卵焼き
1
カーテンの隙間から溢れてくる眩い光が、ベッドの上のクロードの顔を照りつけていた。
外では日がとっくに昇りきっているのだろう。朝特有の小鳥のさえずりは全く聞こえてこない。
代わりに聞こえてくるのは、人が行き交う足音や聞き取ることのできない声のざわめきである。
「……疲れてたんだな」
ベッドの上で身を起こしたクロードは、そう言うと大きく伸びをした。
ラスガス山脈の頂上で一泊し、次の日、一気にクロス城下まで旅を進めたのだ。
ラスガス山脈の頂上の寒さでは十分に体力が回復せず、さすがに疲れが出たようだった。
「ま、アシュトンのためだもんな」
そう言って、クロードはラスガス山脈に登ることになった原因を作った、パーティーの仲間を見た。
肩のところから姿を見せている赤い龍と青い龍は、今ではアシュトンが自らの意思で憑依を認めたものだ。
不幸続きのアシュトンが開き直っただけなのかはわからなかったが、クロードは何となく嬉しかった。
「ギョロもウルルンも、疲れきってるのかな」
一向に目を覚まさない仲間の姿を眺めながら、クロードはベッドサイドの時計に視線をやった。
「まずいな……もうお昼じゃないか。レナ、怒ってなきゃいいけど」
時計の針が正午近くになっていることを知ったクロードは、慌ててベッドを抜け出して着替え始めた。
しばらく物音を立てていたのだが、それでもアシュトンは眠ったままである。
起こそうかとも考えたが、クロードは結局一人で、隣の部屋に泊まっている筈のレナに顔を見せることにした。
部屋を出て、隣の部屋の扉をノックしようとしていると、奇抜な衣装の紋章術士が彼に声をかけてきた。
「あら、クロード。ようやくお目覚めかしら」
「あ、セリーヌさん。いや、疲れがとれてなかったみたいで……」
「まぁ、無理もありませんわね。レナも先程目を覚ましたばかりで、さっき大浴場へ行きましたわよ」
よく見てみると、セリーヌの身体からかすかに湯気が立ち上がっている。
髪のウェーブも普段よりまとまっているところを見ると、どうやら彼女も風呂から上がってきたばかりのようだ。
クロードはそのことに気づくと、やや顔を赤らめて尋ねた。
「あの、セリーヌさんも?」
「えぇ。数日ぶりですものね。まったく、アシュトンのせいでとんだ目に遭いましたわ」
怒っているような口ぶりだが、それは彼女自身の性格のせいである。
どちらかと言えば高飛車な物言いをする彼女は、これでも本当に怒っているわけではない。
「まったくですね。あれでギョロもウルルンも一緒のままだって言うんだから、何をしに行ったのか」
「本当ですわ。それで、肝心の張本人は?」
セリーヌに尋ねられ、クロードは背中越しに自分が泊まっている部屋を指した。
「まだ寝てるみたいですよ」
「あら、そう。でも、いくらなんでも遅すぎませんこと?」
クロードの肩越しに、セリーヌが部屋の方を覗き込む。
身体をズラしたクロードの脇を抜けて、セリーヌはノックもせずにドアノブを回した。
「アシュトン、そろそろ起きなさい」
セリーヌが部屋の中に消えるのを見ていたクロードは、手持ち無沙汰になって、初期の目的を思い出した。
風呂上がりのレナを見に行ったとしても、それは思春期の正常な行為であり、咎められることはないだろう。
エクスペルという星に来てから、クロードにもそれなりに柔軟な思考が身についてきている。
もっとも、それは本来受け継いでいた両親の色々な何かが本性を顕わしただけに過ぎないのだが。
早速歩き出そうとしたクロードを妨げたのは、入っていった部屋から顔を突き出したセリーヌだった。
「ちょっと、クロード」
「な、何ですか?」
心の内の邪な部分を咎められたかのように、クロードがぎこちない仕草で振り返る。
それには気付かなかったのか、セリーヌはクロードを手招きしただけだった。
少しだけレナの風呂上がりの姿に後ろ髪を引かれつつ、クロードがセリーヌのいる部屋へと戻る。
クロードが部屋に入ると、セリーヌは既にアシュトンの傍らに立って、アシュトンを心配そうに見下ろしていた。
「どうかしたんですか?」
「少し熱っぽいみたいなのよ」
セリーヌにそう言われて、クロードは自分の手をアシュトンの額の上に置いた。
もう片方の手を自分の額に当て、二人の体温の違いを測る。
「……ん、少し高いですね」
「そう? 私はかなり高く感じたのだけれど」
「まぁ、とにかく本人に聞くのが一番手っ取り早いですよ」
クロードがアシュトンの肩を揺さぶる。
しばらくクロードが揺さぶっていると、アシュトンがようやく目を覚ました。
「ん……おはよう」
「おはようじゃないよ。もうお昼だぞ」
レナの風呂上がりの姿が未だにちらついているのか、クロードの声は不機嫌そうだ。
アシュトンはそれが自分のせいだと思ったのか、すぐに謝罪の言葉を口にする。
「ゴメン」
「いいさ。別にアシュトンが謝るようなことじゃないよ。僕だってさっきまで寝てたんだから」
「そう……ところで、今日のクロード四角くない?」
「へ?」
「は?」
アシュトンの全く意味不明の発言に、二人の目が点になる。
一体、人間が四角くなるとはどう意味なのだろうか。
「変だなぁ……何か、全部モザイクかかってるみたいに見えるんだけど」
「モザイクがかかってる?」
「どう言う意味ですの?」
聞きなれない表現に、クロードとセリーヌが顔を見合わせる。
それでもアシュトンにとってはそれだけが事実のようで、目をこすりながらしきりに首を振っていた。
「ダメだ……頭がふらつく」
首を振れば頭はふらつくのは当然なのだが、セリーヌは一言断りを入れてからアシュトンの額に手をやった。
心なしか、先程よりも体温が上昇している気がする。
「やはり熱のせいかもしれませんわね」
「とりあえず、レナを呼んできましょうか」
「そうね。そうして頂戴」
クロードにレナを呼びに行かせ、セリーヌはアシュトンの身体を布団の中に押し込んだ。
抵抗するほどの元気もないのか、アシュトンは大人しく布団に戻ると、小さく息を吐いた。
「……迷惑かけてるみたいだね」
「貴方の迷惑は今に始まったことではありませんわ」
アシュトンの言葉にそう返し、セリーヌはクロードが開いたカーテンを閉めなおした。
アシュトンにかかっていた日差しが、カーテンによって遮断される。
布団の中から、アシュトンが小さい声で礼を口にした。
「ありがとう」
「仲間ですもの。それより、病気だったらヒールは効かないんじゃないかしら」
セリーヌも紋章術士として、呪紋のことは多少は学んでいる。
いくら回復系の呪紋は未知の呪紋とは言え、基本的な考え方は知っているのだ。
もちろん、紋章剣士たるアシュトンとてそれは同じことである。
「逆効果になるかもね。安静にしてれば大丈夫だと思うけど」
「しばらく、ここで足止めですわね」
「置いて行くって言う選択肢もあるけど」
アシュトンがそう言うと、セリーヌは笑いながらアシュトンのそばに寄った。
「バカね。一緒に行くって言ったのは貴方でしょ」
「……そうだった」
「それに、病気の貴方を見捨てられるほど、私は薄情ではありませんわ」
セリーヌの手が、アシュトンの髪に触れた。
男性としては非常にサラサラとしている彼の髪は、セリーヌの手にまとわりつくことはない。
流れるようなしなやかさと滑らかさで、セリーヌの指の間からこぼれていく。
「バンダナの痕がつかないなんて、いい髪だこと」
セリーヌが何度か髪を流していると、レナを連れて戻って来たクロードが部屋に入ってきた。
レナは途中でクロードから話を聞いていたのか、すぐさまアシュトンのそばに駆け寄った。
アシュトンの顎の裏に手を当て、口を開けさせて喉の腫れを確かめる。
簡単な病状の確認を済ませて、レナはホッとしたように口を開いた。
「……ただの風邪だと思いますけど、ヒールは効きませんね」
最後にアシュトンの額に手をやって体温を測ったレナは、そう言って手を引っ込めた。
セリーヌとアシュトンは特別に驚いた様子でもなかったが、クロードだけは不思議そうな表情をしていた。
それに気付いたレナが、その理由を説明する。
「ヒールはただ単に、その人本来の自己治癒能力を助けるだけなの。今かけると、ウィルスも増殖するわ」
「それって、ただ単に代謝機能を活性化させるだけってことじゃないか」
「えぇ。もちろん、回復するためのほんの僅かな魔力はかかるけど、普通に寝てたほうがいいわ」
レナにそう断言され、クロードは頭を掻いた。
まだ風呂に入っていないせいか、砂埃のせいでやや髪が痒いようだ。
「じゃあ、明後日ぐらいまでここに泊まろうか」
「そうですわね。しばらく休養することにしましょう」
「うん。じゃあ、私、伯母さんに言ってくるわ」
「あ、僕も行くよ」
クロードとレナが宿泊延長のために部屋を出て行く。
残されたセリーヌがクローゼットの中から備え付けのタオルを取り出し、水で濡らすためにベッドを離れた。
一人になったアシュトンは、何となくギョロの頭を撫でた。
(何用だ、主よ)
「うん……ギョロ達は平気かなって」
(うむ。基本的に、主と血管が繋がっているわけではないからな。病原体も、我らには無害のものだ)
「そう。それならいいんだけどね」
アシュトンがそう言ってギョロから手を離した時、タオルを濡らしたセリーヌが戻ってきた。
冷たい水で冷やされたタオルを額の上に置かれ、アシュトンが不思議そうにセリーヌを見る。
アシュトンの視線を感じたセリーヌは、恥ずかしそうに視線を外へと向けた。
「私の村ではそうするのですわ。眠りたかったら、目を閉じた上にタオルを当てなさい」
セリータの言うままにタオルの位置を下ろしたアシュトンは、初めての感覚に、少しだけ声が元気になった。
「凄い……気持ちいいや、これ」
「大人しく寝てなさい。後で、何か食べるものを用意してもらいますわ」
「……じゃ、そうする」
アシュトンの肩の力が抜けたのか、布団の端がわずかに揺れた。
それを見て、セリーヌが物音を立てないように部屋の外に出ていく。
部屋の扉のしまる気配を感じながら、アシュトンは再び静かな寝息を立て始めていた。
2
アシュトンが風邪をひいたせいで連泊することになったレナ達を、宿屋の女将は快く引き受けてくれた。
「いや、助かったな。アシュトンには悪いけど、僕たちもゆっくり休めるよ」
「そうね。ゆっくり休んで、次の旅に備えなきゃ」
二人で早めの夕食を摂りながら、レナとクロードは傍目には恋人のように談笑していた。
二人の前にはシェフの特別製の夕食が並び、ワインの代わりにフレッシュジュースが置かれている。
いくら冒険で得た収入があるとは言え、同年代のカップルの食卓としては豪勢である。
「次は、どこに行かなきゃならないのかしら」
「とりあえずは港かな。大陸を渡らなきゃ」
「じゃあ、その前にお母さんに顔を見せに行ってもいいかしら。大陸渡っちゃうと、簡単には会えないでしょうし」
「そうだね。そうしようか」
レナの提案に笑顔で頷いていたクロードが、ふと顔を上げた。
「あ、セリーヌさん」
クロードの言葉に、レナも首を回してセリーヌを確認した。
セリーヌのほうも二人に気がついたようで、ゆっくりと二人の席に歩み寄ってくる。
「早い食事ですわね」
「えぇ、まぁ。セリーヌさんもどうですか?」
クロードの誘いに、セリーヌは軽く首を横に振った。
「まだお腹は空いてませんわ。それより、レナに話があるのですけれど」
「あ、はい。何ですか?」
「ルームサービスを頼みたいのだけれど、やり方がわからなくて」
困ったように頬に指を当てたセリーヌに、レナは軽く頷いて調理場の方へ歩いていった。
その後ろ姿を見送って、クロードがセリーヌに話し掛ける。
「でも、ルームサービスなんてどうするんですか?」
「アシュトンが目を覚ましたのですわ。ですから、何か食べさせないと」
「あ、アシュトンが目を覚ましたんですか」
二人がそうこう話をしているうちに、レナがシェフを連れて戻ってくる。
シェフとは言っても、この宿屋のようなところでは実際に調理することが多いようだ。
その証拠に、シェフの手にはフライパンダコができていた。
「ルームサービスをお望みのようですが」
帽子を取って、そう話し掛けてきたシェフに、セリーヌが笑顔で頷く。
「えぇ。リゾットをお願いしたいのですけど」
「何のリゾットになさいますか?」
「あまり癖のないものが良いですわね。それと、滋養があるもの」
「では、仔兎のリゾットなどがよろしいですね。お部屋の番号は?」
「私が運びますわ」
「さようでございますか。それでは、早速作らせていただきます」
三人に一礼を返し、シェフが調理場へと戻っていく。
すると、その後を何を思ったか、クロードが小走りに追いかけていった。
調理場に行く前にシェフに追いつくと、二言、三言と話し、すぐに二人のところへと戻ってきた。
「クロード、どうしたの?」
「ん……ちょっとね」
そう言ってごまかすように笑ったクロードは、ジト目で見つめてくるセリーヌにも笑顔を向けた。
「まぁ、黙って料理を運んでやってくださいね」
「……えぇ、そうしますわ」
とりあえずクロードの笑顔に免じるといった形で、セリーヌはそれ以上の追求を取りやめた。
出来上がったシェフ特製の料理をカートに載せてもらったセリーヌが、それを押して部屋に入ってくる。
その匂いをかいだアシュトンは、大分しっかりとした動きでベッドの上に身体を起こした。
「いい匂い」
「ルームサービスにしてもらいましたわ。貴方を食堂まで行かせて、風邪が長引いてもらっては困りますものね」
セリーヌはそう言いながらカートをベッドの隣につけ、料理の上にかけてあった布巾を取り外した。
今まで布巾に隠されていた芳醇な香りが部屋中に広がり、アシュトンが思わず喉を鳴らす。
だが、料理を見た瞬間、アシュトンの表情が引きつった。
「そ、それは……もしやお粥なのでは?」
「そうですわよ。風邪の時にはリゾットが一番」
そう言って、笑顔で仔兎のリゾットを手にしたセリーヌを、アシュトンは必死の形相で首を横に振った。
「リゾットとか、お粥とかはあんまり好きじゃないんですけど」
「何を言ってるんですの! 栄養価が高く、消化も助ける。リゾットほど素晴らしい料理はないのですわよ」
「いや、でもね、その……食感と言いますか、その柔らかさがね」
どうにも嫌そうなアシュトンを見ても、セリーヌが自説を曲げる気配はない。
むしろ右手にリゾットを掬ったレンゲを持ち、じりじりとアシュトンの口へ運ぼうとする。
「風邪の時はリゾット。さぁ、食べさせてあげますわ」
「い、いいですッ」
「さ、口を開けなさい。アシュトン!」
セリーヌが口許に運んだレンゲを見ないように目を瞑り、アシュトンが口を真一文字に結ぶ。
レンゲの中のリゾットから立つ湯気が、アシュトンの鼻先をくすぐる。
「アシュトン、いい加減にしないとエナジーアローをお見舞いしますわよ」
「そ、それって脅……熱ッ」
アシュトンが文句を言うために開いた口に、セリーヌが躊躇わずにレンゲを突っ込んだ。
もちろんレンゲが入りきるほど口を大きく開いていたわけでもなく、アシュトンは思わず叫ぶ。
それでも噴き出さなかったのは、アシュトンがリゾットを喉の奥へ先に流し込んでから叫んだからである。
「何するんですかッ」
「あら、心外ですわね。せっかく食べさせてあげたというのに」
アシュトンの剣幕に驚いたのか、セリーヌはレンゲを引っ込めた手をそのままにアシュトンと向き合っていた。
アシュトンがそんなセリーヌの顔を見て、大きく息を吸い込む。
そして、自分自身の気持ちを落ち着けるためか、吸い込んだ息をゆっくりと吐き出した。
「あのね、言っておきますけど、僕は病気の時もリゾットは食べないんです」
「では、何を食べますの?」
「柔らかめに炊いた御飯と、甘い卵焼きです。もう調理くらい出来ますから、自分で作りますよ」
アシュトンの調理の腕はセリーヌも知っている。
不幸ではあるが、調理の面だけで言うと、アシュトンは幸運の持ち主だった。
優れた味覚はあるし、その味覚を十分に発揮するだけの腕も持ち合わせている。
調理には全く自信のないセリーヌから見れば、それは十分に羨ましいものである。
「……別に作らなくてもいいわよ」
「え……セリーヌさんが作ってくれるんですか?」
「何ですの、その意外そうな声と表情は」
セリーヌの言葉に、アシュトンが慌ててそっぽを向く。
そんなアシュトンに小さくため息をついて、セリーヌはカートの下の段へ手を伸ばした。
「ほら、ここにありますわよ」
「えっ、何で?」
「クロードも貴方と同じみたいですわよ。私はリゾットが良いと申しましたのに、クロードがこれもと」
そう言ってセリーヌが取り出したのは、白い御飯と卵焼き。それからワカメの味噌汁の入ったお椀だ。
アシュトンが目を輝かせたのは言うまでもない。
早速手を伸ばしたアシュトンに黙って御飯と卵焼きの皿を渡し、セリーヌは隣のベッドに腰をかけた。
「はぁ……消化に悪いのではなくて」
「大丈夫だよ。卵には栄養があるし、鉄分も味噌汁で摂れるしね」
温かい御飯を嬉しそうに味わいながら、アシュトンが声を弾ませて答える。
時折すすっている味噌汁が口の中に加わると、食道を通る時には御飯も十分にふやけている。
だが、最初から煮崩れているのと自分でその加減を調節できるのとでは格段の違いがある。
「一緒に食べてたら同じことだと思うのですけど」
「違うんだよ。それに、卵焼きはいつもと違うんだよ。蜜を入れてね、まろやかな甘味をつくるんだ」
「蜜を卵焼きに? そんなの、初めて聞きますわ」
「そうかなぁ。僕が病気したら、母さんはいつもそうやってたんだけど」
卵焼きを一口食べ、アシュトンの顔がやや渋面へと変わる。
「でも……これは塩が入ってるね」
「私も、卵焼きに入れるのは塩だと思いますけど」
「甘くすると柔らかく仕上げられるんだよ。今度、作ってあげるよ」
「はいはい。その元気があればもう大丈夫ですわね」
アシュトンにそう返事をして、セリーヌはリゾットを食べ始めた。
仔兎のリゾットはセリーヌの大好物でもある。
「こんなに美味しいのに」
「ゴメン……でも、病気の時って結構わがまま言いたくならない?」
セリーヌの呟きをどう受け取ったのか、アシュトンが苦笑しながら頭を掻いた。
セリーヌの方も非難めいたことを言うつもりではなかったのか、首を左右に軽く振った。
「いいえ。アシュトンの秘密をまた一つ知ったということですものね」
「わ。それって何か嫌な感じ」
「ふふっ、悔しかったら私の秘密も探してみることですわね」
すっかり元気を取り戻したアシュトンに、セリーヌが優しく微笑んでいる。
二人だけの客室は料理があげる微かな湯気に包まれて、二人に安らかな一時を与えていた。
明日にはアシュトンも回復するだろう。
何の予定もない休日に、彼らが何をすることになるのか。
それは……神様さえ知る由はないだろう。
<了>