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       3作目、貴方も同じ
         1項目

     「今日こそ誘ってみよう。」
      脇は声に出して自分を励ましてみた。
     脇には1人の好きな女性がいた。彼女は脇が今、勤めている会社の、経理課に属している。
     おくての脇には、31歳になる今までに彼女と呼べる女性は1人もいなかった。
      経理課の方に近づいてみると、幸いな事に彼女千葉裕子が1人で事務をとっていた。いつもなら
     口うるさい智子が裕子の席の前に座っているはずだ。

     「あのー、千葉さん。」
      あたりを見回しながら脇は裕子に声をかけた。」
     「はい?」
      美しいまつげをそっとあげ、裕子は脇に微笑んだ。
     「あのー、えーと・・・」
     「はい?」
     「今度、食事でも。」
     「はい。」
     「あっ、すみません。そうでしょうね。」
     「はい。わかりました。」
     「すみません、今のは忘れてください。」
     「あのー、だから判りました。」
     「ええっ、何がわかったんですか?」
      頓珍漢な会話を交わす脇であったが、何せ今までデートなんかした事がないのでそれも仕方の
     無い事ではあった。

     「じゃあ、これが僕の携帯番号とメールです。」
     「はい。それじゃあ私の方はそちらにメールしますので。」
     「では、またその時に。」
      まだ話し足りなかったが、向こうから智子が来るのが見えたのでさりげなく席を離れた。
     「やったー。やはり誘ってみるもんだ。」
      1人で喜びをかみ締めながら自分の席に戻った。あとは裕子からの連絡を待つだけである。
     まさか今日ということはいか、向こうも予定というものがあるだろう。

      あれから3日が過ぎた。
      裕子からはなんの連絡もない。今日か明日かといらいらしながら待っていたが、同じであった。
     せめて日にちでも決めて置けばよかった。何回も催促に行くのもなあと、色々悩んだ挙句、脇は経理
     課に向かって歩いていった。

     「あれ、裕子さんいないや。」
      2,3回行ったり来たりしたが裕子の席は無人のままであった。それどころか人のいた気配も
     感じられない。すると脇を目ざとく見つけた智子が
     「裕子?彼女ならいないわよ。」
      と言ってきた。
     「何かよう?」
      用が有るからきとるんじゃあと心で呟きつつ、愛想笑をうかべ
     「この前の伝票の件でちょとっね。」
     「ふーん?でも彼女ならもうこないわよ。」
     「えっ。」
      しばらくは智子の言っている意味が飲み込めなかった。
     「ああっ、裕子さんはやすみなのかな?」
     「いいえ、彼女なら会社をやめたわよ。」
      爪にマニキュアを塗りながら、智子は恐ろしいことをさらっと言った。

      漫画ならここでガーンという効果音が入るところだろうが、これは小説なので入らない。
     「なんで?千葉さんが。」
     「よくわからないけど、昨日裕子の家の方から電話があったらしいわ。」
     「気になるなら家にいってみたら?」
      といいながら智子は一枚のメモを脇に手渡した。

      呆然としながら経理課を離れた脇は自分の席に戻った。暫くメモを見つめていた脇はそっと
     会社を抜け出した。会社の前から少し離れたところでタクシーを拾ってメモに書かれている場所
     に向かった。

      30分後、脇はあるマンションの一室のインターホンを鳴らしていた。
     「どちらさま?」
      女性の声が返ってきた。
     「すみません千葉さんの同僚の脇と申しますが。」
     「・・・・・・・」
     「千葉さんは居られるでしょうか。」

     「NRU11H0058号の事でしょうか?」
     「彼女なら故障が多くなってきたので売りに出しました。」
     「なんですって?」
     「もしもし?」
     「・・・・・・・・」
      後は返事がなかった。
      NRU11?アンドロイドの識別番号か。ということは、そうか彼女はロボットだったのか。そういえば今は
     2035年だ。千人に1人は人間社会にロボットが混じっているとは聞いていたが、本当の事だったのか。
     それもよりによって自分が好きになった人がロボットだったとは。

      その後、脇はいろんなルートを使って裕子を探した。例えロボットであってもかまわない。もう一度あい
     たい。
      それから2週間程も立ったある日、脇に連絡が入った。
     「脇か?矢尻や。お前の探していたロボットみつけたで。」
      それは脇の友人である、科学産業省に勤めている矢尻からであった。
     「ほんとうか?」
     「湯原シティにあるロボットアメニティの一角の3526ブースに行ってみろ。」
     「判った。この礼は・・・」
     「それで・・・・」
      矢尻がまだ何か言っていたような気がするが、気がせいている脇はTV携帯電話のスイッチを切り、飛
     ぶようにロボットアメニティに向かって走った。

      はたしてそこに裕子はいた。しかしこの2週間程の間にロボットについて色々と調べてみたが、ロボットを
     手放す時は当たり前の事であるが、一旦リセットしなおすらしい。そうすると裕子は私の事を忘れているは
     ずだ。
      裕子は受付のカウンターに座っていた。服装こそ違え顔は前のままだった。
     「裕子さん。」
     「はい、どちらにいかれますか?」
      やはり、おぼえていないのか。    
      しばらく、私の目を見つめていた裕子がまた口を開いた。
     「どちらにいかれますか?」
      涙が出そうになったがここであきらめる訳にはいかない。私は裕子の手を引きカウンターから
     連れ出した。

      入口付近にいたガードマンが、こちらに気づきかけだしてきた。
      私は裕子を引っ張り、反対の方向に走り始めた。裕子は逆らいもせずおとなしくついてくる。
     ガードマンをやり過ごして会議室らしい一室に入った。その時である
     「わ・・・脇さん。」
      信じられない言葉が裕子の口から飛び出した。記憶は消されていなかったのか。
     「裕子さん。」
      私は思わず裕子を抱きしめた。
     「ロボットでもかまわない。結婚してほしい。」
      私の腕の中で静かに私を見つめていた、裕子が口を開いた。
     「それは出来ないわ。」
     「なぜ?」
     「だって、貴方もロボットですもの。」


         ロボット工学の三原則
       一、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また何も手を下さずに
        人間が危害を受けるのを黙視していてはならない。
       二、ロボットは人間の命令に従わなくてはならない。ただし第一原則
        に反する命令はその限りではない。
       三、ロボットは自らの存在を護らなくてはならない。但しそれは第一、第二
        原則に違反しない場合に限る。

                    わたしはロボット
                        アイザック・アシモフ より抜粋
         ロボット同士で結婚はできない。
                    補足、新ロボット工学(アシザック・アイモフ

        1項目、終わり
   
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