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5作目、真の支配者
2項目、
『ラブ』という喫茶店の角で待っていると、矢尻がやってきた。
奴はカマキリ科のカマキリ種族の一員である。食肉の慣習のある種族が幅を利かせているこの世界
では、私が属しているスズメバチ科のスズメバチ軍団に続いて強大な勢力を誇っている。
最も、お互いに心のそこではいずれ相手を滅ぼしてやろうという考えをもっているのだが。それは
政治家から始まり、経済界の大物と言った連中。防衛隊といった軍隊の中でもカマキリ師団とスズメ
バチ師団として勇猛さの1,2を争っている。
だから、私と矢尻というただの一般市民レベルといえども心の底では相手をいつ滅ぼしてやろうと
言う考えをもっているのだ。だがお互いにそういうことはおくびにもださない。
「すみません。おそなって。」
かまきりのくせにしおらしいことを言っている。紫色の頭を振りながら、両手の鎌は防具で隠して
へらへら笑っている。これがあぶない、飲んでいて油断をして隙をみせるといつのまにか食われて
しまう。
「いやいや、俺も今さっききたばっかりやし。」
こちらもへらへらと笑い返した。
「今日は、どこいくん?」
カマキリ野郎が猫なで声で聞いてきた。
「うん。そこのヒューマン・エイプにしょうと思てんやけど。」
少し江戸訛りの混じった標準語で、私は少し地面より浮き上がりながら言った。
『ヒューマン・エイプ』の店の前までくると看板の横に『今日は刺身とから揚げがおいしい』と書いて
あった。矢尻の方を見ると既に目をひからせ、口からは涎を流していた。
中に入って、近くのカウンターに並んで座りお互いに砂糖のお湯割りを頼んだ。あとXXの刺身と
XXのから揚げを注文した。矢尻はさらに猿の手のおひたしを頼んでいた。私はXX専門なので猿は
食べない。猿ものは追わずというやつか。
矢尻は猛烈な勢いで猿の手を食っている。いつのまにか両方の鎌を剥き出しにして口から泡を
吹き出しながら夢中だ。本当に肉食昆虫と言う奴らは。
おっと、そういう俺もだが。これで矢尻の奴は『猿の惑星』の映画をみて喜んでいるのだから
分けがわからない。あれはきっと内容というよりは、料理番組としてみているのに違いない。
そういいながら私もXXの刺身をうまそうに食べているのだ。人の事は、いや昆虫の事はいえない。
《ほら、見てごらん。》
ママが僕を呼んで、こうつぶやいた。
《私たちの今日の餌のカマキリとスズメバチがキィキィいいながら何かつついているよ。》
《ママ、僕このカマキリの方を食べてもいい?頭の色が紫の奴。》
木の枝にとまりながら、地面を眺めていたカラスの親子がガア、ガアと鳴いていた。
2項目、終わり
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