17作目、真の支配者3・継ぐのは誰かバグ編
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     3項目、

        ある寒い冬の日。
        矢尻は妻の琵琶子とホテルの前に立っていた。
       「ここやったかなあ?予約しといたとこは」
       「そのはずよ。駅前にはホテルは、ここしかないもの」
        琵琶子は矢尻に寄り添いながら、ホテルを見上げた。
        そのホテルの看板には『東横アウトタカイシ』のイルミネーションが、まばゆく点滅していた。

        今日は2人の10年目の結婚記念日である。結婚して以来、夫らしい事は何もした事がない矢尻
       にとって、始めての妻に対するサービスであった。
        自動ドアから入りフロントに向かった2人に、フロントマンが声をかけた。
       「いらっしゃいませ」

       「奈良の田舎からきた、矢尻やけど」
       「はい。矢尻さま御2名さまですね」
        フロントで手続きを済ませ、部屋に向かおうとした2人に
       「お客様、失礼ですが」
        能面のように顔の表情のないフロントマンは、それでも口もとには笑みをうかべながら矢尻たち
       に声をかけた。
       「はあっ」
        振り向いた矢尻に男は、小さな子瓶を差し出した。
       「これは幸福の昆虫でございます」
       「幸福の昆虫?」
        その以外な言葉に、矢尻より妻の琵琶子が興味を示した。
        フロントマンからその小瓶を受け取った琵琶子は
       「まあきれい!」
        と喜びその子瓶を宙にかざした。その中には金色に輝く、玉虫のような昆虫が入っていた。
       「エサは水を数滴、やっていただくだけで結構でございます」
        男の声を尻目に2人はエレベーターに乗り、自分たちの部屋に向かった。

        部屋に着くと、妻の琵琶子はさっそく玉虫にエサをやろうとした。洗面台に行こうとして、ふと見る
       とバスにすでに湯が張ってある。
       (あら、もうお湯が張ってあるわ)
        近づいてよく見ると、それはお湯ではなく水であった。
       (何で水が?)
        とは思ったが、まあいいやと小瓶のふたをあけて中に水をいれようとした。そのとき玉虫がするりと
       小瓶から逃げ出しバスに飛び込んだ。
       「きやっ」
        虫がしんじゃうわと、慌ててすくおうと水に手をいれた。
        その時、気のせいか虫が2匹に増えたような見えた。
       「うん?」 
        見る間に4匹、5匹と増えていく。あっというまにその数は数10匹になった。

        パニックに陥った琵琶子は隣の部屋にいる夫の富春を呼ぼうとした。
        が、それは声にはならなかった。金色に輝く玉虫は、そのときにはバスの水面一杯にひろがり
       琵琶子の腕から体に群がり始めていたのだ。
       「あ、あな・・・た」
        その場に崩れるように倒れた琵琶子の全身が、見る見るうちに玉虫に覆われていく。
        そして開かれたドアの隙間から虫たちが、矢尻のくつろいでいる部屋の方に這って行く。

        何も気づかない矢尻はソファーに腰をかけながら、この一時を楽しんでいた。
       「俺も考えてみるとひとかどの男になったもんだ。1人で作った会社も今では200人も社員をかか
       えているし。妻にもこうして孝行できるようになったし。ふふっ」
        そうだ久しぶりに風呂に一緒に入ろうと、にやけた顔で立ち上がり一歩踏み出したとたん、何か
       に足を取られその場でひっくりかえった。
       「いてぇー。」
        床の上を何気なくみるとそこには一杯の玉虫が。
        更に際限もなく隣の部屋からあふれ出てくる。
       「び、琵琶子・・・」
        妻を気遣い、バスルームに這って行こうとする矢尻に、それ以上の勢いで金色の塊が覆いかぶさ
       ってくる。

        その頃、フロントでは先ほどの男の姿はなくカウンターの上には、金色に輝く玉虫が一匹のってい
       るだけであった。

           17作目、終わり
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