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          とある居酒屋で、4

         雷の音と光が同時にきた。ガラガラ、ドッシャ−ン。
        (やれありがたや、もとにもどれたか。)ん?ママさんが細いままだ。
         電話番ベスト迷彩服男の、ズボンも元の迷彩服のままだ。隣の男も相変わらず焼酎を飲み続けて
        いる。ペースが速い、また空になったコップをママさんの前に無言で置いた。
         迷彩服男が口を開いた。
        「マスター、一杯飲んで。」
        「おっ、ななさん、おおきに。おい、ななさんに一杯よばれたで。」
         ママさんはそれを聞くと、迷彩服男に
        「いつもすみません。」と笑顔を見せた。
        マスター?この男はマスターだったのか。それにしては何ぜカウンターに座って悠然と飲んで
        いるのか。

         すると地回りと思われる二人が、口々にマスターと呼ばれた男に
        「おい、シン。仕事もせんと飲んでばかりしていたらあかんど。」
        「八重ちゃんばっかり、はたらかせて。」
        「そやそや。」と下品な言葉でからかいだした。

         (何だ、この店は地回りにいいようにされているのか。)あまり雰囲気もよくないし、この様子では
        他の一般客はあまりこないだろうなと思い、私も何か頼むことにした。
         「ロースとカルピ。」
         「あいよ。」
         ここでやっとマスターと呼ばれた男が、前掛けをしめカウンター内に入った。包丁をとぎながら
        冷蔵庫の中から肉をとりだし、慣れた手つきでさばき始めた。そうかこの男は肉だけしか
        調理しないのか。なるほどそれでわかった。

         しかしよく考えてみるとなぜ、私と迷彩服いやベスト男の二人だけが、この店にとばされてきた
        のだろうか。タイムスリップとか言う話なら、あの居酒屋にいたママさんもいっしょのはずだが。なにか
        意味があるのだとしたら、ベスト男に関係があるのだろう。あの居酒屋の雰囲気に比べ、この焼肉屋の
        客層は、この男には合わないのだろう。それを誰かに知って欲しくて、私を巻き添えにしてここまで
        連れてきたに違いない。それはなんとなく理解できた。さて焼肉も食べ終わったしそろそろ
        引き上げたい。次の雷はまだか、いやまてよここなら電車で帰れるのではないか。私はママさんに
        きいてみた。
        「ここの最寄に駅はどこ?」
         ママさんは怪訝そうに
        「森町です。」と答えた。{居酒屋が南高石駅やったから、森町というシャレやで。念のため。

           その4、終わり

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