セーフハウスの真実


1

「……アシュトン?」
「レオン。起こしちゃったかな」
「うん。ちょっと、眠れないんだ」

 ベッドの上で、掛け布団をかけたまま上半身を起こしたレオンの目に映ったのは、外套姿のアシュトンだった。
 その姿に驚いたレオンが、ベッドを下りてアシュトンの方に駆け寄る。

「レオンは寝てなきゃ」

 駈け寄って来るレオンを見ながら、アシュトンはそう言った。

「どうして? アシュトン、どこに行くつもりなんだ?」

 しっかりと自分の外套を掴んで放さないレオンに、アシュトンは苦笑を見せながらしゃがんだ。
 目線の位置をレオンの高さに合わせ、アシュトンはレオンの両肩に手を置いた。

「大丈夫。今度はバラバラになんかならないよ」
「ボ、ボクは別にそんなこと……」
「心配ないって。ちょっと、外に出てくるだけだから」

 肩に置いた手をゆっくりとずらし、自分の両手でレオンの手を包む。
 力の入っているレオンの手を包み込んで、ゆっくりと外套から指を放させていく。

 アシュトンに両手を握られた格好になったレオンの手から、ようやく力が抜けた。

「アシュトン、気をつけてね」
「あぁ、大丈夫だよ。おやすみ、レオン」
「うん。アシュトンも早く寝なよ」

 レオンがベッドに戻るのを確認し、アシュトンは静かに扉の外に出た。
 星一つ見えない赤黒い夜空を見上げて、アシュトンは背中の双頭龍に手をやった。

「……起きてるかい?」
(主よ、愚問だぞ)
(我等の感性が、主の感性に劣るとでも思ったか)

 声を出さずに、頭へ直接語りかけてくる双頭龍の言葉に苦笑して、アシュトンは手を離した。

「酷い言われ様だな」
(主よ。一人で戦いに行くというのは感心せぬな。せめて、あのクロードという男だけでも連れて行くべきだ)

 双頭龍の提案に、アシュトンは軽く首を振って答えた。

「僕一人じゃないよ。あの人がきっと来るさ」

 

 

2

「……セリーヌさん?」
「あら、起きていらしたの?」

 寝る為に装備を外し、シャツ一枚の姿でベッドの中にいるレナを見やり、セリーヌは今気付いたかのように応えた。

「どこかに行くんですか?」
「えぇ」
「……まさか、見張りに行くんじゃ」

 そう言って、早くもベッドから抜け出して外套を手にとったレナを見ながら、セリーヌは吐息をついてみせた。

「レナ、貴方、何様のつもりですの?」
「え? いいえ、セリーヌさんだけでは見張るのが大変だと思って」
「別に私、見張りに行くわけではありませんわ」

 セリーヌの言葉に、それまで動いていたレナの足が止まる。

「それじゃ、何をしに行くんですか?」
「何をって……不安な時には会いたいものですわ。理由なんてありまして?」

 少し頬を赤らめたセリーヌに、レナが少し遅れて反応を示す。
 セリーヌを超えて赤くなったレナは、慌ててベッドへと戻った。

「レナ、寝る時は外套を外した方がよろしいですわよ」
「は、はいッ」

 焦りながら外套を脱ぐレナに背を向けて、セリーヌは歩き出した。
 そして、扉の前でレナの方を振り返ると、レナを軽く一睨みする。

「覗きは厳禁。さっさと寝なさいね」

 無言でコクコクと頷くレナへ満足げに頷き返し、セリーヌは扉の外に出た。

「さて、そろそろ行くとしましょうか」

 

 

3

 村から離れて数分。
 セリーヌは、火の傍に置かれていた木片の上に腰を下ろした。

「やっぱり来たんだ」
「当然ですわ。他人の言うセーフハウスなんて、簡単に信じられませんもの」
「ましてや、ソーサリーグローブの目前でね」

 アシュトンが投げ込んだ木切れが、音を立てて燃えあがる。
 弾けた火の粉を見つめながら、セリーヌがロッドを握る手に力を篭める。

「……これで失敗したら、情けないですわね」
「大丈夫。この土地に描かれた破邪の紋章は、まだ生きてるよ」
「そしてここが、その紋章の要と言うわけですわね」

 セリーヌの言葉を最後に、二人が同時に立ち上がる。

「予感的中かな」
「逃げます?」

 からかうようなセリーヌの口調に、アシュトンは双剣を抜いて答える。

「冗談。何で、皆に黙ってここにいるのさ」

 アシュトンの見せる笑顔に、セリーヌも余裕の微笑みを浮かべて応えた。

「そうですわね。それに、雑魚ですもの」
「行くよッ、二人とも」
(無論だ)
(遅れをとるなよッ)

 双頭龍の瞳が光る。
 アシュトンの双剣が、鈍い光を描く。

「聖なる天使よ、我が戦士に天使の祝福を……エンゼルフェザー!」
「ハリケーンスラッシュッ」

 先頭の機械兵を一太刀で切り捨て、剣圧によって生じた風で、後続の兵をも傷つける。
 続々と現れる機械兵を相手に、アシュトンがその剣技を思う存分に発揮する。

「レイ!」

 既に熟練の域に達した、これまでに幾度となく彼らを救ってきた呪紋が、セリータから放たれる。

「ソードダンスッ」

 次々と連続して放たれるセリーヌの呪紋の間を縫うようにして、アシュトンと双頭龍が機械兵を圧倒する。

 セリーヌに追い詰められた機械兵が、アシュトンの刃によって破壊される。
 アシュトンの刃によって傷付いた機械兵が、ギョロの炎によって燃え尽きる。
 ウルルンの攻撃で固められた機械兵を、セリーヌのサザンクロスが押し潰す。

 

 快調に攻撃を続けていたアシュトンの視界の隅に、セリーヌを狙う機械兵が映る。

「セリーヌッ、右!」
「何でもありませんわッ」

 アシュトンの声に、何とか機械兵の攻撃をかわしたセリーヌの声が答える。
 しかし、次の一撃をかわせるかは微妙なところだ。

 セリーヌの態勢が崩れていると見たアシュトンが、双剣の矛先を変える。

「リーフスラッシュッ」
(無理だ、主!)
(世話の焼ける)
「大丈夫よッ。無理しないでッ」

 目の前の敵に背を向けて紋章剣を発動させたアシュトンの背中を、双頭龍が護る。

(愚かなり)
(我等双頭龍に敵うと思うたかッ)

 ギョロとウルルンの吐いたブレスが、機械兵を瞬時にして薙ぎ払う。
 その直後、アシュトンの体が紋章の中に隠れる。

「……セィッ」

 セリーヌを狙った機械兵を、素早い攻撃で仕留める。
 倒してすぐ、アシュトンの瞳がセリーヌを探した。

「バカ」
「ごめん」
「自分の身くらい、自分で守れますわ」

 そう言って立ち上がったセリーヌの顔が、アシュトンの背後を見て驚きに変わる。

「アシュトン!」
「ギャウッ」
「ピアシングソードッ」

 既に気合いを溜めていたのか。
 振り向きざまにアシュトンの双剣が唸る。

 一直線に機械兵を突き抜いた双剣を手に取り戻し、アシュトンが微笑んだ。

「ありがとう、セリーヌさん」
「……これで貸し借りなしですわ」

 吸い込まれるようにアシュトンを見ていたセリーヌは、苦労しながら視線をそらした。
 そのまま残骸を見回すと、残っているのは二人だけ。
 ようやく、セリーヌの口許から安堵の吐息が漏れる。

「無事でなによりですわ」
「その通りだな」

 二人の背後から、突如として姿を現した白衣の男は、二人の顔を見てニヤリと笑った。

「……ボーマンさん」
「野生の勘ってヤツかな。ちぃっと、気になったのさ」

 そう言って、ボーマンは白衣の内ポケットから煙草を取り出して、火を点けた。
 大きく煙を吸い込んで、長く吹き出す。

「ま、こっから先は俺が見張っといてやる」
「ボーマン、貴方、紋章は理解できないのではなくて?」
「なに、見張ってるだけさ」

 火の点いたままの煙草を、白い煙を上げている焚火の跡に放り込む。
 その上から、ボーマンは試験管の中身をふりかけた。

「一体、どこから出してるんですか」
「企業秘密ってヤツだな」

 アシュトンの疑問を煙に巻いて、ボーマンは焚火の形をいじりながら話を続けた。

「お前さん達も休まないと、体壊すぜ」
「大丈夫ですわ」
「強がるなって。寝れる時に寝ておけ。どうせ、中心部に入っちまえば、俺は何の役にも立たん」

 返す言葉もなく、ただ黙ってボーマンの動きを眺めていたセリーヌに、焚火の形に満足したボーマンから鍵が投げられた。

「これは?」
「誰も住んでない家の鍵。ちぃっと、チョロまかしてきた」
「呆れた」
「いいんじゃねぇのか? 子供には見せらんねぇんだろ?」

 明らかにからかっている口調のボーマンの視線が、アシュトンを見ていた。
 その視線の意味に気づいたアシュトンが、呆れたように呟く。

「覗き見してたんだ。スケベ親父が」

 ボーマンの頬が引きつり、同時に右手がアシュトンの頬をつねる。

「誰が親父だ、誰が」
「……しゅひましぇん」

 鍵を受け取ったセリーヌは、鍵を手で弄びながら、ボーマンの手からアシュトンを引き離す。

「お節介ですこと」
「知らなかったのか? だてに結婚生活送っちゃいねぇよ」
「感謝の言葉を言うべきかしら?」
「いらねぇよ」

 ボーマンが新しい煙草を口にするのを見て、セリーヌが踵を返す。
 その背中を追うようにして、アシュトンが続く。

 

 

4

 赤黒い空の下で、ボーマンは懐から取り出したスキットルを煽った。

「ふぅ……ニーナ、そろそろ大詰めだぜ」

 とても妻と同じ空の下にいるとは思えない色の空を見やり、ボーマンは薄く笑った。

「あいつら見てたら、若い頃の俺達を思い出すよ。お前も、気が強かったよな」

 スキットルの中身を飲み干して、ボーマンはスキットルを懐にしまった。
 無言で立ち上がると、白衣のポケットに両手を突っ込む。

「守って帰らなきゃな。守ることを知ってる男として」

 野生の勘が、彼に朝の到来を告げる。

 

 

 若い男女が寝顔を曝し、幼い少年に安堵の吐息をもたらす。
 剣の煌きを瞳に映す青年と、不安に胸を押さえる少女。

 六人の勇者が、それぞれの想いを胸に巨大な悪に立ち向かう。
 先に見えるは希望の光か。果ては絶望の暗闇か。

 彼らの戦いの幕は、見えない朝陽と共に上がっている。

 

<了>