運命を切り開け!

(後編)


 結局のところ、事件は俺たちの手の届かないところで裁かれたらしい。
 事件の詳細は知らされることなく、生き残った軍学生は他の軍学校へと転属させられた。
 ただ残されたのは、地球軍の絨毯爆撃によって壊滅的な被害を受けた基地の名残だけだった。

「……おかしな話だな」

 呟いてみたところで、現実は変わらない。
 そして、考えることは許されないだろう。
 軍人として、事実のみを受け入れることが要求される。
 それがたとえ、どのように捻じ曲げられた事実であっても。

 収容所のような建物の一室で、俺はボンヤリと寝転がっていた。
 命からがら基地を脱出してベルファスト基地に着いてみれば、いきなりの拘束。
 学生寮なのだろうが、どうもウェールズ基地の宿舎とは天地の開きがある。
 囚人よりはマシな待遇だが、どうも気に食わないことだらけだ。
 おまけに、俺と同じく脱出した軍学生の中には、既に他の基地へ転属した者もいるようだ。

「アーノルド=ノイマン、菊鹿=草薙」

 看守らしき人物が、俺の名前を呼んだ。
 キッカも同時に呼んだところからして、ようやく俺も転属指令が下るのか。

「以上、両名、身元引受人が到着した。即時の退寮を命じる」

 ……どうやら、単純に解放してくれるのではなさそうだ。
 今までに出ていった奴らとは、口上が違う。
 見元引受人にも、まったく心当たりはない。

 名前を呼ばれて部屋の外に出た俺は、同じようにして怪訝そうな表情を見せているキッカと視線を合わせた。

「……どうする?」

「行くしかないでしょ」

 即答してきたキッカに、俺は頷くしかなかった。

「……だな」

 看守らしき人物の後ろに続いて、俺たちは収容所の玄関へと連れてこられた。
 久々に見る生の太陽は、意外なほどに眩しさを感じない。

 俺たちを連れてきた看守は、何も言わずに収容所内へと引き返していった。
 残された俺とキッカだけが、田舎から出てきたおのぼりさんのように周囲を見回している。

「引受人らしき人って、どこにいるの?」

「時間を間違えたか」

 しばらく待っても、誰も迎えに来る気配はない。
 もしかしたら、このまま基地を去れということだろうか。

 俺が視線をキッカへ向けると、キッカの方も迷っているらしい。
 不安そうな視線を向けて、俺に首を振ってみせた。

 こうなってくると、いっそ引き返そうかという気持ちにもなってくる。
 ようやく軍学校を卒業しようかという時期に、ただ面倒な事件に遭遇しただけでお払い箱か。
 他人の話としては面白いが、自分の身に降りかかっては納得できない。

「……どうすればいいんだ?」

 俺の呟きに、キッカがため息をつく。

「本当、どうすればいいのかしら」

 俺たちが二人して歩き出そうとした時、軽快な足音とともに、懐かしい声が俺たちを呼びとめた。
 もはや忘れることのできない、凛とした声だった。

「待たせたな。受付に時間がかかってしまった」

「バジルール准尉……」

「身元引受人って、バジルール准尉だったんですか」

 俺もキッカも、相当驚いた表情をしていたらしい。
 俺たちを見たバジルール准尉はややたじろいて、苦笑を見せた。

「まぁ、そういうことだ。外に車を待たせてある。事情はその中で話そう」

 

 

 バジルール准尉が乗ってきたのは、黒塗りのリムジン。
 運転席とは完全に防音が施されているようで、俺たちは恐縮しながら准尉の向かいに腰を下ろしていた。

 どこへ向かっているのかはわからなかったが、とにかく俺たちは無事に軍人を続けられるらしい。
 何か条件が付くようなことを説明されたが、とりあえず胸を撫で下ろす。

「……まぁ、いきなりあのような事件に関わったことは災難だったな」

 公表された事件の顛末を話し終えて、准尉はそう言った。

「いや、もう勘弁願いたいですよ」

「そう言うな。あの事件のおかげで、私はチャンスを掴んだのだ。お前にしても、そうなるだろう」

「チャンス、ですか?」

 チャンスを掴んだという准尉の言葉に、キッカがそう呟き、俺たちは顔を見合わせた。
 基地の上官はそのほとんどが戦死。尉官クラスにしても、生き残ったのはごくわずか。
 バジルール准尉を含めた数名であったらしい。

 軍学校の生徒にしても、准尉と共に行動していたグループ以外は、大半が死体となっていたらしい。
 公式発表ではコーディネイターの武装集団によるテロらしいが、よくもまぁ、大勢殺せたものだ。
 それにしても、軍学校の生徒まで惨殺する理由は今一つよくわからない。

「いや、チャンスとなるかはお前たち次第か」

 聞き返していた俺に、准尉はそう言った。

「俺たち次第?」

「そうだな。もっとも、お前たちならチャンスにすると私は信じている」

 そのとき、リムジンの外を流れる景色が止まった。
 視線を巡らせると、どこかの屋敷の門で止まったようだ。
 門が開く機械音がして、リムジンは再び動き出した。

 どうやら、ここの屋敷が目的地らしい。

「お嬢様、旦那様は別邸の方でお待ちです」

 リムジンの中の仕切りが開き、運転手が顔をのぞかせた。
 バジルール准尉が軽く頷き返すと、運転手は再び仕切りを閉じた。

 ゆっくりとした速さでリムジンは屋敷内を通過し、屋敷内の別邸の前で停車した。

「さぁ、降りてくれ。父が待っている」

 その言葉に、キッカの表情が変わった。

「准尉のお父様って……」

「あぁ。連合軍少将だが……」

 そう答えて、准尉はさっさと別邸の中へと入っていく。

「アーノルド、どうする?」

「どうするも何も、行くしかないだろうな。おそらく、俺たちの身元引受人は少将の方だろう」

 立ち止まって俺を見上げているキッカを置き去りにして、俺も准尉の後に続く。
 慌てて追いかけてくる足音は、見るまでもなくキッカだろう。

 別邸の中は質素なもので、バジルール家が生粋の軍人家系であることを思わせる。
 東洋には質実剛健という言葉があるそうだが、まさにそれに相応しい。

 廊下の突き当たりに、一際大きい扉があり、准尉はその扉を開いて俺たちを招き入れた。

「父上、連れて参りました」

「御苦労」

 准尉の声に答えて立ち上がったのは、細身の壮年の紳士だった。
 やや白髪の混じった髪は丁寧に整えられており、准尉を思わせる切れた眦が印象的だ。
 この男性も、准尉に劣らず身長が高い。

「アーノルド=ノイマン、菊鹿=草薙、だな?」

 威厳のある声に、俺とキッカは敬礼で応えていた。
 声を発しようとしても、喉に妙な力がかかっているようだ。

「事件のあらましは聞いたか?」

「はい。准尉からおおよそのことは」

「そうか。では、公式発表程度の知識しかないのだろうな。まぁ、いい。そこに掛けてくれ」

 そう言って勧められたソファーは、今までに座ったことのない柔らかさだった。
 やや躊躇ってから動き始めたキッカに従って、俺もソファーへと深く腰を下ろす。

「ナタル、お前も座りなさい」

「はい」

 バジルール親娘と向かい合う格好で、俺とキッカは少将の話を聞くことになった。

「君達はブルーコスモスという団体を知っているかね?」

「”青き清浄なる世界のために”……ですね」

 俺の返答に、少将は頷いて話を続けた。

「そう。コーディネイターを地球上から排除し、地球を清浄なものへとするという思想団体だ。最近は、政治の世界にまで
 顔を出すようになったようだがな。軍部の幹部の中にも、ブルーコスモスと同じ思想を持つ人間は少なくない。もちろん、
 それに対する者もな」

「……少なくとも、あの基地のトップはブルーコスモスではなかったと思いますが」

「その通りだ。そうでなければ、標的とはならなかっただろうからな」

 それは、あの連中がブルーコスモスだったと言うことか?
 武装集団になったという噂は聞いた事がなかったが、別段不思議でもない。

「君達は不思議に思わなかったのかね。たかがテロリストごときにやすやすと基地を奪われ、その制圧のために軍部が
 絨毯爆撃を行うなど、あり得ることだと思うかね?」

 確かにそうだ。
 いくらクリスマスとは言え、見張りの人間がいなくなったわけではない。
 更に言うなら、俺が不思議に思っていた死者の人数の多さも、こう仮定すれば納得できる。

「生き残っていた人間を殺すため……」

「その通りだ。元々、爆撃が基地にいた全ての人間の抹殺のためだとしたら、どう思うかね?」

 少将の視線が、俺に突き刺さっていた。
 試されているのかもしれない。

 だが、一体何のために……?

「父上、それでは、まさかッ」

 俺が答える前に答えを出したのか、准尉がソファから立ち上がって少将を睨み付けていた。
 少将は黙って准尉をソファへ座りなおさせると、視線を俺たちへと戻した。

 もちろん、その間に出てきた答えは一つだ。
 ”ブルーコスモス派による、テロリストの誘導”が行われ、証拠を消されたということだろう。

 念のためにキッカを盗み見てみたが、キッカの方は答えを出せていないようだった。

「アーノルド=ノイマン、君にはわかったかな」

「はい。ブルーコスモス派によるテロリストの誘導と、その証拠隠滅のための爆撃ですね」

「その通りだ」

 少将の口許が笑っていた。
 それは、俺がこの人の眼鏡に適ったと言うことだろうか。

 俺の予測は、すぐさま証明された。
 少将が取り出した、数枚の書類によって。

「受け取り給え。君達にはその資格がある」

 少将の言葉に従って、まずはキッカが書類を手に取った。
 それを見てか、少将はソファから立ち上がり、窓のほうへと立ち位置を変えた。
 カーテンに遮られた日光が、少将を包みこむ。

「……配属命令?」

「配属命令だって?」

 キッカの呟きに、俺も書類を確かめた。
 確かに、配属命令書だ。
 空軍への配属と書かれている。それも、伍長の階級と共に。

 しかし、軍学校も卒業できていない俺たちが、何故…。
 書類から視線を上げた俺たちを待っていたのは、少将の声だった。

「書類の通りだ。まだ君達に詳しく話すことはできないが、新型の機動戦艦のプロジェクトチームが動き出している。
 もちろん、新型のMS付きでな」

「新型の機動戦艦……」

「このままではブルーコスモスの連中に大西洋連邦自体の主導権が動きかねん。何としても、機動戦艦を連中の手に
 支配させるわけにはいかんのだ」

 中央の権力抗争も関わっているのか、少将の言葉尻に怒りがにじんでいるのがわかる。
 ちらりと視線を動かした先には、准尉の戸惑っているとも思える表情があった。
 どうやら、准尉もこのことは知らされていなかったらしい。

「既に、愚娘を送り込む手筈は整えてある。君達には、ナタルの補佐を務めてもらいたい」

「俺たちが、准尉の補佐を?」

「詳しい内容はまだ伝えるわけにはいかんが、ナタルにも腹心が必要となってくるのは間違いない。
 君達は、その一番手と言うわけだ。プロジェクトには、下士官あがりの部下として、ナタルに同行してもらうことになる。
 もちろん、事が成就した暁には、ナタルの腹心としてそれなりの地位も階級も準備させてもらうつもりだ」

 確かに、これはチャンスだ。
 何の派閥も持たない俺たちにとって、准尉とのつながりは大きな意味を持つ。
 バジルール家の後ろ盾があれば、それなりの出世コースが約束される。

「悪い取引ではないだろう」

 俺たちの沈黙を戸惑いと受け取ったのか、先程まで背中を向けていた少将がこちらを向いていた。
 そして、決断を迫る視線。

 キッカはと言うと、書類を熱心に読み始めていた。
 何事にも慎重なキッカらしいやり方だ。

 俺は書類から先に視線を上げると、俺たちの方を見ていた准尉に微笑んで見せた。
 俺の向けた微笑にたじろぐ准尉は、やはり可愛かった。

「お受けします」

「アーノルドっ?」

 まだ書類を読み終わっていなかったのか、キッカが非難めいた声を上げた。
 その声を無視して、俺はソファを立ち上がった。

「准尉の下で働ける保障があるのなら、俺は迷いません」

「ノイマン……」

 准尉が目を見開いて、俺を見つめていた。
 とりあえず微笑み返しておくことにして、俺はキッカの返事を待った。

「わかりました。私もお受けします」

 キッカがそう言って、立ち上がった。
 准尉の視線が、少将へと向けられていた。

 まるで、応接間ではないような緊張感が流れていた。
 軍部の司令室。少将という司令官に、准尉という上官。
 そして俺たちは准尉の部下。

 不思議なことに、俺は踵を揃えていた。
 それは他の二人にしても同じだったらしい。
 准尉の繰り出した敬礼に遅れることなく、俺たち二人も敬礼を合わせていた。

 そんな俺たちの動きに合わせるように、少将の表情が引き締まった。

「ナタル=バジルール、只今を持って特務の遂行を任ずる。アーノルド=ノイマン、菊鹿=草薙の両名は、配属部隊にて
 新たなる指令を待て。くれぐれも、気取られることのないようにな」

「ハッ」

 再び敬礼を改にした准尉に倣って、俺たちは書類を脇に抱えて、敬礼を改めた。

 

 

 この日、俺の運命の時計はまわり始めた    

 

<了>