間奏曲


「ふぅ、やっと終わったぁ」

「何だ、情けない声なぞ出しおって」

 その日のオペレーター任務を終えたラ・ミラ・ルナに、艦長席から叱責の声が飛んだ。
 彼女にとっては運悪く、歴戦の古強者との呼び声も高い艦長が着席していたのだ。

「そうは言っても、今日は二度も戦闘があったんですよ」

「一週間の戦闘配備などザラにある。この程度で音を上げてもらっちゃ困るんだがな」

「はいはい、頑張りますから」

 無重力空間では、一度動き出した身体は止まらない。
 座席を強く蹴ったルナは、脱力しながら艦橋の扉へと急いだ。

「まったく、最近の若い者は」

 艦長席に座る白髪の男が、彼女に苦笑を向けていた。

「それじゃ、失礼しまーす」

 逃げるように艦橋を出たルナは、通路の奥に見知った銀髪を見つけた。

「あ、ギルダーさん」

 ルナの呟きが聞こえなかったのか、銀髪の男が通路を横切って姿を消した。
 ルナは再び勢いをつけて、通路に身体を走らせた。

「ギルダーさん」

 少し大きめに呼びかけたルナに、男が通路の手すりに身体を寄せて動きを止める。

「ふぅ、追いついた」

「ルナか」

「はい。ギルダーさんもこれから休憩ですか」

「あぁ。食事をとろうと思って」

「ご一緒しても」

「かまわないよ」

 連れだって食堂へと向かう二人の姿をコソコソと窺がう人影が二つ。
 マーク・ギルダーが率いるMS部隊のパイロットだった。

「いやぁ、隊長もスミに置けないっていうか」

「面白いことになりそうだね」

 宙域警戒の任務に当たっているこの艦には、少なからず戦闘経験のある経験者が多く配備されている。
 重要なコロニーなどのある宙域ではないが、この宙域は中継地を結ぶ最短経路に当たる。
 そのため、小競り合いのような遭遇戦に巻き込まれる機会が多い。

 しかし、兵力を割くほどの重要宙域でもないため、軍の上層部も少数精鋭を選択していた。
 したがって、出歯亀をしている二人でさえ、かなりの実力を持った兵士である。
 もちろん、その性格まで保障されるわけではないが。

「あれって、ラ・ミラだよねぇ」

「そうでしょ。あの子の声、特徴あるし」

「ギルダーさんってことは、付き合う手前って感じかな」

「まぁ、隊長は鈍そうだし」

「だよねぇ。おっと、入っていった」

 二人の後を追うようにして、出歯亀たちも食堂へと入っていく。

「クレア、あんまり目立つんじゃないよ」

「いやいや、いい席を取らないとねぇ、奥さん」

「誰が奥さんだよ」

 相方の頭を小突いたケイが、ルナたちのいる席から少し離れた席に腰を下ろす。
 その場所はちょうど観葉植物の陰になっていて、ルナたちからは注視しない限り見つかりそうになかった。

「奥さんも悪よのぉ」

「何言ってんだい、そっちから誘ったくせに」

 二人分の食事を調達してきたクレアから一人分のトレイを受け取り、ケイが呆れた様子で肩を竦めた。
 その間にも、クレアが食事もそこそこに、聞き耳を立て始める。

「ギルダーさんは疲れてませんか」

「疲れていないといえば嘘になる。だが、さしたる問題はないよ」

「私、マッサージできるんですよ。疲れていたら言ってくださいね。いつでも行きますから」

「機会があれば、頼もうかな」

 二人の会話に一つ一つ反応するクレアの様子は、通りすがりの者からすれば奇妙でしかない。
 徐々に遠巻きにされていることを認識したケイが、やや諦めたように自分の座る位置をクレアから遠ざけた。

「おおっと、ラ・ミラの攻撃がかわされたぁ」

 小声で実況する相方の姿に、ケイがため息をつく。
 悪乗りの速さだけは天下一品の相方に、もはや忠告することは無駄だろう。

「隊長の反撃。ラ・ミラがチャームに魅了されたぁ」

「何を言ってんだかわかんないって」

「ああっと、隊長が席を立ちそうだ。どうする、ラ・ミラ」

「一人で煽ってないで、飯も食べなよ」

 ケイがちらりと視線を送ると、ルナとギルダーの二人が食べ終えたトレイを持って立ち上がったところだった。

「さぁ、これからどうする。場所を変えて第二ラウンドか」

「部屋まで行く気か、アンタは」

「いやいや、行かないけど。そう言ったほうが盛り上がるじゃない」

「誰に聞かせてるのか知らないけど、アンタ、相当変な子になっちゃってるよ」

「気にしない気にしない。さぁて、冷めちゃったかな」

 ようやく食事の手を進めはじめた相方に、ケイが安心して背後を振り返った。
 そこではルナの腰に手をまわしているギルダーの姿が、ばっちりと確認できた。
 残念ながら彼女の相方は食事に夢中なためか、その場面を見逃しているようだ。

「やっぱりね。微妙に違うんだよね、あの子の声」

「ん、何か言った」

「別に。どこかにいい男はいないものかなってね」

「イェーガーさんとかいいんじゃない。別部隊だけど」

「とっくに売れてるよ、アイツは」

「え、そうなの」

 出歯亀は好きでも、まったく情報の整理にはつながっていない相方。
 ため息をつきながら、ケイの視線は連れ立って歩くルナの表情へ向けられていた。

「恋する乙女は契約違反にもへこたれないか」