未来へ


「オメガ・ルガール、貴方の野望もこれまでですッ」

「観念しぃや!」

 つい先刻まで戦っていた相手を見下ろして、アテナと拳崇はそう言い放った。

 アテナと拳崇の攻撃を受け、ルガールの改造された肉体は、血によってどす黒く染まっている。

「……見事だ。超能力を持つ子らよ」

「当然や。悪は必ず滅びるもんなんや」

 拳崇の言葉に、ルガールの口許が歪んだ。

「悪か……その力は正義だとでも言うつもりか? その、人にあらざる力をッ」

 嘲るような口調を、アテナは毅然として否定した。

「いいえ。人々が貴方を受け入れたくなかっただけです」

「民意だと? 貴様達がその力を持ったことさえ、民意だとでも言うつもりか」

「そうよ」

「ほぅ……ならば、私について来た者達はどうするのだ? 貴様らの力を忌み嫌う人間はどうするつもりだ?」

「そ、それは……」

 言葉に詰まったアテナより半歩前に出て、拳崇が意地の悪い笑みを向けた。

「オレはアンタが嫌いや。戦いなんて個人的な感情でしかあらへん。オレらが勝った理由は一つや」

「聞かせてもらおうか」

「純粋なんや、力がな。アンタにはその力を扱える器がなかったっちゅうことや」

「……話が過ぎたな、椎」

 ルガールの言葉と同時に爆音が上がり、艦が揺れ始めた。

「いかん! 船が沈むぞぃ!」

「ルガール!」

「自爆するなんてッ」

 三人の視線を浴びながら、ルガールが壁を頼りに立ち上がる。

 もはや立つことすら適わなかった筈の肉体が、血を流しつつも喜びに震え出す。

「クックックッ、貴様達も道連れだ!」

「逃げるぞぃ!」

 再びルガールを倒さんとするアテナを、拳崇が慌てて背中から捕まえる。

 その拳崇を振りほどこうとするアテナを押えつけ、拳崇は声を荒げた。

「アカンッ、時間がないんやッ」

「でもッ」

「こんなところで死ねるんかッ? 逃げるで、アテナ!」

 拳崇に背後から捕まえられたまま、アテナがルガールを睨みつけた。

 その視線に真っ向から立ち向かうルガールの口許は、ニヤリと歪んだままだ。

「……わかったわ。行きましょう、拳崇」

 ルガールとの睨みあいから先に視線をそらしたアテナが、拳崇の腕から離れる。

 先にアテナを走らせ、拳崇は最後にもう一度だけルガールへ視線を送った。

「アンタも早よ逃げや」

「貴様……」

 だがその時、ルガールの声は、もはや追いかけるべき背中を見失っていた。

 

 


 ルガールが脱出用に準備しておいた、艦尾にある水中ハッチの潜水艇の前に、二つの人影があった。

「貴様の力は、この世には不要のものだ」

「……八神、庵」

「もう貴方の時代は終わったわ。大人しく自爆なさい」

「……マチュア」

 オロチの力と八尺瓊の力を併せ持つ庵と、オロチの力を持つマチュア。

 二人の登場は、ルガールの予想を超えていた。

「何故、今になって貴様らが」

「命をもらいに来た」

「貴様、草薙のみを追っているのではないのか?」

 ルガールの指摘に、庵はその特徴のある三段笑いを成し終えてから、静かに答えた。

「無論、奴は気にくわん。が、俺にも八神としての使命がある」

 いつもの狂気じみた彼からは想像出来ないほど、庵は落ち着いた雰囲気をまとっている。

 隣にいるマチュアの方が猛々しく感じるほど、庵からは殺気を感じられない。

「……だが、私にはまだやらねばならぬことがあるのでな」

 ルガールの眼が光った。

「そこを通してもらうぞッ」

「フンッ……裏百八式・八酒杯」

 庵の手から、強大な蒼い炎が放たれる。

 突進をかけたルガールが、逆に炎で動きを押さえ込まれる。

「バカなッ」

「禁千弐百拾壱式・八稚女ッ」

 それまで溜められていたのか、庵の体から爆発的な殺気が広がる。

 動きを押さえ込まれていたルガールを掴むと、常人の目には止まらない程の乱撃を仕掛けた。

「泣け、叫べ、そして死ねェッ!」

「ぬぉぉぉおおッ」

 庵が、これで最後とばかりに叩き付けた炎が、ルガールを後方へ弾き飛ばす。

 庵のすぐ傍に、銀色の部分が赤黒く光る左腕が落ちているのを、マチュアは冷静な瞳で見ていた。

「……そのまま、死ね」

「クククッ、効いた、効いたぞぉ」

 庵の表情が驚きに変わる。

 死んでもおかしくない。いや、確かに殺した筈だった。

 KOFのような甘っちょろい武闘ではなく、常に急所を抉り、炎で燃やし、肉を引き裂いたのだ。

「バカな」

「死ねぇ!」

 ルガールの掌が、庵の頭を掴んだまま疾走を始める。

 さすがの庵も、防ぐことは出来ない。

「させるものかッ」

「ウガァッ」

 マチュアの足が、ルガールの右腕を切り裂かんと弾ける。

 が、悲鳴を上げさせたものの、その腕はビクともしなかった。

「いい加減にしろッ」

 怯むことなく攻撃を続けるマチュアに、ルガールの意識が向く。

 尋常ならざる速度で庵を放り投げ、攻撃を仕掛ける為に半身になってしまっていたマチュアの下に潜る。

「ジェノサイドカッター」

「うぐぁ」

 マチュアを真っ直ぐに蹴り上げる。

 完全に攻撃を食らったマチュアが、放物線を描いた。

「百弐拾七式・葵花」

 庵独特の三段攻撃が、ルガールの意識を再度、庵へと向けさせる。

 振り返ったルガールの眼は、もはや光を帯びてはいない。

 あるのは、ただ純粋な生への執着心。そして、闘争本能。

「……貴様如きが、使えるはずのない力だという事を思い知らせてやろう」

「い、庵、危険よッ」

 ようやくうつ伏せに態勢を変えたマチュアの声が、ルガールの背中越しに庵へ届く。

「コロスッ」

「邪魔だ! 弐百拾弐式・琴月 陰」

 素早く態勢を入れ替え、後頭部を掴む庵。

 有無を言わさず、地面へとその顔面を叩き付ける。蒼い炎とともに。

 

 


 血溜まりに沈んだルガールを見下ろして、マチュアが無造作にヒールをルガールのこめかみへと当てた。

「二度と血迷うな、クソ野郎」

 マチュアの脚に気持ちの悪い感触を残し、ルガールの脳が破壊される。

 長い戦いに終止符を打って、ようやく庵の殺気が収まっていく。

「……時間は?」

「……残り三分。甲板まで出るのは不可能ね」

 庵の問いかけに、手近にあったデジタル時計を見たマチュアが、そう断言する。

「どうするつもりだ」

「コイツで逃げるしかないわ」

 そう言って、部屋の奥にある潜水艇を指すマチュア。

 しかし、庵の視線はその先を見ていた。

「ハッチは開いていない。開いている暇はあるのか?」

「ないわ」

 そう答えつつ、マチュアはさっさと潜水艇のハッチを開いた。

「コイツで穴を開けましょう。運がよければ助かるでしょ」

「……いいだろう」

 庵の微笑は、ハッチに潜り込んでいたマチュアには届かなかった。

 

 


「遅いねぇ」

 見回す限り、黒煙を上げるタンカーが一隻のみ。

 エンジンを切って、波に漂うモーターボートの甲板に置いたロングチェアに、横になる女性が一人。

「まったく、貧乏くじをひいたもんだよ」

 そう呟いて、胸のポケットから煙草を取り出すと、火を点けて煙を漂わす。

 仰向けに煙草を吸いながら、通信機の音に耳を傾ける。

「……先に帰ってやろうか」

「……お待たせ」

 派手に水飛沫を上げて、彼女の待ち人が水中から姿を現した。

 横になったまま、相棒にタオルの場所を教える。

「船室に入る前に拭いてくれよ」

「着替えは?」

「そんなもん、積んでないよ。大きめのバスタオルでも巻いときな」

「庵の前で?」

 マチュアの言葉に、バイスはようやく体を起こした。

 そして、自らの上着を脱ぎ、髪を乾かしているマチュアに投げ渡す。

「サンキュ」

「そっちの旦那は我慢しな」

「……さっさと岸へ向けろ」

 さすがの庵も唇が青い。

 それがメイクでない証拠に、庵は上着を脱いで体を拭いていた。

 しかし二人とも、深手を追っている様子はない。

「はいよ。アンタはともかく、マチュアに風邪ひかすわけにもいかないしねぇ」

 

 

 ボートを岸につけて、バイスは一人、陸へ飛び移った。

「報酬は大丈夫だろうね」

「あぁ。八咫家には俺から話をつける。保証する」

「監視の方も外してもらいたいね」

「わかった」

 報酬を確認して、バイスはボートに残る庵に手を伸ばした。

 意味がわからずに睨み付けてくる庵に、バイスは笑顔で答えた。

「最後くらい、握手したっていいだろう?」

「……フンッ」

 バイスの手をはたき、庵が甲板から船室へと消える。

 苦笑するバイスに、バイスの上着を羽織ったままのマチュアが、甲板の上から手を伸ばした。

「これから、どうするの?」

「田舎に帰るかな。一応、一度は死んだ人間だけど、ルガールの秘書の時に戸籍は取ったから」

「住所は田舎なの?」

「こんなアタシでも、生まれ故郷は恋しいのかね」

 握手を交わして、マチュアの視線が名残惜しげにバイスに絡み付く。

「元気で」

「アンタ、やっぱりついてくのかい? あの、ひねくれ坊主に」

「えぇ」

「さっぱりわかんないねぇ。あれだけ利用するだけだって言ってたのにさ」

 呆れたように言いながら、バイスは自分から握っていた手を離した。

 素直にそれに従いながら、マチュアも苦笑を漏らす。

「好きになったら躊躇いはしない。お互い、拾った命でしょう?」

「……幸せだよ、アンタ」

「多分、ね」

 言葉とは裏腹に、マチュアの表情に不安はない。

 そんなかつての相棒を羨ましく思いながら、バイスは静かに後ろへ下る。

 庵の鳴らした汽笛が、二人に別れの時を告げた。

「元気で」

「アンタもね。子供が出来たら見せに来なよ。ずっと、田舎にいるからさ」

「そのうちに、必ず」

 ボートが岸から離れていくのを見送って、シャツ姿のバイスは足取りも軽く歩き出した。

 

 彼女の行く手に、幸あれ。

 

<了>