ルシアン


「ようこそ、ソワレくん」

「あぁ。お邪魔するよ」

「他人行儀なことはよしてくれたまえ」

「すまない。どうにも、居心地が悪くてね」

「ふむ。慣れてもらわねば困るのだがね」

「そういわれても、ボクは平民の家の出だよ。誰かがそばにいるというのには慣れていないんだ」

「ふむ。では、下がらせよう」

 そう言うと、ヴィオールは出迎えに出てきた使用人たちを一度下がらせ、改めてソワレへと振り向いた。

「ようこそ、ソワレくん」

「いや、もうそのくだりはいいから」

「はっはっはっ。その通りだね」

 呆れたように指摘したソワレに、ヴィオールは大袈裟に笑い声をあげた。

「それで、どこへ行くんだい」

 ソワレを伴って屋敷の中を進むヴィオールは、後ろを歩くソワレの問いかけに、足を止めて振り向いた。

「君はアルコールを飲めるクチかな」

「あまり強いものでなければ」

「では、好みのものなどあるのかね」

「好き嫌いはないよ」

「香りには敏感な方かな」

「どうだろう。とりあえず、胡椒の匂いには気付くよ」

 ソワレの答えを聞いたヴィオールは、軽く考えた後で、はじき出した結論を口にのせた。

「では、お試しの一杯を用意しよう」

「ハハッ、何でもいいよ」

 大袈裟に動きを表すヴィオールに、ソワレが小さく肩をすくめながら返事をする。
 他愛のないやりとりを繰り返しているうちに、二人は目的の部屋に辿りついた。

「では、まずは食事としよう」

「あぁ。助かるよ」

「剣は壁にかけておくといい。さすがにこの部屋に刺客が入ってくることはないからね」

「そうなのかい」

「食卓とは、そういう風に作られているものだよ」

 ヴィオールはそう言うと、奥へ聞こえるように大きく手を叩いた。
 主人の合図を聞いた侍女たちが、二人分のディナーを運んでくる。

「冷製スープです。本日はカボチャを漉してみました」

 先にスープをすくったヴィオールが、味の感想を告げる。

「ふむ。よく出来ているよ」

「本当だ。これは美味しいな」

「ふむ。味がわからないということではなさそうだ」

「失礼だな、キミは。ボクは料理が出来ないだけで、美味しいものはわかるよ」

「それは失礼した。しかし、それでこそ用意しがいがある」

 基本的には、まずソワレが料理に対する素朴な観想を口にする。
 ヴィオールはそのコメントから侍女たちにわかるようにソワレの嗜好を伝えていく感じで食事が進む。

 そうして、メインの肉料理の前に、ヴィオールは執事を呼んだ。

「セバス、カカオリキュールはあったかな」

「はい。ございますが」

「では、ルシアンを」

 主人の注文に、執事が軽く目を見張る。

 口当たりは良くても酔いやすいカクテルは、あまり女性にすすめるには適さない部類のカクテルだ。
 ルシアンはカカオリキュールとジンの香りが強く出てくるが、その実はウォッカによってかなり度数が高い。

「旦那様、よろしいのですか」

「あぁ。メインはかなり胡椒を効かせたものになるのだろう。だとしたら、先に甘い香りを楽しむのも悪くない」

「マリブなどもございますが」

「マリブでは甘すぎるだろう。結構、味の濃いものを好むようだからね」

「わかりました。こちらでお作りいたしましょうか」

「そうだね。見せてみようか」

 ヴィオール主従のやりとりを横目で見ていたソワレが、執事が下がると同時にヴィオールに尋ねる。

「何を作るんだい」

「カクテルをね」

「カクテルかい。あまり馴染みはないけど」

「普段はそのままかい」

「オレンジやビールで割ることもあるけれどね」

「では、楽しんでもらおうか」

 カートにボトルとグラスを載せて戻ってきた執事が一礼し、滑らかな動きでシェーカーにリキュールを入れていく。

「へぇ……氷を使うのかい」

「まぁ、メイドの中には魔法の使える者もいるからね」

「いい音だね」

「……どうぞ」

 カクテルグラスに中身を注いだものが、ソワレの前に置かれる。
 少し戸惑った後、ソワレが意を決して中身に口をつける。

「甘いけど、強いね」

「ルシアンというのだよ」

「へぇ、ルシアンね」

「レディ・キラーとも言うがね」

「なるほど。確かに何杯も飲めば足腰が砕けるだろうね」

「まぁ、これが飲めるなら色々と他のお酒が出せるだろう」

「試験薬みたいなものなのかな」

「あぁ。次に来てもらうときはとっておきを用意しよう」

「楽しみにしているよ……おや、いい匂いだ」

「今日のメインのようだね。煮込みではなく焼いたのかな」

「鳥の黒胡椒焼きでございます」

「美味しそうだ」

「いただくとしよう」

 メインの鳥料理を美味しそうに平らげるソワレを見て、ヴィオールが嬉しそうに笑う。
 調理された鳥をしとめたのは彼であり、調理の指示を与えたのも彼だったからだ。

「いやいや、実に美味しそうに食べてくれる。これでは料理人も腕の振るいがいがあるというものだ」

 主人の言葉に、執事は控えめに、しっかりとうなずいていた。

 

<了>