「やっともどって来れたな」 瞬きの手鏡でビュッデヒュッケ城に戻ってきたのは炎の英雄ヒューゴ率いるパーティである。 「仲間もたくさん入ったし、戦利品もいっぱいね。」 リリィはニコニコとしながら、数々の戦利品の入った袋をのぞいている。 どうやら何か自分に使えそうなものを探しているらしい。 「じゃあ俺は休ませてもらうからな。」 そんなリリィを横目でちらりと見つつジョー軍曹がヒューゴに声をかけた。 「ああ軍曹!」 「キュイイイイン」 フーバーも長旅で疲れたのか甘えるような鳴き声をあげる。 「フーバーもおやすみv」 ヒューゴは疲れをねぎらうようにフーバーと軽く抱擁を交わす。 それに満足したのかフーバーは軽く嘶いて自分のねぐらへと戻っていった。 「では我々も」 とはリードとサムス。 彼らは長旅や戦闘というよりもリリィの世話で疲れたようで リリィが上機嫌なうちに休んでしまおうというたくらみらしく そそくさとあてがわれた部屋へと戻って行った。 「ねえ、ヒューゴくん。これさあ持ってっていいかな?」 どうやら物色が終わり、何かいいものが見つかったようである。 「ああダンジョンでみつけたやつだね。」 「ええ。わたし達にはあんまり意味ないし、使えそうな人にわたそうかなって。」 「うん。構わないよ。リリィにまかせるよ」 ダンジョンでの戦闘も何度も繰り返され、物資に余裕があったことと いったん言うと退かないリリィの性格はいやというほどわかっていたので ヒューゴは快諾した。 「サ〜ンキュvじゃあおやすみ〜。」 「ああ。おやすみなさい。」 ジョー軍曹の教育の賜物か、英雄になった今も礼儀正しいヒューゴであった。 コンコン 「どうぞ」 ノックの音にサロメが入室を促す。 サロメは机上の書類を片付け、来客に備える。 「クリスいる?」 そう言って現れたのはリリィである。 この部屋はゼクセン騎士団にあてがわれたものなので、クリスはたいていの時間は ここですごしており、古くからの友人であるリリィはよくこのようにクリスを訪問するのだった。 「これはリリィ殿。あいにくクリス様は所用で席をはずしておりますが?」 「そっか〜クリスいないんだ……」 腕組みをし、思案をめぐらせているようであるが…… 「!!…そうだ。」 名案が浮かんだようで、リリィはサロメの許へ近づき耳打ちする。 別に部屋にはほかに人がいるわけでもなくそのような必要はないのだが わざわざそんな行動を起こすことにサロメは一抹の不安を覚えた。 「あのね、サロメさん」 「何でしょう?」 サロメは努めて冷静に応対する。 「これ、さあ。クリスにいいかなあって思うんだけど」 リリィはさきほどヒューゴからもらった戦利品をサロメに見せる 「ああ、そうですな」 なるほど、クリス様に役立つアイテムではあるな… とサロメはうなづく。 「でしょ?あなたにあげるから、クリスにプレゼントしたら?あ・な・た・か・ら、ね!」 「はぁ!?」 唐突な提案にサロメは思わず素っ頓狂な声を上げて聞き返してしまう これがリリィ曰くの”名案”であった。 「女の子ってそういうシチュエーションに憧れるものなのよ。うんうん。」 そんな事をいいながら祈りをささげるときのように手を組み、瞳をキラキラさせているリリィは 乙女モード全開である。 そしてそんなリリィをただ呆然と見ているだけのサロメであった。 「じゃあね!まかせたからね」 「ええと……」 嵐のように現れて嵐のように去っていくリリィであった。 サロメがリリィに声をかける間がなかったのは言うに及ばないことである。 「さて、どうしたものか…」 残されたサロメの手の中にのこされたもの、 それは ”水魔法リング”である。 つまり、アイテムとはいえ”指輪”…なのである リリィに預かったから、とそう言って渡せばいいものなのだが クリスがそういうシチュエーションに憧れているのであれば演出したいのが人の性。 しかし私にそんなことできるだろうか… 気のきいた台詞など言えた柄ではないことは自分が一番わかっているつもりのサロメである。 とはいえ実際のところは、周囲に言わせれば いつも周りが恥ずかしくなるような熱い言葉を連発しているのであるが 言ってる本人と言われている相手が共にそれに気づいていないという現状であった。 コツコツ… 聞きなれた足音がこの部屋の主の帰還を知らせる。 サロメはあわててリングを引き出しへと仕舞いこんだ。 とりあえず問題は先送りにすることにきめたようである。 まずはこちらの仕事を片付けなくてはなりませんな。 リリィの訪問やら何やらでほとんど手付かずの書類に目をやり、小さくため息をつくサロメであった。 「サロメ!今戻った。」 サロメの予想通り、クリスが帰ってきた。 「お帰りなさいクリス様。」 「うん。」 「早速ですが目を通していただきたい書類が…」 「ん、どれ?」 「こちらで…」 結局…引き出しのなかのリングのことなど考える余裕もなく仕事に追われてしまうのだった。 そして数日後の朝… 珍しくサロメより早く部屋にやってきたクリスは、またまた珍しく書類の整頓をしていた。 「まったく、サロメはいつも一人でこんな仕事を引き受けて… 評議会の連中に提出する書類なんて待たせておけばいいんだ!!」 そんなことをいいながら何気なくあけた引き出しにキラリと光る物があった。 「これは?指輪??」 自分のものではないし… クリスは思案する。この引き出しを開けるのは私以外では… 「これ…まさか、サロメが!?」 「おはようございます。今日はお早いですな。」 しばらくして何も知らないサロメが定刻どおりに現れた。 「………」 憮然とした表情のまま何も言わないクリスである。 「?クリス様??」 いつもと違うクリスの様子に心当たりもなくただただ問いかけるしかないサロメである。 頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。 「………これ、どうしたんだ?」 スッと差し出された右手のひらの中にはリングがひとつ。 「!!…こ、これは。。。」 しまった……と、しばし絶句するサロメ。 すっかりその存在を忘れていたのである。 もうここは素直に渡そう…。 そう心に決める。 「その、リリィ殿から受け取りまして…」 「リリィだって!??」 意外な人物の名前が告げられ驚くクリス。 まさか自分に渡すためにリリィが持ってきたとはつゆとも思っていない。 「そう、だったの。全然気づかなかった…。」 「まぁ、クリス様が留守のときに持ってこられまして」 かみ合っているようでかみ合わない会話である。 「……」 サロメの言葉も聞かずぼそぼそつぶやくクリス 「クリス様?」 「…サロメが…親友の婚約者…。」 完全に勘違いをしているクリスである これではまるで恋愛小説のようなシチュエーションじゃないかっ! などと考えがますます暴走していく 「はぁ?」 そんなクリスの考えなど分からずに 思いもよらないクリスのつぶやきに聞き間違いかと、サロメは問い直す。 「……ちょっと、出掛ける……」 「ちょっ、クリス様!?」 一言だけ言い残し、部屋を立ち去るクリスはたとえようのない迫力をかもし出しており、 まともに声をかけることもできず取り残されたサロメである。 例のごとく頭の中はクエスチョンマークで一杯なのだが… クリスの発言と今朝の態度で、やがて一つの結論にたどり着いたようで…… 「まったく、あの方は……。仕方ありませんな。」 少し笑みをこぼしながらそうつぶやいた後、部屋をあとにし城中を駆け回ることとなった。 「はぁ…」 レストランの裏手で湖を見ながらため息をつくのはクリスである。 ここは人通りがなく、景色もいいため 考え事があったり、一人になりたいときはよく訪れる場所だった。 なんで一人で出てきちゃったんだろ ちゃんと祝福しなくちゃ…でも、 あれこれ思案をめぐらせる。 そこには自分で思っていた以上にふさぎこむ自分がいた。 「クリス様!!」 突然の呼びかけに振り向くと 「サロメ?」 「ここにおられましたか。はぁ、はぁ…」 よほど急いで探していたのだろうか、サロメが肩で息をしながらクリスのそばへと駆け寄る。 「どうして?」 どうして、追いかけてきたの? 「クリス様にこれをお渡しに来ました。」 「これは!!」 サロメが差し出したそれは水魔法リングである 「受け取れるわけがないだろう!? これはサロメがリリィから受け取ったもので…」 その発言でサロメは自分の推測が間違いではないことを確信する。 「きちんとお話します。」 聞きたくない…でも… 「私の言葉足らずでクリス様にあらぬ誤解を抱かせてしまいました。」 申し訳なさそうにサロメが話し出す。 「え?誤解…って??」 思わず聞き返す。 「リリィ殿はこのリングをクリス様にと持ってこられたんです」 「え?私に?」 今度はクリスのほうが疑問符だらけになる 「ええ、たまたまクリス様がいらっしゃらなかったから私が預かったのです。」 「そ、それならどうしてすぐ渡さずに引き出しにとっておいたのだ!?」 誤解していたとしても、引き出しにしまっておいた事はそんな言葉では納得できないクリスである。 やはりリリィのことを想って自分の手許に…って思ったのか? いったん思い込むとなかなかその考えを払拭することはできなかった。 「……どうやって渡そうかと悩んでおりました。」 しばらく言うべきか言わざるべきか考えていたサロメだが ここはやはりクリスの誤解を完全に解くべきだという結論に達したようである。 「どうやって…って…?」 「普通に渡せばよかったのでしょうが …その、リリィ殿が、こう…おっしゃったものですから」 もうこうなってしまったら洗いざらい白状するしかなかった。 「…リリィが……何かいったの、か。」 「女性の方は”指輪をプレゼントする”ということに憧れの念を抱いているものだ…と」 「!!!」 まさかそんなことを思っていたとは考えもつかない驚きのあまりクリスは言葉を失ってしまう 「……それで、その…悩んでいたのか……」 全身の力が抜ける思いである。 「なんだ、そんなことだったんだな。私はてっきり…」 先ほどまで思い悩んでいた自分がバカらしくなってくる。 「クリス様。」 「なっ、なんだ?」 勘違いして一人で出て行ったことが恥ずかしくて、 サロメに声をかけられて、つまりながら答えるクリスである。 しかし一方のサロメは真剣なまなざしでクリスを見据え言葉を続ける。 「この際ですから言っておきますが、わたしがクリス様以外にリングをお渡しする人などおりませんし、 ましてや私にリングを贈るような者もおりません。」 クリスの誤解が解かれたことにほっとしつつも、全て白状した今となっては怖いものなしとなったようである 「では、私にはくれるのか?」 「ええ、勿論です。今日は装備品に過ぎないものですがクリス様がお望みとあらば喜んで。」 「わたしが、望まなければ…?」 「そのときは仕方ありませんな。誰にも贈らず持っておきますよ。 誰かに渡してまたこのように仕事を放り出されてはかないませんからな。」 「なっ…それは!!!」 すっかりお見通しのサロメの笑みに真っ赤になるクリスであった。 どうやら今日はサロメの”勝ち”のようである。 「では、御手をよろしいですかな?」 「あ、ああ…」 サロメに促され、少しばかり頬を赤らめ手を差し出すクリス。 「クリス様に水の紋章のご加護がありますように…」 そういってサロメはクリスの指に少々手間取りながらもリングを嵌めた。 「結局そんな台詞なんだな。」 「まあ性分ですから。」 笑みを交し合う二人。 甘さのかけらもない相変わらずの物言いだったけれど サロメのらしさが感じられて口では文句を言いながらもクリスは悪い気はしていなかった。 「ふふ、そうだな。でも…」 「?」 「”次”はちゃんと考えておくように。」 楽しみにまっているから… クリスのその一言はサロメに見事にクリーンヒットしたようで、サロメは絶句するのだった。 結局この一騒動、またもやサロメの”勝ち”にはならなかったようである。 |
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