どこまでが嘘?


 一体、アラスカで何が起きていたのだろうか。
 言われるままに輸送艦に乗せられ、ここまで来てしまった。

 ラミアス少佐とノイマンは、まだアークエンジェルに乗艦していると言うのに。
 私一人が、あの地を逃げ出してしまった。
 何がアークエンジェルの戦術指揮官だ。肝心の時に役に立てなかったではないか。

 連邦側が発動させたサイクロプスで、アラスカ基地一帯は完全に焦土と化した。
 加えて、ZAFT軍の総攻撃に曝され、一体どれほどの人間が生き残ったのか。
 バジルール家の情報網ですら、完全に事態をつかみきれていない。
 もちろん、連邦側のシークレット情報まで覗き見る余裕が今はないのだが。

「ナタル=バジルール、出頭しました」

 当面の間、私はこの上官の下で働くのだろうな。
 ラミアス少佐は軍人としては頼りなかったが、この男よりはよほどマシだ。

「……君に、この映像を見てもらいたい」

 そう言ってスクリーンに映し出された映像は、ひどく画像が悪かった。
 衛星写真か、それとも別の何かだろうか。

「画像が鮮明ではありませんが」

「だから君を呼んだ。この戦艦だが、アークエンジェルに見えはしないか?」

 言われてみれば、そう見えないこともない。
 だが、そう言われなければ判断できない程だ。

「見えないこともありません」

「この画像は、つい昨日に撮られたものだ。これが何を意味しているか、わかるな?」

 サイクロプスよりも後に撮られた写真。
 ……なるほど。アラスカから逃亡したと言うわけか。

「理解しかねます」

 私がそう答えると、上官の男は明らかに気分を害したようだった。
 簡単に顔色を悟られるようでは、大した男ではない。

「これが、アークエンジェル逃亡の証拠だ。ラミアス少佐は敵前逃亡を行い、今もって逃亡中だ」

「なるほど。では、アークエンジェルを含めた全ての戦艦は、基地とともに死ぬべきであったと」

「……君、口には気をつけたまえよ」

「失礼しました」

 生意気だということだろうな。
 父親や一族の者の力を傘にきたお嬢様め、というところか。

 バジルール家の威光など、私には関係ない。
 もちろん、勝手に誤解するのまで咎めるつもりはない。

「とにかく、君に意見を聞きたい。あのアラスカで、あの艦が生き伸びることが可能かどうか」

 この男の真意はどこにあるのだろうか。
 今の私には計りかねた。

「それは、どういうことでしょう?」

「艦長の独断だけでアラスカを脱出可能なほどのポテンシャルが、アークエンジェルにあるかだよ」

 艦の性能の点で言えば、アークエンジェルは間違いなく一級のポテンシャルをもつ。
 宇宙艦とは思えない程の性能を、地上においても発揮しているのだから。

「アークエンジェルのポテンシャルは非常に高いものです。私自身経験しましたが、
 志願兵で構成された戦闘員で、あれほどの戦果を上げられるのですから」

「なるほど。確かにそうだな。あれほどの単独行、ポテンシャルなくして成功はすまい」

 そう簡単に納得するのが、上層部の悪い癖だ。
 実際に動かして見なければわからない報告もあれば、机上の計算ではわからないこともある。

「それに、お忘れかも知れませんが、あの艦に乗っているのは元々特務を受けるほどの人間です」

「……志願兵や、現地調達兵も多いと聞くが?」

「各所に特務を受けた人間が、そのまま残っています。命令一つで、あの危機からも脱出できるでしょう」

 そう。よく考えれば、ノイマンがいなければ今頃はどうなっていたのだろうか。
 叩き上げの下士官ながらも実力を備えた彼がいたからこそ、アークエンジェルは不沈艦だったのだ。
 いくら私がどれほど正確な指示を与えたところで、彼がいなければそれも無駄に終わっていた。

「特に、ドライバーは特務当初から副操舵士でした。実力は申し分ありません」

「なるほど。だが、軍部に逆らうような人間なのだな」

「貴方のような地上の指揮官にはわからないでしょう。戦艦と言うものは、艦長の命令が全てです」

 陸軍と海軍の最大の違いは、艦長の有無だろうな。
 艦長の権限が強くなければ、艦は沈む。
 それだけ責任が重く、艦長は乗組員全ての命を預かっているのだ。

「……そうなのかね?」

「古来より、艦は左舷と右舷の組に別れています。重量の偏りによる転覆を防ぐためでしたが、
 今もその名残はあります。全てをまとめて指示を下すのは艦長だけです」

「だから、艦長の指示が絶対だと?」

「簡単に言えば、宇宙空間で艦長に逆らえば、放り出されて死ぬだけです」

 すみません、ラミアス少佐。
 私はノイマンを守るだけで精一杯です。
 他の乗組員の面倒はできる限りやってみますが、貴方だけは弁護できそうにありません。

「……わかった。職務に戻りたまえ」

「了解しました」

 心にもない敬礼をして、さっさと自室に引き上げる。
 いくら頼りなくても、ラミアス少佐の方がまだマシだ。

 

 部屋に戻り、軍服の襟を開いて、涼しい風を中へと送り込む。
 つい先日まで完全な空調の中にいた私には、少々暑さが堪えられないようだ。
 すぐに慣れなければいけないな。

「さて、そろそろ仕事をさせてもらおうか」

 端末を秘密裏に回線へ繋ぎ、バジルール家のデータベースを開く。
 久々に開いた私個人のメールボックスには、懐かしい名前がたくさん並んでいた。

 一つ一つ読んでいきたいところだが、今の私には時間がない。
 かつての同級生の結婚式は、何の恨みもないのだが、無断欠席させてもらおう。

「……これだな」

 私が最初に探した、たった一つのイニシャル。

 ”A.S”

 何でも、かつての地球で行われていたF−1と言うモータースポーツの天才的なドライバーだった人物の
イニシャルらしい。アイルトン=セナだったかな。
 このイニシャルを使って私個人の端末へ連絡をいれる人間の心当たりは、たった一人しかない。

「やはり、生きていたようだな」

 思わず吐息が漏れてしまった。
 死なないとは思っていたのだが、やはり不安だったようだな。

 やや震えた指先をしっかりと押さえて、メールを呼び出す。
 通信元は……オーブか。

『爆発からの脱出に成功。何故か、父が帰還。家の損傷は軽微。近所の行者で改装を行う予定。
 ○×#$……』

 途中からプロテクトをかけたようだ。
 プロテクトの解除方法は、これも私たち二人だけの秘密。
 今思えば、随分と乙女だったらしいな、かつての私も。

 プロテクトを解除してメールの全てを読み終えた時、私は再び吐息を漏らしていた。
 まったく……無茶ばかりする人だ。

「完全に敵対するつもりか。しかし、母と父とはピッタリのコードだったな」

 まさか、フラガ少佐がアークエンジェルに戻っているとは思わなかった。
 ラミアス少佐一人では頼りないが、彼がいるのなら何とかなるだろう。
 少なくとも、ノイマンが一人で胃痛と戦わなくてすみそうだ。

「……結局、死んだのはアイツだけか」

 キラ=ヤマトは生きていたらしい。
 結局、トール=ケーニヒだけが死んだ。
 一番守らなければならない恋人がいて、一番私たちが期待していた、彼だけが。

 戦争とは理不尽なものだ。
 死ななくていい人間から殺していくのだから。

「もう少しだけ、私も戦ってみようと思う。お前に恥じない人間でいるために」

 端末を閉じて、部屋のベッドで横になる。
 今の私の心理状態では、まったく仕事にならないだろう。

 ノイマンが生きているとわかっただけで、これだけ動悸が激しくなっているのだから。
 最後に彼が触れてくれた唇が、異様なほど熱くなっているのがわかる。

 随分と惚れたものだ。
 これは責任をとってもらわなければいけないな。

「途中で死ぬなど、絶対に許さんぞ」

 私は生き抜いてみせる。
 お前も生き抜いてくれ。

 そして私に誓わせてくれ。
 ”はい”と。

<了>