最高の笑顔


「オラオラァ、どうしたァッ」

 コレ、ウチの格闘一代バカ兄貴。

「どないしたんや? もう、しまいか?」

 コレ、あたしの財布。

 ま、つまりはここ、極限流空手道場。
 で、あたしはその門下生、坂崎ユリだッチ。

 極限流って言うのは始祖があたしのお父さんだから、大した流派じゃないっチね。考えてみれば。
 でもま、かなりの強さを誇る道場だけあって、階級……以前に、流派を名乗ることが難しいのだ。

 まず、最初は見習。
 ま、どこでもそうだろうけどね。
 次にようやく門下生になれるんだけど、まだ極限流を名乗っちゃいけないのだ。
 門下生には、研修期間を過ぎればなれるかんね。

 あたしは今黒帯を締めて、極限流の刺繍の入った胴衣を来てるんだけど、これが着れるのは拳士から。
 拳士って言うのは、師範か師範代から、5回の手合わせ中、1本取れればなれる。

 この決まりが凄い。
 大体、現役バリバリの師範代から1本取れる人間なんて、年に一人も出やしない。
 現実、三年前にあたしの次が出て以来、一人も出てないッチよ。

 で、今日来ている門下生の中で、拳士の一歩手前の門下生より一歩上、黒帯が十人。拳士は三人。

「どうしたッ! これで終わりか!」

 ……で、気合入りまくってるお兄ちゃん。
 KOFの招待状が来て以来、ここ三日間この状態が続いているのだ。
 拳士は全部で十五人いるんだけど、昨日で二人が入院してしまった。

「……無茶苦茶ですよ、ユリさん。止めて下さい」
「それこそ無理っチよ。あたしにお兄ちゃんは止めらんないッチ」
「そこをなんとか……」
「ロバートさんに頼むのが一番なんだけど」
「ガルシアさんも今日はダメじゃないですか? 久しぶりに門下生とやって、楽しんでますから」
「……だよねぇ」

 ロバートさんは、最近ずっとお兄ちゃんや拳士の相手してたもんで、久しぶりに自分の思い通りになる相手を楽しんでる。
 まぁ、さすがに拳士ともなると、ロバートさんでも気が抜けないからねぇ。

「あぁ、ユリさん、師範代の相手頼みます」
「えぇッ、きょ、今日は遠慮するッチよ」
「そ、そこをなんとか……」
「あ、あたしを殺す気?」
「そ、そんな……ユリさんこそ、俺たちを殺す気ですかッ?」

 そうなのだ。

 今日のお兄ちゃんは物凄く調子がよくて、手がつけらんないのだ。
 あいにくと、今日はお父さんはメキシコ支部へ出かけていて、一日戻らないのだ。

「ど、どうするッチか?」
「ど、どうします?」

 拳士は続けて戦ってるわけではないから、集中すれば何とか戦えるだろう。
 だが、今日のお兄ちゃんは……文句なしで強いのだ。

「こういう時に、師範がいてくれれば」
「仕方ないッチ」

 んがッ、しかしッ、ピンと来たのだ!

 別に、いつもKOFに来る連中を呼んでやればすむのではないかッ!!

 か、簡単なことじゃないか!

「そうだッチ! KOFに来る連中をよぶっチよ!」
「ど、どこにいるんですか?」
「テリーとかなら、近所にいるッチよ」
「テリーさんみたいな浮浪者、探す時間がないですよ」
「アンディーは日本だし、ジョーもそうだッチね」
「あの暇な方々以外は、すぐにはお呼び出来ませんよ」

 か、考えるッチ。

「……ダメなら、ユリさんで」
「そ、それだけはゴメンだッチ」
「椎君とかに、テレポートして来てもらうってのは?」
「無理でしょ」
「マリーさんを緊急で雇う……」
「夜中までキングさんのバーで待つんですか?」

 うぅ……そうなんだよねぇ。

 暇なKOF人って言うのは、ウチらぐらいで、後はみんな働いてるんだよね。
 学生もいるし、社会人もいるし。

 ん? キングさんのバー?

「いたよ!」
「はい?」
「キングさん!」
「おぉッ!」

 この瞬間、あたしは見た。

 笑顔に崩れてゆく拳士の喜びを……。


「いらっしゃい。悪いんだけど、店はまだだよ」

 ダアァーーッッ!

「キングさん、暇よねッ?」
「どうしたんだい?」
「暇ッ?」

 あたしの物凄い剣幕に、キングさんも腰が引けてた。

「あぁ、特に用事はないが……何なんだい?」

 YES!!

「店、閉めて!」
「あぁ?」
「いいから、早く!」

 訳のわからないまま、開店準備の途中だった店を片付けたキングさんを引っ張って、あたしは車に飛び乗った。
 ロバートさんのフェラーリだけど、この際かまわないッチ。

 どうせ、そのうちあたしのもんだッチ。

 


 すったもんだの挙句、ようやくキングさんを連れて道場に戻ると、ロバートさんの鍵をこっそり財布の中に戻す。

「無断借用かい? 悪い子だね」
「緊急事態だッチよ」
「緊急? リョウに何かあったのかい?」

 さすがのキングさんも、お兄ちゃんのことになると眼は真剣だ。

「んー、ある意味、緊急事態」

 まだ不思議そうにしているキングさんを更衣室に放り込んで、あたしは手を叩きながら道場に戻った。

「ハーイ、聞くッチよ!」

「何だ、ユリ」
「道場破りの御登場だッチ」
「何ッ」
「何やて?」
「で、お兄ちゃんに相手してもらうから、後は普通の練習続ける。いい?」

 ……ゴメン、キングさん。

「いや、まずは道場破りの実力を知るべきだな。ロバート、調子のいいのは誰だ?」
「そやな。カールとベンやな」
「まずは、その二人が相手だ。その次に、ケン、お前が相手しろ。それでも無理なら、俺がやる」

 ふむ。なかなかいい感じになって来た。

「まったく……何なんだい、ユリのヤツ」

 出てきたキングさんは……胴衣姿だった!

「いつものヤツは持ってなくてね。一着借りたよ」
「ゲッ、キングはんッ?」
「キング、お前が道場破りとはな! よし、まずはカールとベンが相手だ!」

 おいおい、バカ兄貴! それでいいのかッ?

「あぁ? ユリ、どうなってんだい?」
「黙って言う通りにして欲しいッチ」
「……また、暴走したのかい?」
「いや、命の保証が欲しかったッチ」

 さすがはキングさん。
 どうやら、願いが通じたみたい。

「まぁ、いいけどね。それじゃ、はじめようか」

 一蹴される門下生。

 ま、当然キングさん相手だしね。

 再び一蹴される黒帯。

 ケン、アンタ早過ぎ。せめて二分は戦え。

「さすがにキングだな」
「次はアンタの番かい?」
「あぁ。極限流の看板にかけて、俺は負けん!」

 んが、ここでキングさんが変な事を言い出した。

「看板なんて要らないよ。別のものを賭けようじゃないか」

 たしかに看板は要らないだろうな、キングさん。

「別のもの?」

 でもねぇ、お兄ちゃんの持ってるものなんて、看板以外には馬とバイクぐらいしかないよねぇ。

「ほな、キングはんは何を賭ける?」

 ロバートは何でも賭けられるよね、金持ちだし。
 うん、あたしの未来のダンナは裕福だ。

「この体……と言いたいところだけど、賞金稼ぎはもう止めたからね。夕食を一週間食べさせる。どうだい?」
「おもろないな。スカート姿をワイらに見せてくれるってのは?」
「ちょっと、ロバートさん!」

 まったく、彼女のいる前でそれはないだろ!

 耳を引っ張ってロバートさんを黙らせると、お兄ちゃんが瞳を輝かせながら取り引きを始めた。

「本当に夕食一週間だな?」
「あぁ。二言はないよ」
「よし。のった!」
「で、アンタは何を賭ける?」

 キングさんも好きだよねぇ、賭け事。

「ロバートの金で、ジャンの行きたがってたテーマパークへ、三日間ご招待!」
「コラ! 勝手に人の金を使うな!」
「よし、いいだろう。案内人もつけてもらうよ」
「コラ! 勝手に納得するな!」
「決まりだな」
「あぁ」
「待たんかいッ」

 当然、ロバートさんの声が届くはずもなく、二人は戦いを始めた。

「ベノムストライク!」

「虎皇拳!」

「トラップショット!」
「フンッ」
「やッ」
「飛燕疾風……漸烈拳!」

 ま、当然相手の手の内は知り尽くしてるわけで、見てて楽しいんだな、コレが。

「よくやるよ」
「お前もな」

「……何や、楽しそやな」
「そうだッチね」

「トルネッドキック!」
「カッ」

 キングさんの膝が、お兄ちゃんのガードを超えた。

「サイレントショット!」

 態勢の崩れたスキを逃さず、決め技を披露するキングさん。

「ま、まだまだぁ!」
「タフだねぇ」

「……笑ってるッチ」

「オラオラァッ!」
「フンッ、声だけかいッ」

「二人とも、笑ってる」

 いつの間にか、あたしの隣にロバートさんが立っていた。

「これが、格闘家や。戦うことでお互いを分かり合う」
「ロバートさんも?」
「ワイとリョウは、戦わなワカラン程度の仲やない。格闘家の前に、親友や」
「じゃあ、キングさんは?」
「さぁ? 答えは、ユリちゃんにも出せるんとちゃうか?」

 いつもだ。

 この人はいつも少し高見から、あたしを引き上げるためのヒントをくれる。

「やっぱり、戦ってるお兄ちゃんはいい笑顔してるッチ」
「50点」
「何で?」

「覇王ーー!!」
「こっちが速い!」
「なんてな!」
「えッ?」

 構えだけで、キングさんを飛ばせたお兄ちゃんは、必殺のアッパーを繰り出した。

「ワイにはあの笑顔は引き出せへんねん」
「どうして?」
「どうしてやろな?」

「クッ……まだだッ」
「オゥッ!」

 追撃にも移らずに、二人が向き合う。

「そういえば、さっきキングさんもサイレントフラッシュの後……」
「追撃せんかったやろ」
「何で? 起き上がりを攻めたり、せめてベノムストライクとか……」
「わからへんの?」

「体は鈍ってないようだな、キング」
「伊達にKOFの招待状はもらっちゃいないさ」
「動きにキレが戻ってきてるぞ」
「嬉しいね。リョウにそう言ってもらえるとさ」

 ロバートさんが、「ヒント」といって、口を開いた。

「二人は、何人で戦ってる?」
「二人」
「そや。二人だけの空間やな。だからこそ、二人は自分の力のすべてを出して戦う。だから、最高の笑顔を見せるんや」
「どういうことだッチ?」
「わからへんかな? 二人とも、相手に何かを教えたくて戦っとるんやない。伝えたくて戦うんや」

 必殺技の掛声が止み、通常攻撃の風を切る音。二人の息遣いが空間を支配していた。

「伝え方は言葉だけやない……そういうこっちゃ。さて、いつまでもやらしたアカンな」

 わからん。

「リョウもキングも、えー加減にしーや。残り時間はあと3分や!」

 わかんないッチ。

「……ケン、時計や!」
「はい!」

 いいや、わかんなくても。

「オラァ!」
「フンッ、おおぶりになってるよ!」
「クラァ!」
「シィッ」

「そこまで!」

「ありがとうございました!」
「こっちこそ」

「判定はリョウの負け。えぇな?」
「な、何ィッ?」
「正確には、胴衣姿のキングの勝ちや。何せ、滅多に見れん」
「無茶苦茶だ!」
「と、いうことらしい。三日間、案内人よろしくな」
「むぅ……男に二言はない」
「かわりに、ロバートにおごってもらえ」

 キングさんが汗を輝かせながら、更衣室に消えて行くのを、あたしは羨ましげに見送っていた。

 やっぱ、違うな。年上の恋愛って。

 あたしはまだまだ、お子様だったッチ。

 

<了>