その22、静かなる挑戦
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         『ツルルー、ツルルルー』
          電話機のベルが、鳴り響く。


         「チッ、誰もいねえのか」
          事務所の隣の応接室で上着を着たまま寝ていた男が、ぶつぶつと文句をいいながら出てきて
         受話器をとった。
         「はい、花丸一家じゃが」
         「あっ、七陸の叔父貴ですか」
          声の主は花丸一家の、若い衆の一人であった。
         「どうしたんや、こんなはように」
          七陸はチラッと、ローレックスの腕時計を見ながら不機嫌そうな声で言った。

         「すみません。盛土の叔父貴と連絡が取れなくて」
         「盛土がどうしたんかい」
         「いえ、叔父貴のことじゃあなくてですね」
          睡眠不足の七陸は、苛立ちを隠せずつい声が荒くなった。
         「はっきりいわんかい」
         「へい、あの・・・カトレア会の客人が」
          カトレア会と聞いて、一抹の不安を覚えた七陸であったが、勤めて平静を装いながら聞き重ね
         た。
         「カトレア会の客人が?」
         「キャバレー愛でヒットされたらしいですわ」
         「なに?藤川はんが?」
         「いや、名前はわかりませんが」
         「確か、藤川はんと久保はんとかゆうとったはずやが・・・」

         「それで?」
         「へい、2人とも一命はとりとめたのですが・・・」
         「が・・・?」
         「髪の毛を数本、飛ばされてます」
         「むう、惨いのう。ご苦労のやるこっちゃないのう」

         「で、2人の倒れていた所にですね。盛土の叔父貴に当てた手紙が」
         「手紙?」
          何の事だと、七陸は怪訝そうな声をあげた。
         「次は3人。まとめて相手しちゃるけん。静かなるスーちゅて書いて有りました」
         「・・・・・・」
         
         「叔父貴?七陸の叔父貴。どうしやした」
         「いや、何でもない。分った。盛土にはワシから連絡しとく。朝早くから極道やぅたな」
          受話器を置きながら七陸は、そばのソフアーに腰をおろした。
          震える指で、タバコを取り出しダンヒルのライターで火を点けた。
         (静かなるスー・・・・・・か。静かなる挑戦状か、ついにくる時が来たか)
          煙を吐き出しながら、七陸は窓の外を見つめた。

          その頃、浪花の江坂という街にあるマンションの一室で、静かなるスー事、植山元(げん)
         が愛銃のワルサーの手入れをしていた。
         (阿茶・・・・・・)
          最後にもう一度会いたかったのだが、という思いを胸に秘めながら最後の戦いに出ようと
         していた。
         (浪花の夢は、夢のまた夢か。)
          ふっと笑いながら、苦いものが胸に込み上げてくるのを、押さえる事が出来ない植山であっ
         た。

            その22、終わり
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