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          その10、

           あの一枚岩を誇った花丸一家がついに崩壊に。
          補佐四人衆の1人、七陸は急遽江戸侵攻作戦中の植山元(もと)に連絡をとり、彼を浪花に呼び戻
          すことにした。植山も四人衆の1人ではあるが、七陸はその筆頭である。
          連絡を受けた植山は雨の中、静かなるスーと異名のある植山は、手飼いの親衛隊20名を引き連
          れて新浪花駅に降り立った。
           出迎えた七陸組の幹部馬原の車に乗り込みながら、植山は殆ど聞き取れないような低い声で
          「七陸の兄貴は?」
           と馬原に聞いた。
          「へい、例の居酒屋でお待ちで。」
          「ほうか・・・・」
           後は黙ったままで植山は、雨の降りしきる浪花の街を車の窓越しに見つめつづけていた。
          
           静かなるスー、黙ったままで人を斬る。五年前には敵対関係にあった長谷一家との出入りで、1人
          で8人を相手に全員病院送りにし、浪花の街を恐怖のどん底に落とし込んだ事件を引き起こした事
          で一躍、有名になった。もう1人の狂犬盛土喧(けん)と並び、花丸一家内では、行け行けの双璧で
          ある。
           その事件のあと、警察の目をのがれ江戸に身をかわしていた。そのついでに江戸の街を陥れよう
          と工作をしていたところであった。

           同じ時刻、とある居酒屋ではかしらの小髯虎好と、補佐の七陸がこれからの善後策を話しあって
          いた。
          「それで顧問が身をひかれるというんで?」
           七陸の問に、
          「そうらしい、健康に自信がもてんと言う事らしい。」
           かしらの小髯が答えた。
          「しかし今顧問にひかれると、山路の叔父貴の発言力が増すのでは?」
          「うむ、そこなんじゃ。」
          「最近頻繁に、おやっさんと叔父貴が合っているとの情報も。どうですかいのー、大きい声ではいえ
          ませがいっそ、おやっさんに引退してもらうというのは。」
           七陸は一段と声をひそめて、小髯にささやいた。それに対して、
          
          「あほう、めったな事をいうもんじゃないわ。」
           と、かしらの小髯はたしなめるように言った。そして、
          「わしにも考えている事がある。」
           そういいながら、胸のポケットからタバコをとりだして火をつけた。

           そのとき風とともに、二人の男が入ってきた。その男の顔を見た七陸の顔に一瞬緊張が走った。
           広域暴力団の坂虎会・浪花支部長の緒間毛とそのボディガードだった。
          「おう、ひさしぶりやな。」
           格では、向こうの方が数段上である。鷹揚に小髯たちに声をかけてきた。
           小髯と七陸は立ち上がってあいさつをした。緒間毛は小髯の横に座りながら
          「もうすぐやのう。」
           となにか意味深なことをいいながら、ビールを注文した。

           もともと、坂虎組には反感を持っている七陸だ。さらに最近かしらがこの男に接近しつつある
          という情報を手に入れていたので、よけいに反発心が沸き起こった。それを微妙に感じ取ったのか
          緒間毛は鋭い目で七陸をにらみながら、ボディガードの男と何かささやき会っている。

           急にかしらの小髯がそわそわしだした。そして七陸に聞こえないぐらいの声で
          「もうすぐ相手がきまりますさかい。まってくださいや。鷹か千葉かですわ。わしとしては鷹のほうが
          よろしいんでっけど。」

           何、鷹と言うと九州最大の組織、福岡大栄鷹乃目組のことか。そうするともう一つの千葉というの
          は関東の千葉毬会のことだろう。その二大組織を一度に相手をするということか。かしらは花丸
          一家を見捨てて、坂虎に付こうとしているのか。聞くところによると小髯が家に飼っている虎は、
          この緒間毛から送られた物らしいという噂がたっていた。
           しかし、なんといっても花丸一家は小さいながらも、江戸の東巨総業の流れを汲んでいる。初代
          組長自身が江戸の出なのだ。あと二代目、相談役の山路や補佐の盛土なども東巨総業の影響を
          少なからずうけている。こうなると花丸一家内だけの揉め事ではなくなる。全国を巻き込んだ大
          バトルが始まることになる。

           七陸はベルトの後ろに忍ばせているベレッタに手をかけた。そして植山の乗る車もすぐそこまで
          近づこうとしていた。


              その10、終わり

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