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その8、
「どっちが先にいくやろのー。」
すべてはこの言葉から始まった。
花丸一家二代目と顧問の短五郎とが、ある居酒屋で闘争の口火をきりあってから2週間が立とう
としていた。急遽二代目伊川剛三は、相談役の山路良平を居酒屋に呼びよせ善後策をとり始めた。
そもそも二代目伊川と短、山路は初代組長である吉原康太郎の直系若衆であった。この居酒屋で
知り合いその男気に惚れ杯を受けた伊川より、短と山路はその何年か前に杯を受けていた。いわば
子飼いの若衆である。二人は吉原が花丸一家を5年前に立ち上げた時に、浅備総業に席をおきな
がら吉原の若衆になった。(こういう事が本当に出来るかどうか、筆者は素人ですので責任はもちま
せん。)
その時から短と山路の関係は、微妙なものであった。お互いに浅備総業の組長補佐ではあったが
年は山路の方が2つほど上で、どちらかと言うと組内では優位にたっていた。このままいけば当然
吉原の引退後の跡目は、山路が継ぐものと世間では見られていた。しかし吉原は自分の跡目を、一
番新しい若衆の伊川にゆずったのである。世間ではこの人事のサプライズに驚いたが、一番驚いた
のは当の短と山路であったであろう。
その後の人事で短は顧問、山路は相談役と花丸一家内では、いわば棚上げされた形になってし
まった。しかも新若頭には、彼らには後輩に当たる人斬りお髯と異名を持つ、小髯虎好が選ばれた。
若干40歳での大抜擢であった。これで普通でいけば、次の組長には若頭の小髯が選ばれるという
ことになる。短と山路の次期組長の道は閉ざされたと言う事になった。
これらの一連の出来事を、冷静な目で見ていた者が2人いる。1人は美人ママことはなちゃん。
もう1人は当時三井墨友興業の若頭を張っていた、七陸次郎である。七陸も吉原の生き様に影響
を受けた男の1人ではあったが、他のメンバーとは違って吉原とはある程度の距離を置いていた。
本来なら組長である伊川と、子である若頭の小髯とは切っても切れない中であるはずなのだが
もともと小髯は伊川の直系ではない。かしらへの就任は神の声の為と言う噂も出るほどであった。
こうして微妙な親子関係ができあがった。かしらの小髯にとっては、今の位置はさほど座りごごち
のいいものではない、何より短と山路という小姑の2人がこうるさい。なにかというと若頭の小髯の
方針にくちをはさんでくる。もっと言うと何か肌が違うというか、好みが違うというか長嶋と村山の違い
というか。応援している何かが違う。花丸一家などつぶれてもいいという処まで考えていた。
「いざとなれば新しく華丸一家をつくってもいいのさ。」
と自分の若衆にはこっそりと話していた。
しかし短と山路の2人はそうはいかない。永遠のライバル関係でもあるし、考えも違う。さらに言えば
2人とも吉原には心酔しきっている。その考えを継承したいと考えている。
ゆえにそれぞれ勢力拡大をはかろうとしたのも無理はない。
もともと短は、性格上取り巻きや知り合いが多い。現に若頭の小髯も浅備総業での後輩だし、かれ
以外にも浅備総業内にシンパはいる。あと吉原系の赤城と言う男もいるし、実力者の七陸にも近づ
いていた。
一方山路は、別系統のシンパを作りあげ月一回の山一会議と呼ばれている会合をひらいている。
さらに現組長の伊川にも必要以上に接近し、釣りに行くという話を利用してこれも月一の秘密会合を
開いていた。
さて話はもどるが、昨日やはり二代目と山路の釣り打ち合わせと称した秘密会合がもたれた。
そこで何が話しあわれたのか、美人ママによると釣りの話をカムフラジューにしながら、誰を狙う
かという話をしていたと思われる。亡?念?・・・かいとか、誰かを亡き者にするとか、残念とかあいつ
でいいのかい?とか言っていたらしい。あと七陸の名前もでたということなので、知らずのうちに七陸
もこの闘争に巻き込まれつつあるらしい。もっとも七陸も三井墨友総業を破門され、かしらの小髯に
拾われかしら補佐に取り立ててもらったものの一時の勢いはない。
こうした意味のない身内抗争が進みつつある中で、花丸一家壊滅を狙って一つの巨大な全国
的組織が動き出した。
こともあろうに、進退に揺れ動いているかしらを狙って、勧誘という手段にうってでた。それもかしら
が1人でのんでいる時だったらしい。らしいというのは一家のものは誰もみていないからだ。その男
たちとはちょんまげの刺客。その組織とはいまや日本最大となりつつある坂虎組である
顧問対相談役の暗闘も気になるが、坂虎組の動きも気になる。いまこれらの総てを押さえられる
のは、武闘派の2人である狂犬の盛土と静かなるスーしかいない。
その8、終わり
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