その17、豊潤同盟
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2005年も終わりが近づいていたある寒い日曜日。
ここ浪花の店間(てんま)の街では、野侠界では後に有名になった豊潤同盟会議が開
かれることになっていた。
地下鉄の暗い階段を、1人の男が上がっていった。外は寒く師走の慌ただしさが、街を覆
っていた。
(まだ誰も来ていないか。)
ダイヤモンドが輝く時計を覗き込みながら、男はタバコに火を点けた。
上から下まで、黒一色に統一されたスーツ姿からは只ならぬ雰囲気が漂っている。
男の名前は七陸次郎。少し前まで、花丸一家の若頭補佐を務めていた。3ヶ月程前、正体
不明のヒットマンに狙われたが、難を逃れ以後地下に潜伏していた(地下鉄にでは、ありませ
ん)
その七陸に、事件後時を同じくして、関東に潜伏していた補佐の静かなるスーこと、植山
元(もと)から連絡が入った。それは久しぶりに逢いいたいと言う内容であった。七陸は若頭
(組長代行)の小髯と、補佐仲間の盛土喧(けん)に連絡をとり、花丸一家の若頭補佐会を開
く事になった。ここに豊潤同盟会議が開かれる事になった。それは野侠界に何をもたらすのか。
七陸は時計を見た。
(6時30分か、まだ30分もあるのか。少し早くきすぎたか。)
七陸はその鋭い切れ長の瞳をさらに細め、タバコの煙をくゆらした。
(ふっ、我ながらクールだぜ。)
と彼は1人、悦に入っていた。
目の前に影がさした。ふと目をあげるとそこに狂犬のような目つきをした元若頭がたっていた。
口もとに残忍な笑(えみ)を浮かべ、
「またせたかいのー。」
と、地獄の底から響くような声で聞いてきた。雰囲気としては、ダースベイダ−を想像してほし
い。
ここに恐怖の狂い狼・人斬り盛土と、男は黙って人をきる、野郎には冷酷、女には「アマ−ィ。」
スー族の末裔、ヒットマンスー事、植山が加わるのだ。どうなるか、私にもわからない。盆と正月
にクリスマスと海の日が同時に来たようなものである。
サングラスを外し、少し腰をかがめて七陸は小髯に挨拶をした。
「かしら、お久しぶりで。」
「もうかしらじゃあねえ。」
小髯は笑いもせずに言った。よく見るといつもの護衛もつけていない。ダンディな服装も今日
は変装の為か、ジャンパー姿であった。
二代目引退を受けて、若頭の小髯も引退届を出していた。最も伊原より懇願されて組長代行
というややこしい役をひきうけていたが。
2人は黙って、後の2人を待っていた。
しばらくして盛土が小走りで近づいてきた。小髯をみると軽く頭をさげた。
「兄弟はまだかいや」
七陸に近づき殆ど聞こえないぐらいの声でささやくように言った。
「まだじゃわい。浪花は久しぶりやさかい迷っとるかもしれんわ」
「フン」
改札口からは乗客の群れが流れるように出てきた。その一番あとからコートをはおった植山
がでてきた。
「兄弟。こっちじゃ」
盛土が手をあげた。
「次郎、場所はここにすんど」
地獄の底から・・・(もう、ええちゅうねんと久しぶりに神の声)
小髯が今日の幹事役である、七陸の意見も確認せずに歩き出した。
「へい」
何か言いたそうな顔を瞬時に消して、七陸はそのチラシを受け取った。そこは小髯の出身
母体である浅備建業の組員がよく利用している『てっちり屋』であった。
4人の男達は飢えた狼のように腹を減らし、足を速めた。街をゆく一般市民たちは恐れる
ように道をあけた。
『てっちり屋』の前に到達した4人は確かに飢えていた。愛に飢えさらに腹もすいていた。
名前だけの幹事である七陸は扉をあけ、対応に出てきた従業員に
「4人じゃが、あいとるか」
「予約なされてますか?」
「何、予約?そんなものはしとらん」
「それでは、あいてませんが」
(何ィ。かしらの奴、予約もせんじゃったか)
扉を閉めて出てきた七陸に、3人の飢えた狼たちは鋭い視線をあびせた。
「次郎。どうじゃった」
小髯は自分の落ち度を、七陸に転化するような口ぶりでいった。
「あきませんわ。予約がいるらしいですわ」
「何っ、予約?そんなものがいるんか」
すると今まで、飢えの為押し黙っていた植山が突然
「なんじゃい。予約もせんじゃったか」
と、ぶちぶちといい始めた。それも七陸を責めるような口ぶりだ。
盛土も暗い目で七陸をにらんでいる。
(冗談じゃないで。みんなかしらがわるいんじゃないか)
と、大声で言いたかったがぐっとこらえた。
「どうするんなぃ」
かしらはなぜか広島弁でほえた。
「しゃあないですけん、別の店をさがしましょうや」
七陸はそっぽを向いていった。
(そもそもあんたがわるいんじゃけん。第一、いっぱしの任球道の幹部たるものが店の
5件や6件ぐらいしらんのかい)
愛と空腹に飢えた狼の集団は、よりいっそう目をひからせ店間(てんま)の街を疾走し始めた。
彼らに安らぎの時が訪れたのは、それから30分ほど立ってからのことである。
お腹に物が入り、アルコールが満たされるとようやく4人は自我を取り戻し始めた。
その場で新生花丸一家が誕生した。
新組長に小髯が三代目として。3人のかしら補佐たちは組長補佐として昇任。しばらく若頭は
置かない事に決定した。植山は引き続き江戸の支部長も兼任し、常駐する事になった。
こうして激動の2005年は、終わりを迎える事となる。とりあえず腹は満たされた。
愛に飢えた4人の物語は続く・・・のか?
その17、豊潤同盟終わり
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