擬似体験


1

 「……これで、終わりだ!」

  クロードの渾身の一撃が、遂にルシフェルを捉えた。

 「少しは、楽しませてくれるようだな」

  しかし、一撃を食らっても、ルシフェルは微笑を絶やさない。
  確固たる自信が、ルシフェルには存在していた。

 「スターライト!」
 「スターフレア!」

  レナとセリーヌが声を重ねるようにして、互いに呪紋を発動させる。
  レナのスターフレアがセリーヌの放ったスターライトを吸収し、ルシフェルを襲う。

 「鏡面刹ッ」

  クロードが再び息をもつかせぬ連続攻撃を繰り出そうと気合いを溜める。

 「滅びの風よ」

  そのクロードが弾き飛ばされ、セリーヌに激突する。
  ルーンシューズの魔力によって風の影響を避けたレナが、すぐさま回復呪紋をつむぎ出す。

 「そろそろ終わりにしてやろう」
 「そうはさせないッ」

  風を何とか耐えしのいだアシュトンの剣がうなった。
  一撃から二撃、見事に回転する身体の動きを、剣は的確にルシフェルへと伝える。

 「こ、この私が消えるなどとッ」
 「ソードダンス!」

  まさに踊る剣。

 「天の光よ、我が敵に光の捌きをッ」
 「……フェアリーライトッ」

  アシュトンの攻撃の息継ぎを、セリーヌが抜群のタイミングで抑えた。
  その間隙を縫って、体力の回復したクロードが突進をかける。

 「双破斬……鏡面刹!」
 「ソードダンス!」

  幾度となく立ち上がるセリーヌの呪紋。
  決して諦めないクロードの斬撃。
  そして、双頭龍の魔力によって、常に先頭で壁の役割を続けたアシュトン。

 「エンゼルフェザー!」

  更にはレナの援護呪紋が、絶妙なコンビネーションを可能にする。

 「……私が消えることなど、消えることなどありえんッ。宇宙を、目前にして、消えると言うのかッ」

  初めてルシフェルの仮面が崩れた。
  それと同時に、ルシフェルの輪郭が崩れ出す。
  存在を維持出来なくなっていたのだ。

  悲鳴を残し、ルシフェルが消えると同時に、セリーヌが膝を落とした。
  それを支えようとしたレナも、ルシフェルの間の前で、敵の介入の壁となっていたチサトに支えられた。

 「レナ、無理しないで」
 「チサトさん……大丈夫です。ブルーベリー、いただけますか」

  チサトに続き、ボーマンとノエルが二人の傍に寄る。
  ノエルが回復呪紋を唱えている間に、アシュトンはセリーヌを抱き起こしていた。

 「大丈夫?」
 「あまり……レナのレイズデッド、何回受けたかしらね」

  そう言って自分の足で立ち上がろうとしたセリーヌは、あまりの痛さに顔をしかめた。
  見てみると、左足の脹脛の部分が張っていた。それは、どうやら打ち身では済んでいそうにもなかった。

  アシュトンは触らずにそれを診ると、首を横に振った。

 「これでは歩けないよ。次の戦闘は、休んでいた方がいいよ」
 「そうはいきませんわ。さすがに、レオン君では戦力不足でしょ」
 「でも、こんな怪我じゃ」

  そう言うアシュトンの肩を借りて立ち上がると、セリーヌは歩こうとして、もう一度アシュトンの腕に抱かれた。

 「ほら、やっぱり無理だよ」
 「悔しいですわね」

  アシュトンに半身を支えられながら仲間の所に戻ったセリーヌは、レナを見て表情を険しくした。
  セリーヌの目から見ても、レナの限界は明らかだった。

  例え呪紋で驚異的に体力を回復させたとしても、精神力を薬品で補っても、結局は生身。
  蓄積されていく疲労は、フィーナル侵攻から一度も休めていないパーティーを確実に蝕んでいた。

 「引き返そう」

  クロードは、そう宣言した。

 「その方が賢明だな。時間がないのはわかっているが、これではな」
 「仕方ありませんね」

  ボーマンとノエルの二人が賛成の意を示す。
  チサトも無言で頷き返し、レナは顔をしかめつつも頷いた。

  クロードの視線がアシュトンとセリーヌに移ると、セリーヌは肩を竦めた。
  アシュトンは背中の双頭龍に手を触れると、一言二言彼らと会話をしてから返事をした。

 「僕も賛成だ。引き返そう」

  クロードは全員の了承を取り付けると、早速作戦の変更を指示した。

 「ノエルとボーマン、僕とレオンで先頭を行く。チサトさんはレナとセリーヌさんを。アシュトン、最後尾を頼む」
 「了解だ」
 「妥当な線ですね」
 「僕に任せてよ」
 「疲れたら、いつでも交代するわよ」
 「しっかりサポートはするわ」
 「……逃げるにも迅速に、ですわね」
 「大丈夫。時間はまだあるよ」

  パーティーは、すぐさまルシフェルの間を出ると、一階を目指して走り始めた。 

 

 

2

  フィーナル再侵攻を途中で棄権したクロード達は、意外にも暖かく迎えられた。

  ナールはすぐさま宿の手配をし、クロード達をファンシティへと運んだ。
  サイナードでの移動中に、ナールはその理由を明らかにする。

 「VRと言うのを御存知かな?」
 「バーチャル・リアリティのことですか?」
 「そのようなものだ。そこには時間の概念が存在しないらしい。行って、修行なさるがよろしい」

  ナールはそれだけを言うと、サイナードを地上に降ろさせた。

  クロードが何か言おうとするのを手で抑え、ナールは軽く頷いて見せた。
  それが何かを考えることなく、クロードはパーティーの先頭になってファンシティの門をくぐっていた。

 

 

  ナールの言う、VRはすぐに見つかった。
  ある筋では有名な話だったのだ。

  研究をしていた人物に心当たりのあるチサトがその人物を見付け出し、遂に、一行は彼を見つけたのである。

 「……お主ら、VRでの死は本当の死を意味する。それを忘れるでないぞ」

  一行が光の中に消えて行く。
  光に意識を侵食されてゆく全員の頭の中に、彼の言葉が響き渡る。

 「……帰る時は、ブン殴って起こしてやるぞ」

 

 

3

 「ここは……アーリア?」
 「みたいだな。たしか、記憶の中の世界とか何とか言ってたけど」

  やや覚醒しきっていない頭を左右に振って叩き起こすと、クロードは周囲を確認する。
  それはまぎれもなく、彼が一番最初に異星の文化に触れてしまった街、アーリアだった。

 「ここがアーリアですのね」
 「ここがレナの故郷なんだね」
 「えらく寂しい所だね」
 「まぁ、ラクール城下に比べればな」

  辛辣なことを言うレオンの頭を押さえ込んで、ボーマンは周囲を見回した。
  妙な生き物がいることを見て、ボーマンは覚醒の仕方に気付く。

 「なるほどな。ところでクロード、どうする気だ?」

  クロードはVRが記憶の中のエクスペルと言うことに戸惑いを感じていたが、それを振り払うように言った。

 「とりあえず、時間の概念はないらしい。まずはゆっくりしよう。それから、ここのことを調べてもいいだろう」

  クロードの言葉に、レナが満面の笑みを見せる。

 「じゃあ、私、お母さんに会ってくるわねッ」
 「あ、レナ」

  クロードの制止も聞かずに駆け出していったレナの背中を見て、クロードは頬をかいた。
  彼には彼なりの目論みがあったのだろうが、それを感じ取るほどレナは鋭くはない。

  そんなクロードの様子を見かねて、ボーマンが案を出した。

 「とりあえず、解散しようぜ。記憶の中のエクスペルってことなら、日は巡るだろ。明日の朝にでも出ようぜ」
 「……そうだね」
 「一つの村にいれば、問題はないんじゃないかしら」
 「じゃあ、僕は宿屋を探して来ますね」

  あっさりと状況を飲み込む全員を見ながら、セリーヌはため息をついた。

 「本当、適応能力あり過ぎですわ」
 「ま、他人のことは言えないけどね」

  セリーヌの隣にいるアシュトンは、そう言いながら、気の抜けている双頭龍に触れた。
  気持ちよさそうにアシュトンの手に撫でられた双頭龍は、セリーヌを見て一声吼えた。

 「ほら、ギョロも気を楽にしろってさ」
 「アシュトン、貴方が他人の目から見て変なのだけは忘れないで下さいましね」

  そう言うと、セリーヌはノエルの歩いて言った方へ歩き始めた。
  彼女の足は、まだ完調ではない。

 

 

  日も暮れて、一行はレナとレジスの家に別れて泊まることになった。
  アーリアに宿屋はないのである。

 「静かですわね」

  レジスの家のテラスのチェアに座り、下を流れる川を見ながら、セリーヌは隣にいるアシュトンに話し掛けた。

  川の水と特殊な宝石で剣の手入れをしていたアシュトンは、剣を月の光にかざした態勢で、首を曲げた。

 「フィーナルのことを忘れるくらい?」
 「まさか。フィーナルで戦う為に、私たちはここにいるのですわ」
 「よかった」

  アシュトンが剣をしまい、立ち上がった。
  そのままセリーヌの傍まで来ると、セリーヌの顔を覗き込む。

 「何ですの?」
 「いや、怖くなったんじゃないかと思って」
 「まさか。あれしきのことでへこたれるようなら、トレジャーハンターはつとまりませんことよ」
 「そっか」

  月の光の影を落とし、アシュトンがセリーヌの額にキスを落とした。
  目を閉じて、アシュトンの唇の感覚が離れるのを待って、セリーヌはもう一度目を開いた。

 「どういった風の吹き回しですの? アシュトンがそんな積極的になるなんて」
 「いや、あの戦いが終わったら、こんな風になれるのかなと思ってさ」
 「復活するエクスペル……このような月が出ているといいのだけど」

  セリーヌの顔の上の影が消えた。
  探す必要もなく、アシュトンはセリーヌの傍らに立っている。

  月明かりに映るアシュトンの横顔は白い。
  元々の白さが際立ち、背中のものと腰の剣がなければ、誰も彼を紋章剣士だとは気付かないだろう。
  そして、彼が本当は激情家であることも。

  セリーヌの小さな笑い声に反応したアシュトンの視線に気付いて、セリーヌは眦を緩めた。
  少しばかりの色気ですら、アシュトンには刺激が強いのだろう。
  早くも頬を染めている。

 「ねぇ、アシュトン、あの時の約束、信じてよろしいんですの?」
 「……もちろん」

  やや思考を巡らせてから思い出せたのか、返答には若干のラグがあった。
  それを戸惑いと考え、セリーヌが視線を外す。

 「私、貴方より年上ですわよ?」
 「女性の方が長く生きれるんだから、それくらいが丁度いいよ」
 「味覚ありませんし、家事も苦手ですわ」
 「僕が出来る」

  セリーヌの言葉に即座に返答を返したアシュトンに視線を戻して、セリーヌは服を捲り上げた。
  アシュトンが目をそらす前に、セリーヌは本当に聞きたかったことを口にする。

 「体中に、紋章を施した女でも?」
 「……僕の背中には、お節介な双頭龍がついてるよ」

  アシュトンの言葉に反応して騒ぎ出す双頭龍を両手で強引に押さえ込み、セリーヌがアシュトンを引き寄せた。
  双頭龍も反撃を試みるが、口に突っ込まれたセリーヌの手を噛むわけにもいかず、黙っていた。

 「好きですわ、アシュトン」
 「セリ……」

  アシュトンの声が消えてゆく。
  ただ抱きしめるだけでいい。
  そう、気付いたのだろう。

  月明かりに浮かぶ二人と双頭龍は、そのまましばらく、動かない影を作り出していた。

 

 

4

  翌日、レナの提案で、自分達の故郷をネーディアンに知ってもらう旅が始まった。
  救われると言われたエクスペルを、ひょっとしたら救えないかも知れない。
  そんな恐怖心が彼女にその提案をさせたのだった。

  すると、一番反対しそうだったレオンがすぐさま賛成し、ボーマンも気合いを入れ直したいと賛成した。
  ノエルとチサトも快く了承し、結果、全員の故郷巡りの旅が始まった。

  とは言え、移動はサイナードであるから、さほどの苦労は感じない。
  むしろ、今まで見ることの出来なかったエクスペルを見て、旅をして良かったと思う程だった。

 

 

 「……次は、マーズ村ね」
 「セリーヌさんの故郷ですね」

  サイナードの前の方に座って、クロードとレナがサイナードを操る。
  一昨日はラクール城下、昨日はリンガに泊まっていたのだ。

  そのリンガで試練の洞窟の情報を仕入れ、一行はそこがナールの言っていた修行の場だと判断した。
  その為、マーズ村に泊まる今日が、最後の骨休みでもある。

 「……あら、アシュトンの出身地は?」

  早速メモにびっしりと文字を書き込みながら、チサトが尋ねた。

 「僕の村は砂漠に飲み込まれたんだ。もっとも、ソーサリーグローヴの落ちる、随分前のことだけどね」
 「へぇ、そうなんだ」
 「だから、僕の故郷は行く必要がないんだ」

  そうやって昔のことを聞き出されて行くアシュトンを見ながら、セリーヌは母親の言葉を思い出していた。

 

 

5

 「えぇっ、僕がセリーヌの親に?」
 「勿論ですわ。貴方、約束してくれたじゃありませんこと?」
 「それはそうだけど……何もこんな時に」

  紋章の森に引きずりこまれたアシュトンはセリーヌの話に、動揺をそのまま仕草に表していた。

 「大丈夫ですわ。VRだから、本当の親の記憶には残りませんもの」
 「そりゃそうだろうけど」
 「ですから、いい予行演習じゃありませんこと?」
 「……わかったよ。でも、この格好でいいのかな」

  自分の服装を確認するアシュトンに、セリーヌは喜びを隠し切れなかった。
  たとえそれが、一日とは言え、無駄に自分の婚姻を心配する親から逃げる為の手段であったとしても。

 

 

 「ただいま帰りましたわ」
 「まぁ、セリーヌ! 久しぶりに顔を見せてくれたのね」

  台所から出てきたセリーヌの母親は、セリーヌの姿を見て目を細めた。
  長い旅は、セリーヌの身体に筋肉をつけ、同時に逞しさを与えていた。

 「また、逞しくなったみたいだけど」
 「トレジャーハンターへの、最高の誉め言葉ですわ」
 「そろそろ落ち着いて欲しいっていう皮肉よ。セリーヌ、そちらの方は?」

  ようやくセリーヌの背後に立つ長身の男に気付いた母親が、セリーヌに尋ねる。
  セリーヌはちょっと微笑んでからアシュトンの腕をとった。

 「お母様、私、この方と一緒になることに決めましたの」
 「まあ」

  開いた口が塞がらない母親に、セリーヌがアシュトンの横腹を突付く。
  ようやく我に返ったアシュトンよりも先に、ギョロが先に吼えた。

 「ギャウッ(うむ。オレが双頭龍だ)」
 「あら、その龍の頭が本体なの?」

  紋章術を使う為の魔力があれば、ギョロたちの言葉が解読できるらしい。
  母親はあっさりとギョロの言葉を解読し、セリーヌに厳しい視線を向けた。

 「あなた、ペットと結婚するつもりなの?」
 「違いますわ! アシュトン、早く挨拶しなさいッ」

  急かされるように押し出されたアシュトンは、背中の口を手で押えつけると、頭を深々と下げた。

 「あ、あの、その、ア、アシュトン=アンカースです! セ、セリーヌさんにはいつもお世話になっていて……」

  シドロモドロなアシュトンに、セリーヌが左手で顔を覆う。

 「あなた、その龍につかれているのね? 前にもそんな人がいたわ。たしか、名前はアシュトン……」
 「……そう言えば、消滅する前に家に来てましたわね」

  その当時のことを思い出し、セリーヌが吐息をついた。

 「は、はい。そ、その時はこんなことになるなんて思ってもなかったんですけど」
 「でも、確かにどこかに払い落とせるものが見つかったのではなくて?」
 「は、はい。そうなんですけど。その、やっぱりギョロたちを殺すのはちょっとと思いまして」

  なかなか前に進まない話にイライラしだしたセリーヌが、遂に声を張り上げた。

 「アシュトンッ、さっさと用件を言いなさいッ」
 「そ、そうだ」

  ようやくアシュトンが咳払いをして、流れを変える。
  横に並んだ二人が、視線を重ねてから頭を下げる。

 「お母さん、セリーヌさんは僕が必ず幸せにします。僕に、セリーヌさんをいただけませんでしょうか」
 「お母様、お願いします」

  数分間の沈黙が流れ、セリーヌとアシュトンが下げていた頭を上げた。

 「お母様?」

  セリーヌの問いかけにも、母親はただ涙を流すだけだった。

 「……どうなってるの?」
 「知りませんわよ」

  先程の行動が恥かしくなって来たのか、セリーヌの口調に怒りが含まれだした。
  アシュトンも、やや拍子抜けしたように気合いをといた。

 「セリーヌッ」
 「何ですの?」
 「偉い! よくやった! 自慢の娘よ!」
 「キャッ……は、離れてッ」
 「こんないい男引っ張り込むなんて、もぅ、いいわねぇ!」

  もはやセリーヌに抱き着いて放さない母親と、それを必死に引き剥がそうとするセリーヌを見ながら、
 アシュトンは呟いた。

 「僕って……とんでもない家に結婚申し込んだのかな」
 「ウル(そのようだな)」
 「ギャウ(所詮、お前は不幸から抜けられんのだろう)」
 「お前達も道連れだからね」

  アシュトンの抑えた声を聞き、双頭龍は硬直した。

 

 

6

 「セリーヌ、しっかりね」
 「わかってますわ。必ず、成し遂げてみせますわ」

  出立間際、村の門の前でセリーヌの手を握り、母親は念を押した。

 「必ず、アシュトンさんを連れて帰って来るのよ」
 「……お母様?」

  セリーヌのジト目を全く無視して、今度はアシュトンの手を握る。

 「是非、この村に帰っていらしてね。それから、セリーヌのことをよろしく」
 「勿論ですよ。彼女は絶対に守ってみせます。たとえ、どんなに強い相手からでも」
 「家に帰り辛かったら、この村に新居を御用意しますからね」

  そう言って微笑む母親に、アシュトンは何も言えなかった。

  とても死んでいるとは思えない。
  これが仮想現実だとは信じられなかった。

  それでも、ここまでの戦いを切り抜けて来たアシュトンとセリーヌは笑顔で母親の見送りを受けた。

 「必ず、帰りますわよ」
 「……今度は、本当にセリーヌさんをもらいに来ます」

 

 

  先にサイナードに乗り込んでいた仲間と合流する前に、セリーヌはもう一度マーズ村を振り返った。

 「……絶対、本当のお母様に会いに来ますわ」

  村の入口に見える母親は、もはや米粒程でしかない。
  本来ならば生存していないサイナードは、村からかなり離れた場所に隠していたのだ。

 「もう一度、会いたいね」
 「でも、本当に会ったら泣いてしまうかもしれませんわね」

  大きく深呼吸をして、セリーヌは先に村に背を向けた。
  アシュトンは髪をかきあげて、セリーヌの後ろを歩き始める。

 「行きますわよ、アシュトン」
 「行くよ、ギョロ、ウルルン」
 「ギョロ(承知だ、主よ)」
 「ウル(前に進むしか道はない)」

  二人の瞳は、昇った朝陽を受けて輝いていた。

 

 ブルータリスマン。
 メルーファの属性を打ち消す為だけのネックレス。
 それは、セリーヌだけの作れる、不思議な不思議なネックレス。

 ブラッドピアス。
 受けた攻撃を自分の体力に変換する魔法のピアス。
 それは、アシュトンだけの作れる、何かを超越した恋のピアス。

 

  だからこそ、双頭龍は彼の許を離れない。

  彼たちの行く末を見守る為に。
  彼女の思いが遂げられる、その日まで。

 

<了>