだろう。
 成立を民主党の岡田幹事長は評価していたが、本当に評価できるのか。中坊公平さんがそのことを心配されていたので引用します。

<引用開始>
 15歳で学徒動員された頃、「鬼畜米英は殺さないかん」と本気で信じてた。それが負けたら、ころっと変わる。日本人の価値基準の狭さと、心理の変わりようが今でも怖い。私の有事法制への考え方はそこが出発点。
 アフガニスタンやイラクの戦争を見ていると、19世紀末、欧米列強が権益保護のために出兵した義和団事件を思い出す。日本も遅れながら軍を送った。あの時は「植民地戦争のバスに乗り遅れるな」だった。今は「ショー・サ・フラッグ」。
今の日本は当時と酷似している。有事法制が圧倒的多数で通ったことにもそう思う。米国がどこで戦争やろうが、ずるずるとついて行って後方支援しかねない。また亡国の道を歩むのか。
 日本の致命的な欠陥は自分で考えないところ。イラク戦争で独や仏が反対したように、したたかに自分なりの道理を説いて、現実的な政策は憲法を中心に考えるべきだ。有事の範囲が拡張されないよう専守防衛の立場で考え、国連を活用できるものに変える努力をすればどうだろう。
<引用終わり>(朝日新聞 2003/6/7)

チョムスキー 9.11ーPower and Terror ー

 2003年5月31日「チョムスキー 9.11」を見た。この映画は、ノーム・チョムスキーの講演、インタビューを編集したものである。とってもいい映画だった。アメリカ国、日本国、イスラエル、パレスチナ、資本主義経済、グローバル経済などの事が有機的に結合し、整理されて頭がクリアーになった。日本の社会で起こっている事柄、経済恐慌、有事法制、沖縄問題、りそな銀行、教育基本法、国公立大学の独立法人化などの諸問題と「9.11」や「アフガン爆撃」、「イラク攻撃」との関係がはっきりとした形をとって見えてきた。すべての根本はアメリカの問題であったのだ。
 アメリカは、嫌いだった。特に質が悪いと思ったのは、ラオスへのクラスター爆弾投下の番組を見てからだ。それを、さらに、理論的に整理してくれたのがこの「チョムスキー9.11」だった。
 日本人の中でアメリカはまだ民主的な国だと思っている人がいたら是非この映画を見てほしい。

チョムスキーの言葉
■誰だってテロをやめさせたいと思っている。簡単なことです。参加することをやめればいい。
■あのテロは、疑いなく歴史的な事件です。しかし、わたしが思うにテロの最大の影響は、すでにあった動きを加逮し、強めたことです。少し形を変えただけでした。日本でもどこでも同じです。日本でば憲法改正に向かうかもしれません。世界中の政府があれをチャンスと見ました。保守的で残酷な計画を進める絶好の機会だと。国民は当然、不満に思い反対するでしょう。しかし、恐怖と緊張の時期を利用して、愛国心に訴えれば計画は遂行できる。国民に忠誠と従属を求めればね。権カとは、そういうものです。機会を狙っています。しかし、一般国民は違う。もっと複雑です。
■アメリカの場合は、あれはモーニング・コールのようなものでした。アメリカは内向きな国で外側を知りません。重要なのは国内だけ。しかし、あの事件以降、世界について考ええ直し、アメリカの役割など、これまでの常識が通じなくなったことに目覚め始めています。それは、少なからぬ意識の開放や、模索や、反対意見や、抗議行動にと、あらゆる形で表われています。
■この3,40年の変化がアメリカをはるかに文明化しました。40年前はこんな会合も開けなかったんです。この国は確実によくなってきたのです。さらなる権利さらなる民主化を求める闘いは、今も速度をましながら続いています。破局につながる流れに立ち向かう流れです。どららの流れが強いか、それで運命は決まる。あなた方にかかっているのです。
(2003/6/1)
 ノーム・チョムスキー Noam Chomsky    『ノーム・チョムスキー』(リトル・モア2002年)
 1928年、米国ペンシルベニア州フィラデルフィアに生まれる。ペンシルペニア大学で言語学を専攻。1950年代以降、生成変形文法理論の成果を次々と発表し、言語学の世界に革命をもたらした。その影響力は隣接諸科学の分野にも及び、哲学、認知科学、心理学、政治学など、広範な学問領域で顕著な業績を上げた。1988年認知科学分野への貢献により京都賞(基礎科学分野)受賞。現在もマサチューセッツ工科大学教授として研究を続ける言語学者。
 一方、1965年に米国が北ベトナムヘの爆撃を開始する以前から、米国の外交政策に対する批判を開始した。その作業は現在に至るまで続いており、とりわけ2001年「9月11日」の同時多発テロ事件以降、中東情勢と米軍のアフガニスタン爆撃に関する発言は世界の大きな注目を集め、インターネット上でもその見解が数多く紹介された。主要な言語学関係著作はもちろん、社会・政治に関する著作も多数あり、近書に、本映画の公式カタログでもある『ノーム・チョムスキー』(リトル・モア2002年)ほか次のようなものがある。『アメりカの「人道的」軍事主義−コソポの教訓−』(現代企画室/2002年)、『チョムスキー、世界を語る』(トランスビュー/2002年)、『グローパリズムは世界を破壊する』『テロの帝国アメリカ』(明石書店/2003年〉