ささいな条件


「クロード、少し教えて欲しいんだけど」

「クロード、これ見てくんない?」

 左右同時に声をかけられ、クロードが左右を振り返る。

 その一瞬の間に、声をかけた二人は競い合うようにして、クロードの腕を左右からつかんでいた。

「手を離したら? 機械バカのお姉さん」

「そっちこそ、家に帰って研究室にこもってなさいよ」

 クロードをはさんで、相手を射抜かんと、二人の視線が火花を散らす。

 火花が激しくなればなるほど、二人のクロードの腕をつかむ力が強くなる。

 事態を理解したものの、クロードは苦笑しながら耐えるほかなかった。

「レオンは機械なんて認めてないんでしょ」

「認めないなんて言ってないだろろ。ただ、紋章術の方が発展性があるって言ってるんだ」

「同じことじゃない」

 レオンの言葉を軽く一蹴して、プリシスがグッとクロードの腕を抱きこむ。

 身体のバランスを崩したクロードがたたらを踏んだ。

「ちょっと、プリシスッ」

「ふふん」

 クロードの身体を受け止めるように抱きとめて、プリシスはネコ耳の少年に向かって薄い胸をそらせた。

「お子様は宿でケーキでも食べたら〜?」

「この……シャドウボルト!」

 クロードを連れて一歩を踏み出したプリシスの足元の影が、プリシスの足に絡みつく。

 身動きのとれなくなったプリシスが、クロードの腕にしがみついて転倒を免れた。

「レオンッ、何するのよッ」

 呪紋を発動させたレオンの方をキッと睨みつけ、プリシスが声を荒げた。

「ごめん。お姉ちゃんの機械と一緒で、ボクの紋章術も不安定なのかもね」

「こ、このクソガキ……っ」

 再びクロードをはさんで、二人が視線の火花を咲かせ始めた。

 端から見れば、仲睦まじい兄弟たちの兄の取り合いに見えなくもない。

 その様子を、セリーヌは近くのオープンテラスで紅茶を飲みながら眺めていた。

「よくもまぁ、飽きませんこと」

「恋の花盛りってところかしら」

 紅茶のカップを持ち上げたセリータの背後から、オペラが微笑みながら声をかけた。

 セリーヌに目顔で許可を求め、向かいの席へと腰を下ろす。

「それ、紅茶かしら」

「えぇ。レモンティーですけれど」

「そのほうがいいわ。あのミルクティーとかは、味がにごっていて好きではないの」

「そう」

 そばにいたウェイターに新しいカップとソーサを頼み、オペラは笑顔でクロードたちを指した。

「貴方は参加しなくてもいいのかしら」

「クロードに興味などありませんわ」

 半分からかい気味の言葉に、セリーヌはにべもなくそう答えた。

「あら、年下には興味なしか。男はやっぱり渋くないとってクチかしら」

 自分と同類と感じたオペラが、笑顔で予想した答えを求める。

 しかし、セリーヌから返された答えは、予想に反したものだった。

「そういうわけではありませんわ」

「あら、そうなの」

 オペラが意外そうな表情を見せたとき、宿から出てきたアシュトンが二人に気付いた。

 そのまま二人のいるテーブルのそばへ立ったアシュトンは、紅茶のカップを見て、ポットに手を伸ばした。

「レモンティーだね」

「えぇ。貴方もいかがかしら」

「そうだね。目覚めにはちょうどいいか」

 そう言うと、アシュトンはポットの中身を確かめて、セリーヌのカップへと紅茶を注いだ。

 同じようにオペラのカップへも紅茶を注ぐと、アシュトンはゆっくりとセリーヌのカップへと手を伸ばした。

「僕にももらえるかな」

「カップがありませんわよ」

「セリーヌのを貸してくれればいいよ」

「冗談ですわよね」

 そう言って微笑んだセリーヌに負けて、アシュトンは奥へ引っ込んでいた店員を呼んだ。

「すみません。僕にも紅茶を」

「はい。茶葉はどういたしましょうか」

「あ、これでいいんで。新しくカップとソーサを下さい」

「かしこまりました」

 店員がそう答えて奥へ消えると、アシュトンはイスに座って、視線を店の外へと向けた。

 その先には、まだ二人がクロードを争っていた。

「レオンとプリシスは元気だね」

「クロードも、はっきりしませんこと」

 アシュトン用のカップとソーサを持ってきた店員に、ポットのお代わりを要求する。

 セリーヌは隣へイスを移動させたアシュトンへ、自分のスコーンの積まれているバスケットを押しやった。

 当然のようにそれを食べ始めたアシュトンを見ながら、オペラは小さく吐息をついてみせた。

「なるほどね」

 オペラの呟きを聞き取れなかったセリーヌが聞き返すと、オペラは笑いながら席を立った。

「貴方が参加しない理由が、私にもわかったってことよ」

「あら、そうですの」

 オペラの言葉に素っ気なくそう答えたセリーヌに、オペラは肩をすくめた。

 女性二人の様子に戸惑っているアシュトンの頬を指で一撫でして、オペラは愛用の光線銃をかついだ。

「ここで失礼するわ」

「えぇ。お元気で」

「貴方たちもね」

 オペラが村の出口へと姿を消し、アシュトンがオペラからセリーヌへと視線を戻す。

「今の人、誰なの」

「旅のトレジャーハンターですわ。何でも、恋人の考古学者を探しているそうですの」

「そうなんだ。ほかに何か話をしていたの」

「特には。ただ、私がクロードに固執しない理由を白状させられただけですわ」

「それって……僕かな」

「さぁ、どうかしら」

 そう言って微笑むと、セリーヌはカップ陰に、自分の表情を隠した。

 アシュトンが絶え間なく送り続ける視線をカップで遮って、セリーヌは小さく笑い声を上げた。

「ふふっ、そんなに見つめられると、恥ずかしいですわ」

「次は、クロードに固執しない理由を自慢げに語ってもらいたいね」

「あら、それほど自信がおありなのね」

「それくらいでなきゃ、君を満足させられないでしょ」

 セリーヌにそう言って、アシュトンが立ち上がった。

 カップを捧げたまま、イスの背もたれに背を預けたセリーヌは、ゆっくりと目を閉じた。

「……結構、言いますのね」

 充分に間を空けてからそう言ったセリーヌは、目の前にいるアシュトンへ手を伸ばした。

 一瞬、伸ばされたセリーヌの手の意味を考えてしまったアシュトンが、わずかに遅れてその手を支える。

 アシュトンが作ってしまったわずかな間に、セリーヌは優位を取り戻していた。

「まだまだですわね。もう少し、私を酔わせてくださいませんと」

 そう言って、アシュトンに手を取られるような形で、セリーヌは立ち上がった。

 そして、屈めていた腰をゆっくりと伸ばしたアシュトンとともに、クロードたちの方へ視線を向ける。

 未だクロードの取り合いを続けている二人に吐息を漏らし、セリーヌはアシュトンの腕をひいた。

「さ、行きますわよ」

「オーケー」

 巻き込むように抱えられていた腕を、アシュトンが深く差し入れる。

 自分の好むその動きに、セリーヌは小さく微笑んだ。

「私の教育の賜物かしら」

「いやぁ、悪い手本の存在でしょ」

 そう言って視線を交わす二人の背中には、レナを交えて更に混迷の様相を呈したクロードたちの姿があった。

 

<了>