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SWEET KISS ×××

 
 
 
ここはブラス城の厨房、侍女たちがボウル片手に奮闘している。
 
「みんな今日はずいぶんと楽しそうだな」
 
たまたま通りがかったクリスが
いつになく盛り上がっている侍女たちに声をかける。
 
「あっ!クリス様!ご機嫌麗しゅうございます!」
 
「私たち、騎士様にチョコレートのお菓子をお作りしているんです」
 
皆が口々にクリスへあいさつをする。
 
「…そういえば、今年もそんな季節か」
 
侍女たちのほとんどにお目当ての騎士がいるらしく
相当本格的な調理になっているようだ。
 
「騎士たちも喜ぶだろうな」
 
「あっ!もちろんクリス様の分もご用意していますよ」
 
「そ、そうか。ありがとう」
 
少し照れくさそうに侍女たちに礼を言うクリスである。
クリスは毎年パーシヴァルやボルスといった
女性に絶大な人気をほこる騎士たちに劣らない数のチョコレートをもらっていた。
クリスにとってバレンタインデーとはチョコを送る日というより
むしろチョコをもらう日という認識であった。
 
「あ、そうだクリス様もどなたかに作られてはいかがですか?」
 
侍女の一人が提案した。
 
「え?わ、私は、その…」
 
突然の提案にクリスはとまどってしまう。
ものごころついたころから騎士を目指してきたクリスである。
料理などほとんど経験がないし、
自分が誰かにチョコを贈るという発想を持っていなかった。
 
「そうですわ!私たちにお手伝いできることといったらこれくらいですもの
一緒に作りましょう」
 
この提案に周りにいた侍女たちは口々に賛同の意を表し始めた。
 
「え、で、でも誰に渡せば…あの、その」
 
侍女たちの勢いにたじたじのクリスである。
 
「まあ、そんなに堅苦しく考えなくてもよろしいのです。」
 
「ええ、気になる殿方がいらっしゃらなければ
日ごろお世話になってる方などに差し上げればいいのですよ」
 
「世話に…」
 
世話になっている者たちなら数多く心当たりがある。
 
「はい。私も本命がいないから今年は義理チョコばかりなんです〜。」
 
「でもなんだかウキウキしちゃうんですよね〜」
 
「義理、か。…それなら作ってみようか…」
 
すっかり侍女たちのペースにのせられてしまうクリスであった。
 

 
数刻後
 
「ふう、こんなものか?」
 
「え、ええ!は、初めてにしては…とてもお上手ですよ」
 
侍女たちの苦労の成果があってか
クリスの作ったチョコレートは少々いびつながらも
手作りの良さが表れているトリュフに仕上がっていた。
 
ただこの後クリスに料理を教えようとする者はいなくなった。だとか、
 
「やはりクリス様は剣に生きるお方なのです!!」
 
侍女たちは口々にこのように言っていた。とか、はまた別のお話。
 
‥と、いうわけでクリスの手元にはかわいらしくラッピングされた
(侍女達によって)一包みのチョコレートが残された。
 
「さて、どうしようか‥」
 
ここはクリスの私室。テーブルの上にはチョコレートがある。
クリスは片肘を突きながら、それをもてあまし気味につついてみた。
複数あれば迷うことなく自分を支えてくれている部下たちにあげるつもりだった。
しかし、たくさん作るはずが出来上がってみれば
一包みしかできなかったのである。
 
「どうせ義理なんだ!だれにあげたからといって問題にはならない、よな…。」
 
とはいってみるもののはじめての手作りの品である。
やはりだれにあげるかというのは重要で‥
 

 
いよいよバレンタイン当日である。
 
「クリス様これは手作りですか?」
 
朝一番に挨拶にやってきたルイスが
早速テーブルの上にある包みを発見して問いかけた。
 
「ん!?あ、ああ」
 
あわてて答えるクリス。
というのもあれこれ考えていたせいか
テーブルの上に出しっぱなしにしていたのをつい忘れていたのである。
 
「やっぱりクリス様の人気はすごいですね。
こんな朝からもうチョコをもらうなんて!」
 
無邪気に微笑みかける何も知らないルイスである。
クリスがチョコをもらうのは毎年のことなので
まさかクリスが作ったものとは考えもしていなかった。
 
「‥それは私が作ったのだ」
 
ぽつり、とクリスが言う。
 
「ええ〜〜〜っ!!!!???」
 
思わず叫んでしまうルイスであった。
 
「‥おかしいか?そうだろうな」
 
「そ、そ、そんなことありませんっ!!!」
 
ブンブンと頭を振るルイス。
 
「いいんだ。ルイス。」
 
「あ、あの、そのボクええっと‥‥」
 
「何?」
 
「‥どなたをお呼びしてきたらいいんですか?」
 
必死にフォローの言葉を考えたものの口から出たのはこんな言葉であった。
 
「ん?あ、ああ‥その自分でわたすからいい」
 
「あ、そ、そうですよねっ!!じゃあボク馬の世話をしてきますね」
 
邪魔をしてはいけないとルイスなりの判断でルイスは足早に部屋を後にした。
 

 
ブラス城のサロンへとむかう階段をサロメが上がっていくと
小走りで階段を駆け下りるルイスの姿が目に入った。
 
「ルイス?何かあったのですか?」
 
その様子にただならぬものを感じて問いかけてみる。
 
「あ、サロメ殿。あ、あのその‥」
 
ただただ真っ赤になってもじもじするルイス。
 
「?」
 
クリス様になにかあったのだろうか??
そんな予感がしてサロメはサロンに行く前にクリスの私室に行くことにした。
 

 
「クリス様おはようございます」
 
「あ、サ、サロメ!」
 
突然のサロメの訪問にあわてて答えるクリス。
(いきなり来るんじゃない!まだ心の準備がっ!!)
 
「クリス様、体調がよくありませんな」
 
そんなクリスの様子を見てどう勘違いしたのか
サロメが心配そうにクリスの顔を覗き込む。
 
「へっ!?」
 
「熱っぽくありませんか?お顔が赤いですよ」
 
そういって手を額に当てようとサロメがさらに近づく。
 
「な、なんでもない!大丈夫だ。」
 
クリスはあわててかぶりを振って後ずさりする。
(な、何を言い出すんだ。)
 
「お疲れなのでしょう。今日は一日休息されてはいかがですか?」
 
サロメの中で
’今日は朝からクリス様は熱があり仕事どころではない’
という結論に達したようである。
 
「わたしは疲れてなどいない。大丈夫だ。」
 
それは真実なのだが日ごろから無理をするきらいのあるクリスなので
サロメは納得しなかった。
 
「そうですな、今日は騎士たちも仕事どころではなさそうですし
クリス様がお休みになっていても問題はありませんし…。」
 
そこでバレンタインにかこつけてクリスに休んでもらおうと提案した。
 
「サロメはどうなのだ?」
 
「私はいつもどおりですよ。」
 
密かにクリス一筋のサロメである。
幾つかのチョコをもらうことはあっても
実際にほしい人からもらうことはないとわかっているので
バレンタインといえど浮かれた気分にはならないのも道理である。
それは寂しいことではあったけれど。
 
「そうか。」
 
その返答を聞いて何故だか満足げにうなずくクリス。
 
「ではサロメも仕事どころではなくしてやろう」
 
「は?」
 
クリスの真意を測りかねるサロメに
クリスはテーブルの上においていた包みをサロメに差し出した。
 
「これ」
 
「こっ、これは!?」
 
突然の出来事にただただ驚きを隠せないサロメ。
 
(この展開でチョコ以外のもののわけがないだろう!?…そんなに驚くことか!?)
心の中でそんなことを思いながらもそんなことは口には出さず一言だけ付け足す。
 
「作った。」
 
「クリス様が‥」
 
「ああ、味の保障はしないけど。」
 
照れ隠しなのかついついぶっきらぼうに答えてしまうクリスだが、
頬はほんのり赤らんでいてうつむき加減のその表情は
言葉では言い表せないほどのかわいらしさである。
 
「私が戴いてよろしいんですか?」
 
喜びで声が上ずってしまう。
 
「だから渡してる。いつも世話になってるし、心配かけてる…から
感謝の気持ちをこめて、な」
 
そういってクリスはサロメに微笑みかける。
 
「ありがとうございます。」
 
感謝の気持ち…つまりは義理だということだが
それでもサロメのうれしさは変わらなかった。
 
「では紅茶でも煎れましょうか。」
 
「そうだな。」
 
サロメの提案で今朝はゆっくりとティータイムを楽しむ運びとなった。
 

 
「クリス様の手作りとはうれしいですね」
 
そういいながら包みを解いていく。
 
「あの、まずかったら食べなくていいから」
 
はっきりいって味の自信はないので一言付け加えた。
 
「とんでもない!最後までいただきますよ。」
 
クリスの手作りの品を残したとあっては悔やんでも悔やみきれないだろう。
 
パク
 
サロメはチョコをひとつ口にほおりこむ。
 
こ、これは‥!!
 
「しょ、少々歯ごたえがありますな」
 
それはいつまで噛んでもなくなりそうにない
なんともいえない歯ごたえのあるチョコに仕上がっていた。
 
「‥やっぱり?5人分が一人分になったんだ」
 
どんな力で練ったのかサロメには想像がつかなかったが
心配そうに覗き込むクリスの顔を見ては何もいえなくなってしまう。
 
「そ、そうですか‥ですが味のほうはなかなか甘さ控えめで‥」
 
事実味のほうは甘すぎず上品な味に仕上がっていた。
 
「味見していいか」
 
それを聞いて安心したのかクリスが問いかける。
 
「あ、味見してなかったんです、か?」
 
意外な発言にまだ口をもぐもぐさせながら思わず聞き返した。
 
「仕方ないだろ、少ししかできなかったんだから」
 
「しかしせっかくクリス様にいただいたチョコレート、全ていただきたいのですが?」
 
「‥‥これでいいだろう?」
 
「!?」
 
目を閉じたクリスの顔がサロメに近づきサロメの唇をクリスの舌が掠めた。
 
「ク、クリス様!?」
 
いつになく狼狽するサロメは今にも椅子から転げ落ちそうである。
 
「味見だ味見っ!!ん、なかなか上出来じゃないか。」
 
そういいながらいたずらっぽく微笑むクリスは
発言とは裏腹に耳まで真っ赤であった。
 
この日一日クリスの思惑通り(?)サロメはまったく仕事どころではなかったとか
 
 
  
 
終わり
written by 銀月まゆ 
 

‘バレンタイン’というお題を
サロクリでお届けしました♪
サロメさんがなかなか動いてくれないので
ウチのクリス様は誘い受け風味な感じです




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