返事は「はい」


「さぁ、指輪を買いに行こう」

「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ」

「何か問題でもあるのかい」

「問題はないが、唐突過ぎないかね」

「唐突って、キミが結婚を申し込んできたんじゃないか」

「それはそうだが、何事にも順序というものがあってだね」

「何を飛び越したっていうんだい」

 口許をとがらせて腰に手をつき、ソワレがいかにも怒ってますよという空気を前面に押し出しながら尋ねる。
 ようやく会話の主導権を取り戻したヴィオールは、タイミングを逃さないためにも間を空けずにご託を並べる。

「まず、ソワレくんの指のサイズをだね」

「そんなの、ボクだって知らないから却下だ」

「知らないって……今まで、君は指輪をつけたことがないのかい」

「ない。大体、剣を振るのに邪魔になるじゃないか」

「な、なるほど」

「ほら、もう疑問は解消されただろ」

 そう言って歩き出そうとするソワレに、ヴィオールは急いでご託を繋いで足を止めさせる。

「指輪の意匠やそれにこめる意志をだね」

「石の種類なんて、店に行って選べばいいだろう」

「いやいや。その、台座に彫る紋様だとか」

「ボクの家には家紋はない。もし指輪に紋様を彫る必要があるのなら、それはキミの家のものでかまわないよ」

「いやいや、別に家紋を彫るわけではないのだが」

「二人で新しく紋様を作るというのなら、ボクはそういうものが苦手だから、どちらかと言えば無くていい」

「いやいや、石の種類も大事だし」

「だから、店に行って選べばいいって」

「誕生石にするとか、石にこめられた意味とかだね」

「そんなもの、店でも決められる」

「そ、それはそうなんだがね」

 しどろもどろになってきたヴィオールに、ソワレがとどめとばかりに指を立ててヴィオールの前へと突き出す。

「もしかして、キミはボクとの結婚に反対なのか」

「そんなことがあるはずがないだろう。私の想いは、以前から君に伝えてきたものに偽りはない」

「だったら、問題ない。さぁ、行こうか」

 ソワレに押し切られた格好で、二人はソワレの先導で城下の街並みを真っ直ぐに進んでいく。
 しかし、前を歩くソワレが何度か立ち止まりながら進んでいることにヴィオールは気付いた。

「ソワレくん、どうしたんだね」

「いや、教えてもらったんでね。道を確認しないとわからないんだ」

「ソワレくん、誰に教えてもらったんだね」

「ん、スミアだよ」

「スミアくんか。確かに天馬騎士である彼女なら、装飾品に対する目も確かだろうね」

「まぁ、ボクよりは絶対だな」

「しかし、彼女の案内だけでわかるのかね」

「いや、正直、どうも視点が違うようだ。看板や木を目印に教えてもらったんだけど、どうも見つけ辛いんだ」

「ふむ。それはそうだろうね。背の高さも違えば、日頃からの視点が違う」

「天馬に乗っていると、俯瞰的にものを見るようになるのかもしれないな」

「あぁ。だけど、もうそろそろ着くはず……あ」

「ふむ。あの店のようだね」

 宝石商の看板を見つけた二人が店内に入ると、中では人のよさそうな妙齢の女性が店番をしていた。
 入ってきたばかりの若い二人に気付くと、女性はとびっきりの笑顔を向けた。

「いらっしゃいませ」

「や、やぁ」

「ふむ。指輪を見せてもらいたいのだが」

「婚約指輪でしょうか」

「あぁ。彼女に贈りたいのだが」

「すぐに、いくつかお持ちしますね」

 奥へ引っ込んだ女性と隣にいるソワレの様子を見ていたヴィオールは、落ち着かないソワレに肩をすくめた。

「不慣れのようだね」

「あぁ。実は、こういう店に入ったのも初めてなんだ」

「では、たっぷりといじられたまえ」

「そ、そういうものなのか」

 一際背筋を伸ばしたソワレに、指輪を載せた盆を手にした女性が戻ってくる。

「お客様でしたら、このようなものがよろしいかと」

 横から指輪を覗いたヴィオールは、それらの出来の良さに感嘆のため息を漏らす。

「ほぅ……これはこれは。カラーダイヤまで」

「えぇ。やはり赤い髪の方には定番ですから」

「に、似合ってるかどうかがわからないな」

「着けてみますか」

「はい」

 おずおずと右手を出そうとしたソワレに、ヴィオールは優しく左手を持ち上げた。

「落ち着きたまえ」

「す、すまない」

「こちらでどうですか」

「うわ……綺麗だな」

「ふむ。台座はもう少し太めの方がよさそうだ」

「お時間さえいただければ、ご用意いたします」

「あぁ。それと、同じ意匠のトップがあれば、チェーンと一緒に用意してもらいたい」

「はい。そちらは何組」

「指輪と同じだよ。我々は戦場に立つ身でね。日頃から指輪をするわけにもいかないのだよ」

「わかりました。すぐにお持ちいたします」

「よろしく頼むよ」

 もう一度奥へ下がった女性を見送り、ソワレがようやく緊張のとれた表情を浮かべる。

「確かに、戦場に指輪は似合わないな」

「チェーンならば、邪魔にはならないだろう」

「あぁ。キミがそこまで考えているとはね」

「失敬だな。私はいつでも本気であり、全力だよ」

「ははッ、そういうことにしておこうか」

「ふふふ」

 軽く笑いあった後で、ソワレがふと真顔に戻る。

「高くないのかな」

「ソワレくんが心配することではないな。こう見えても、私も貴族なのだよ」

「借金のある貴族だろう」

「金があっても借りるべきところもあるのだよ。特に、今回のような世界を股にかけた戦争の場合はね」

「そうなのかい」

「あぁ。誓って、当家は苦しい台所事情ではないよ」

「まぁ……ボクはキミを信じるよ」

「そうしてくれたまえ。おや、用意できたようだね」

 戻ってきた女性の用意した首飾りに、ヴィオールは満足げに頷き、ソワレもその美しさに目を奪われた。

「どうでしょうか」

「素晴らしいよ」

「うん、綺麗だし、凄い」

「これにしようか」

「指輪と同じ職人が作りましたから」

「では、これをいただこう。指輪が仕上がるまで、どれくらいかかるのかね」

「台座からですので、一週間もあれば」

「では、また来るとしよう」

「はい。ありがとうございます」

「では、今日はこのあたりで」

 そう言うと、ヴィオールは首飾りを手に、ソワレの背後に立った。
 ヴィオールの意図を察したソワレも、首を傾けて静かに時を待つ。

「……どうかな」

「ありがとう。チェーンも軽いし、気にならないよ」

「素晴らしい」

 振り返ったソワレの額にキスを落として、ヴィオールは笑顔でソワレの肩を抱いた。

「共に歩もう、これからを」

「あぁ」

 そう答えたソワレに、ヴィオールは意地悪く笑う。

「返事は」

「ボクとしたことが」

「返事は」

「はい」

 そう答えたソワレの腕に、ヴィオールは力強く抱き寄せられた。

 

<了>