必要なのは再現性
「だから、再現性が大事なの」
「同じことを繰り返して、どうなるんだよ」
「みんなが同じことをできるから、新しい使い方が考え出されるのよ」
「そこに発展性があるわけないだろ」
「安定した再現性こそ、発展のための礎なのよ」
賑やかな声に目を覚まされたアシュトンは、ゆっくりとテントの外へ出た。
既にテントの中にクロードの姿もなく、男性陣では最後の起床だった。「あら、おはよう」
「おはよう。朝から賑やかだね」
焚き火から少し離れた切株に腰を下ろしていたセリーヌが、アシュトンを手招いた。
何も考えずに隣に腰を下ろそうとしたアシュトンは、セリーヌにたき火を指された。「お肉を焼いてくださるかしら」
「ベーコンでいいよね」
「パンも軽く炙ってちょうだい」
「はいはい」
セリーヌの指示に従って二人分の朝食を用意し始めたアシュトンに、口喧嘩中の二人が、喧嘩を止めて手を挙げる。
「あたしも」
「ボクも」
「……はいはい」
結局、四人分の朝食を用意しながら、アシュトンは背後に座っているセリーヌに話しかけた。
「ねぇ、セリーヌ」
「何ですの」
「何をもめてたの」
「知りませんわ」
「うるさくて起きちゃったんだけど」
「そろそろ起きる頃合いだったのではなくて」
「まぁ、そうなんだけど」
アシュトンとセリーヌの会話が聞こえたのか、皿の用意をしていた二人が舌戦を再開させる。
「聞いてよ、アシュトン」
「あ、ズルイ」
アシュトンへの説明を先に取られたレオンが頬をふくらませている間に、プリシスが舌戦の理由を説明しだす。
「あのね、レオンが機械は無駄だって」
「そんなことは言ってないだろ」
「言ったもん。同じことの繰り返しに発展はないって」
「その通りだろ。同じことを繰り返してて、どうして新しい発想が生まれてくるんだよ」
「そんなことないもん。同じことをみんなでしてれば、絶対に違う使い方を見つける人が出てくるもん」
「違うね。人はそれほど貪欲じゃない」
「わかんないじゃん」
「わかるね。歴史がそう物語ってる」
二人のやりとりを聞気ながら、アシュトンは炙っていたパンをそれぞれの皿の上に乗せた。
「ねぇ、クロードは朝食とったのかな」
「知りませんわ」
首を左右に振ったセリーヌに、レオンが手を挙げる。
「食べ終わってたよ」
「それじゃ、追加しなくていいね」
ベーコンの焼け具合を確かめて、アシュトンはそれぞれのパンの上に乗せていく。
一番カリカリのベーコンを受け取ったセリーヌが、追加で注文を言い出した。「炒り卵が欲しいですわね」
「はいはい」
手際よく準備を始めたアシュトンに、レオンがため息をつく。
「アシュトンさぁ、そんなオバ……お姉さんの言いなりでいいの」
飛んできた殺気に素早く訂正を入れたレオンに、アシュトンは苦笑する。
「好きだから、かな」
「こんなキツイのが」
「レオン。貴方には少し紳士として足りないものがあるようね」
「言ってやって、言ってやって」
思わぬ味方の出現に気をよくしたプリシスが囃し立てる。
手早く炒り終えた卵をセリーヌの皿と自分の皿に分けたアシュトンは、さっとフライパンの内側を炙っていく。「美味しく食べたほうが、食べ物にとってもいいからね」
「台無しにするよりはいいけどさ」
「できるほうができることをする、かな」
「何ができるのさ、オ……姉さんに」
二文字目から先を飲み込んだレオンを、プリシスが指をさして笑う。
不機嫌そうにそっぽを向いたレオンを見たアシュトンは、プリシスに向かって話しかけた。「まぁ、大事なのは再現性かな」
話が突然に戻されたことを感じたプリシスが、パンを咥えたままアシュトンを見る。
「呪紋の固定は、凄く危険なんだよ」
「ほうして」
「プリシス、咥えたまま話さないの」
セリーヌのため息を受けて、プリシスがパンを飲み込む。
そして、改めてアシュトンに尋ねなおした。「……どうして」
「紋様として固定するしかないんだけど、紋様に魔力を流し続けない限り、紋様は不安定になるんだ」
「それを固定化できるように作ればいいじゃん」
「無機物に固定できた例はないんだよ」
「だから、それを考えればいいじゃん」
「それは難しいですわ」
「どうして」
「呪紋を紋様化することはできるけど、その紋様を安定させることは難しいわ」
「だから、何でよ。レオンはできたじゃん」
「ボクのは呪紋の連結であって、固定化したものを任意で発動させたわけじゃない」
「それに、呪紋は術師のオリジナルが大半ですの」
「一人一人の紋様が違うの」
「えぇ。現に、私とレオンの同じ呪紋でも、速度や威力が違うでしょ」
「うん」
「微妙な違いだけど、そこには確実な差があるのよ」
「そうなんだ」
素直に納得したプリシスに、アシュトンは表情を緩めた。
プリシスの質問に区切りがついたと感じたのか、次はレオンが疑問を口にする。「でもさ、お姉さんの炎の詠唱って速過ぎない」
「それは、刺青でそれを補ってるからだよ」
「刺青って、どこに」
セリーヌではなく、何故かアシュトンが答えたのだが、その答えに、レオンとプリシスがセリーヌを見つめる。
見える箇所に刺青を見つけられなかったレオンが全身を眺めまわし、プリシスが中空に視線を向ける。「刺青って……どこに」
「刺青って、あの内股の痣みたいなの」
プリシスの言葉に、レオンが首をひねる。
「何でそんなところの痣をアシュトンが知ってるの」
「まぁ、仲間だからね」
さらりと流そうとしたアシュトンに、プリシスが立ち上がる。
「のぞいたのね、アシュトン」
「水浴みをのぞいたって、そんなところ見えないよ」
首をかしげながらそう言ったレオンに、アシュトンの苦笑とプリシスのジト目が向けられる。
セリーヌから向けられた殺気とはまた違った居心地の悪さに、レオンが冷や汗をたらす。「何でそんなことが言えるのよ」
「見えなかったからに……って、クロードが言ってたよ」
さりげなくこの場にいないクロードへ罪をなすりつけたレオンと、それを訝るプリシス。
二人の様子を横目に、セリーヌがアシュトンを見下ろしていた。「アシュトン」
「はい。すみませんでした」
「気をつけなさい」
「はい。すみませんでした」
正座をして謝るアシュトンを見て、水汲みから戻ってきたクロードが首を傾げる。
「何をやらかしたんだ、アシュトン」
「あのね、アシュトンがセリーヌの水浴をのぞいてたの」
「アシュトン。小さい子もいるんだから」
「いやいや、クロードがレオンとのぞきに行ってたのが、レオンがポロッとこぼしちゃったわけで」
「えっ」
クロードの反応で、女性陣二人の疑惑が確信へと変わり、クロードに向けられる眼が半眼となる。
微妙な空気を察したレオンがそろそろと場を離れ、クロードはチラチラと女性陣用のテントへ視線を送る。「すみませんでした」
「素直なことはいいことですわ」
「今日の夕飯はアシュトンが腕を振るいますので」
「何で僕が」
「よろしいですわ」
これで手打ちとばかりにセリーヌが手を叩き、それぞれが離れていく。
二人残されたアシュトンに、セリーヌが微笑む。「気をつけてくださいまし」
「不用意だったよ」
「また、街に着いたら、ね」
「そうだね。テントの間はお預けかなぁ」
そう言ってため息をつくアシュトンの背中に、セリーヌがピタリとはりつく。
「ちょっと」
「誰も見てませんわよ。ちょっとだけ、ね」
そう言って笑ったセリーヌに、アシュトンはなすがままに力を抜く。
「飴と鞭のつもりかな」
「くっついていたいのに、理由なんてありまして」
そう言って笑うセリーヌの笑顔は、アシュトンの記憶といつものように重なっていた。
<了>