最後でありたい


「旋回、遅いぞ!」

「こ、これ以上速くですか?」

「そうだ。その程度では奴を振り切れん」

 艦長席から操舵士を叱り付け、地球軍中尉・ナタル=バジルールは目の前のディスプレイに視線を移す。
 敵艦を表す光点は、ゆっくりと回避運動をとりながら、左回りでナタルの艦を狙っていた。

「右から来る気か。索敵、熱源に気をつけろよ」

「了解!」

 操舵士と比べると、索敵手の反応は素早い。
 それどころか、ナタルの先を読んで索敵報告をすることすらある。
 たった数分の仕事ぶりで、ナタルは索敵手を全面的に信用することに決めた。

「バリアント、連射用意。砲身の温度変化は逐一報告。ミサイル発射管、五番から八番展開用意」

「敵艦に熱源感知!」

「撹乱体散布! ミサイル、五番から七番、ってェーッ」

 敵艦からのビーム砲を撹乱体で乱反射させてかわし、ビーム砲に隠れて進んでいた低速ミサイルを撃ち落とす。
 索敵手が爆発の一瞬だけヘッドフォンを外している間に、ナタルは艦を全速で前進させた。

「ミサイル発射管、十二番から十五番展開用意」

「敵低速ミサイルの撃墜確認」

「ベクトル修正、上三。面舵三十! 上方にまわり込むぞ」

「敵進路、我が艦より四時方向に変化!」

 報告を受けたナタルは、すぐさま自艦の進路を変更させる。

「面舵二十。敵の背後を突く。バリアント、ってェーッ」

 自分で撒き散らした撹乱体の範囲のすぐ横を通し、砲撃が敵艦を襲う。
 しかし、敵艦の動きはまるでそれを読んでいたかのようにスムーズにかわしていた。

「ミサイル発射管、一番から四番用意」

「敵艦方向に熱源感知!」

「くっ、ベクトル修正、上二。速度上昇一ポイント。ミサイル一番から四番、ってェーッ」

 敵ビーム砲が艦の後部に抜け、ナタルの反撃が敵艦へ襲い掛かる。
 しかし、あるべきはずの爆発は、かなり手前で起きていた。

「おい、今のはミサイルで迎撃されたのか?」

「いえ、対空砲かと。ミサイルの軌道音がしませんでした」

「火線の集中だけでミサイル撃破だと? やってくれる」

 本来ならば呟くことの許されない言葉を、ナタルは呟いていた。
 しかし、それでも上方へ上がりすぎた艦を必死になって指示し、弾幕を下方へ集中させる。

「ミサイル発射管九番から十一番、連射用意。対空砲を下部へ集中。敵艦をあがらせるな」

 宇宙戦では、敵艦のやや下方に位置した方が有利である。
 古来より戦艦の下部には武装が少なく、風上や太陽光の関係がない宇宙では、やや下が有利というのが定説であった。
 ナタルはそれを知りながらも、あえて上方を選択した。

「バリアント、ってェーッ」

 比較的稼動部分が多いバリアントを放ち、ナタルは敵艦の位置を確認する。
 バリアントの進行方向と敵艦の位置を確認し、すぐに射撃方向を修正させる。

「バリアント、間隔十で左回りに水辺発射」

「む、無茶です!」

「エネルギー充填は一度で充分だ。砲弾にするエネルギー量を割り四で揃えればよい!」

「い、今やります!」

「敵主砲、来ます!」

「面舵十! かわせッ」

 撹乱体の展開が間に合わずに、ナタルが回避行動を指示する。
 操舵士が必死になって舵を切ると、敵主砲が左側面に着弾し、爆発音と振動がナタルたちに伝わった。

「回避パターンを読まれたか。回避アルゴリズムを一番に変更。バリアント、水平に、ってェーッ」

 

 

 予期しなかった敵艦の戦法に、ノイマンたちは三発目以降のバリアントを回避できずにいた。
 オペレーターであるミリアリア=ハウが被害状況を報告し、操舵席の方へ心配そうな視線を送る。

「おい、何なんだよ、あのバリアントの使い方!」

「知るかッ。パル、発射管は生きてるか?」

 チャンドラの問いかけに、砲手であるパルはキーを叩きながら返事をする。

「ミサイル発射管、一番、五番、六番が使用不可!」

「何てこった。中尉、俺たちにあんなこと教えてくれなかったぞ」

 ヘッドフォンを外した索敵手のジャッキー=トノムラが、悔しそうにディスプレイを叩く。
 艦長席にいるアーノルド=ノイマンは、その文句を苦笑しながら聞いていた。

「MS発進口、左は完全に破壊されました!」

「本来なら、格納庫までいかれたかな?」

「オ、オレのせいですかッ?」

 ノイマンのいない操舵席から、情けない悲鳴が上がる。
 ノイマンは艦長席に深く腰掛けたままで、回避運動の指示を下した。

「回避パターンはそのままでいい。あんな無茶、砲身がいかれるからな。ローエングリン、発射用意」

「主砲充填まで、あと六十秒です」

「今ので充填が遅れたか。バリアント解除。ローエングリン一本でいい」

「ほ、本気ですか?」

 ノイマンの指示に、パルが尋ね返した。
 パルから送られる視線に頷き返し、ノイマンは艦長席のディスプレイを広げた。

「トール、俺が補佐する。敵艦の正面に入れ」

「は、はい!」

「トノムラ、熱源感知は任せたぞ」

「お任せですッ」

 CICの中から、トノムラが親指を突き上げる。
 それと同時に、パルが主砲の充填が完了したことを伝える。

「よし、そろそろ決めるぞ! 演習時間も終わりにさせる!」

 

 

 敵艦の意識が変わったことを、ナタルは戦艦の動き一つで見破っていた。
 円から直線へと、軌道が変わったのである。

「来るぞ。正面からの主砲の一撃だ。射線を外しにかかる。ランダム回避開始」

「了解」

「バリアント、撃てるか?」

「チャージ五十%でなら」

「バリアント、ってェーッ」

 射線に入ろうとしていた敵艦に攻撃を避させることで射線を取らせず、ナタルは接近していった。
 先程のバリアントの着弾で、敵艦の前方ミサイル管を破壊したことは確認済みである。

「ミサイル発射管、一番から八番、ってェーッ」

 充填に時間のかかる主砲と故障した疑いのあるバリアントの射撃を控え、ナタルはミサイルに重点を置いた。
 敵艦も火線を集中してミサイルを回避しようとしているが、確実に敵艦へ届き始めていた。

「回避はそのまま。このまま押し切る!」

 

 

「被弾! 損傷箇所、40%を越えました!」

 ミリアリアの報告に、ノイマンはたまらずにトールを叱り付けた。

「直接的に動きすぎだ。敵艦を追いかけてどうする」

「だって、射線とらないと……」

「小刻みに動くのは、戦闘機の動き方だ。戦艦はどっしり構えて、相手の先を読むんだ」

「は、はい」

 トールが改めて前を向くと、ミリアリアが背後のノイマンを振り返る。

「エンジン出力、低下しています!」

「ミサイルを受けすぎたかな。パル、まだ撃てるな?」

「えぇ、いけますよ」

 パルに主砲の射撃が可能なことを確かめたノイマンは、艦長席を立ち上がった。
 前を見ながら必死に舵を取るトールに近寄り、舵を取る手の上に、自分の手を重ねる。

「……パル、五秒後に撃て」

「了解」

「いいか、先はこうやって読むんだ」

 トールの手の上から舵を操り、ノイマンは確実に敵艦を捕らえていた。

 

 

 一方、ナタルは既に撹乱体の散布を終えていた。
 敵主砲に熱源を感知して、すぐさま散布を行ったのだ。

「これは演習だ。回避運動はそのまま続けてくれ」

「はい」

 臨時の部下にそう告げて、ナタルは軍帽を脱いだ。

 

 


 ブザーが鳴り、ミリアリアはオペレーター席から立ち上がった。
 ぐったりとしているトールの元に駆け寄り、トールの額の汗を拭いてやったりしている。

 微笑ましい光景を羨ましげに眺めながら、トノムラはため息をついた。
 チャンドラとパルも、苦笑しながらCICから上がってきた。

「これがオーブのシミュレーター機ですか」

「練兵用にここまでの機材を投入できるとはね……ストライクが作れるわけだ」

 シミュレーター室の扉が開き、モニターで二組の演習を見守っていたフラガが顔を出した。

「よぉ、ご苦労さん」

「見ていらしたんですか」

 フラガの顔を見て、ノイマンはそう言って肩をすくめた。
 その間に、トールとミリアリアは先に部屋を退出していった。
 ミリアリアに寄りかかるようにして歩くトールの姿が、シミュレーターの完成度と疲労度を物語っている。

「全部な。トールだっけか? 戦闘機の方が向きそうだな」

「あの小刻みな動きは、そうかもしれませんね。ですが、俺は渡しませんよ。せっかく使えるようになったのに」

「わかってるって。度胸もあるが、ミリィを悲しませるわけにもいかんしな」

 トノムラたちが部屋を辞し、二人だけが残った部屋に、新たな人物が加わる。
 別室で、先程までノイマンの敵艦をシミュレートしていたナタルだった。

「ご苦労だった。これにて、少尉着任時の指揮官演習を終えることとする」

「はっ。ありがとうございます」

 踵を揃えて敬礼するノイマンに敬礼を返してから、ナタルは手元の書類をめくった。

「このデータはコピーしてオーブに渡すことになっている。あとで確認するように」

「わかりました」

「それから、あのトール=ケーニッヒ弐等兵のことだが……よく短期間でここまで持ってきた。
 時期が来れば、お前に教官としての能力も上申できるぞ」

 珍しく報告の最中に口元を綻ばせたナタルの表情を目敏く見極め、フラガは小さく微笑んだ。
 そして、わざとらしいあくびをしながら、部屋を出て行こうとする。

「ふぁ……上官の演習確認印、あとでいいか?」

「はい、少佐。データと報告書のコピーはいかがいたしますか?」

「あぁ、見てたからいいよ。もう一度確認しても、俺のアドバイスはないから。戦闘機屋だからね」

「わかりました。戦闘の評価、戦術の評価はよろしくお願いします」

「やっといて……は、無理なのね」

 上を向いて独特の嘆息を付くフラガに、ナタルが厳しい視線を向ける。
 顔を覆った指の隙間からその視線に気付いたフラガは、手を外して苦笑して見せた。

「冗談だってば。やっとくから、明日提出でいいだろう?」

「……お願いいたします」

 そう言って頭を下げたナタルにため息を返し、フラガは手を振りながら部屋を出て行った。
 残された二人は、何となく部屋全体を見回していた。

「これほどの機械、オーブの機密を見せられた感じですね」

「ストライクとアークエンジェルのデータを提供するのだ。これくらいは当然だな」

「取引材料、ですか」

「上層部を納得させるには、それなりの駒が必要なのだ」

 そこまで言うと、ナタルは先に部屋の外へと歩き出した。
 扉のところでナタルに追いついたノイマンは、そのまま一歩下がりながらナタルの後を付いていく。

 数分で施設内を通り抜け、彼らの城であるアークエンジェルの中へと戻りつく。
 格納庫で格闘している整備員たちの脇を抜け、ノイマンはようやくナタルの隣に並んだ。
 既に仕官居住区の手前まで来ており、人影はない。

「これっきりにしたいですね。貴方と戦うのは」

「最後の一撃は、なかなかだったぞ。撹乱体を散布していなかったら、確実にやられていた」

「バリアントをもっと放たれるかと思っていたのですが」

 ノイマンの言葉に、ナタルは初めてちゃんとした笑顔を見せた。
 ノイマンが笑顔の意味に気付けずにいると、ナタルは手にしている書類をパシッと叩いた。

「バリアントのあの使い方はシミュレートでしかできないだろう。ちょっとした小細工だ」

「そこまで……」

 この人には敵わない。
 ノイマンは完全に舌を巻いていた。

 ナタルは演習のデータがアークエンジェルの運用データとしてオーブに渡ることさえも視野に入れていたのである。
 実際には不可能な運用データは、確実にオーブ側を惑わす資料の一つになる。
 保護されていながらも自分たちの階級と所属を忘れないナタルに、ノイマンは見事に惚れ直していた。

「さすがですね」

「私には、こんな守り方しかできないからな」

「でも、貴方にしかできないことです。指示一つとっても、考慮はしていたんでしょう?」

「当然だな。シミュレーターにはない機能まで指示してやった。信憑性も上がるはずだぞ」

 余程上手くいったのか、ナタルはいつになく上機嫌だった。
 感情を表に出した時の可愛さを目の前で見せ付けられ、ノイマンは思わずナタルに抱きついていた。

「コ、コラッ」

「さすが、俺たちの中尉です!」

「おれたちの?」

「いえ、俺のです!」

 躊躇いも見せずに言い直し、ノイマンはナタルの首筋に唇を這わせた。
 服の襟と耳との間のわずかな隙間を刺激させて、ノイマンは唇を離した。
 ナタルがノイマンの頭をつかみ、引き離したのだ。

「お前、最近トノムラに感化されていないか?」

「もう少し、感情を表に出せと言われましてね」

「似合うか? 私たちに」

「……似合いませんね」

 あっさりとそう言って、ノイマンは身体を離した。
 ナタルが先に歩き始めて、ノイマンもナタルに触れることなく隣を歩き始める。

 ナタルの私室に入ると、ノイマンは早速紅茶を入れた。
 デスクに座ったナタルの前にカップを置き、ナタルが一息入れるのを待つ。
 ナタルがカップを下ろしてノイマンを見上げるのを待って、ノイマンはナタルの唇を啄ばんだ。

「……私は、この方が好きだな。お前が大きく見える」

「俺、一応コンプレックスなんですけど」

 ノイマンの言葉に、ナタルがクスリと笑う。

「私は好きだぞ。お前相手なら、ヒールを履かない言い訳もできる」

「シークレットブーツでも履きましょうか?」

 ノイマンの言い方に、ナタルは声を上げて笑い出した。

「ふっ……それに、お前の肩に顔を埋めるのも好きだぞ」

「……たしかに、俺ぐらいの身長じゃなきゃ、それはできませんね」

 憮然となるノイマンを見ながら、ナタルは楽しそうに笑っていた。

 決して楽観できる状況ではない。
 それでも、目の前の笑っている女性はすぐそばにいる。
 離れ離れになりやすい戦場をともに生き抜き、上官と部下として、親しい関係にある。
 それも、自分の感情を笑ってくれるような関係だ。

 ノイマンは憮然とした表情でありながら、ありきたりな幸せを感じていた。

 

<了>