桜餅といえば道明寺
「あのね、お願いがあるんです」
「どうしたのよ、サクラ」
「あの、本当にお暇だったらでいいんですけど」
「何言ってるのよ。サクラのお願いなら、大抵のことなら二つ返事で引き受けるわよ」
いつものように恐縮しながら声をかけるサクラに、背筋をまっすぐに伸ばして堂々と受け答えをするカザハナ。
傍目に見ていれば、どちらが主従かわからない二人である。
「あの……桜餅なんですけど」
「あぁ。最近、店頭に並んでいるわね」
「その桜餅の」
「食べに行きたいのなら、ついていくわよ」
「いえ。その、つくり方を知らないかと」
サクラの言葉に、カザハナがピシリと固まる。
武芸者としては一流のカザハナだが、こと花嫁修業という点に関しては護衛を理由に避けてきた節がある。
そうでなくても和菓子というものは難しく、普通の主婦でもつくろうとは思わないものである。
「うん。無理」
「そんな、あっさり」
「だって、桜餅は食べるものって認識だったもの。自分でこしらえるものなんて思わなかったわ」
「私もそうなんですけど」
「だったら、それがまた……どうしてかは聞くまでもないわね」
顔を赤くしてうつむき加減なサクラの様子を見て、カザハナはサクラがどうして桜餅をつくろうなどと言い出したかを悟る。
この場にいない、おそらく初めてできたであろうサクラの想い人の顔を思い浮かべ、その童顔の頬を想像の中でつねってやる。
「さすがに和菓子は難しいんじゃないの」
「うぅ……そうですよね」
「どこかで買って、一緒に食べればいいじゃない。いつもみたいにさ」
どうしても一言付け加えてしまう自分の気持ちに舌を出しながら、カザハナが当然の提案をする。
しかし、今回は珍しくサクラが譲らなかった。
そして譲らなかった場合の意志の強さは、カザハナもよくわかっている。
「今日は時間があるので、自作してみようかと思ったんです」
「だったら、つくれるものをつくればいいじゃない」
「でも、いつもいつも同じような甘味では思ってて、ちょうど桜餅の季節だなって、この間お話してて」
「はいはい。桜餅を持っていきたいんだけど、せっかくだから手作りを食べてもらいたくて悩んでいるわけね」
「いえ。その、手作りを食べてもらえるかどうかはわからなくて。でも、上手くできたら気付かれずに食べてもらえるかな、なんて」
「はいはい。そこで自信のあるお菓子でも持っていけばいいのに、初恋のサクラ様は見栄を張りたくて仕方がないと」
「見栄なんて、そんな。初恋でもないですッ」
「はいはい。隠したいけど隠せなくておろおろしてると」
「カザハナッ」
自分をからかってくる幼馴染み兼護衛に、サクラが顔を真っ赤にしながら声を大きくする。
それすらも可愛いと思える自分は末期なのかと思いつつ、カザハナも敬愛する主人の頼みに応えるべく知恵をしぼる。
「あ、いいのがいるわ」
ある人物を思いついたカザハナが、ポンと手をたたく。
「この時間なら鍛練場か厨房よね。まぁ、もう厨房かな」
「どなたですか」
「ツバキ。アイツなら、和菓子ぐらい作れそうじゃない」
「確かにそうですね」
「よし。捕まえて聞いてみようよ」
昼食後の片付けに忙しそうな厨房をのぞくと、白い前掛けをかけたツバキが下働きの者に混じって食器を洗っていた。
妙にその場に馴染んではいるが、彼もれっきとしたサクラの護衛騎士である。
「相変わらず何をしているのよ」
「いや、忙しそうだったからね」
「人の仕事を取るものじゃないわよ」
「いやいや。忙しいときはお互い様。それに、後で厨房を使わせてもらおうと思っていてさ」
「ふうん。ま、いいけどね。それでさ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「カザハナがかい。珍しいね」
「サクラ様よ」
「では、何なりと」
「何よ、その違いは」
「当然の違いだよ。それでサクラ様、何をご所望で」
「はい。あの、桜餅のつくり方はわかりますか」
「それは偶然。今日、ちょうどつくろうと思って、材料を用意してあるんですよ」
「あ、あの、教えていただいても」
「もちろん。甘さ控えめの餡子でつくる道明寺ですが」
「よろしくお願いします」
三人の会話を横で聞いていた下働きが、ツバキの手から作業を奪い取り、笑顔で厨房の奥を指さす。
三人が感謝の言葉を告げて奥へと入る途中で、カザハナはツバキの腕を引いた。
「ずいぶんと準備がいいのね」
「まぁ、機に聡いのも大事なことだからね」
「大丈夫なんでしょうね。和菓子は難しいって聞くけど」
「餡は市販もの。粒を残した餅をつくってまとめるだけだよ。出来の良いものを渡せばいいだろう」
「……頼りにしてるわ」
「お任せを」
三人で作業を終えると、厨房の作業台の上にたくさんの桜餅が並ぶ。
いくつか形のいびつなものがあるものの、同じ数程度には形の揃ったものもあった。
「……こんな感じですかね」
「本当に大丈夫なんでしょうね。見栄えは合格点のようにも見えるけど」
「作った数も多いですし、試食してみるのはどうでしょうか。ねぇ、カザハナ」
「サクラ、それって毒見じゃないの」
「いえ、そんなつもりは」
「あのね、そもそも餡は市販のものだし、心配なのはせいぜい餅が固いかどうかってことぐらいですけど」
自信のなさを前面に押し出してくる女性二人を見ながら、端々で味を確認していたツバキは心外だというように腰に手を当てる。
「ツバキだと信頼も置けないし、あたしが食べるわ」
そう言うと、意を決したカザハナが作りたての桜餅に手を伸ばす。
少し大きめに桜餅にかぶりついたカザハナは、しばらく味わった後で目を輝かせた。
道明寺と呼ばれる桜餅は、その粒の残った餅が何よりも特徴である。
この粒の残った餅が包むのは粒餡であり、二つの粒々とした食感が楽しい。
また、粒のある餅のおかげで意外と綺麗に噛み切れる食べやすさが好まれる。
「上等よ、上等」
「本当ですか、カザハナ」
「うん、大丈夫よ。これならバッチリね」
「ありがとうございます、カザハナにツバキさん」
花も恥らうような笑顔でお礼を告げたサクラに、手際よく箱詰めを終えたツバキが桜餅を持たせる。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「俺とカザハナで後はしておきますので、サクラ様は鮮度が落ちないうちに持っていってあげてくださいね」
「はい」
箱の中身を揺らさないように、駆け出したくなる足を押しとどめるようにして、サクラが厨房を出ていく。
「さて、後はこれを片付けなきゃね」
サクラの姿が見えなくなって、カザハナが残された桜餅を前に息を吐く。
手際の良いツバキが折を見て片付けていたおかげで、残された二人のすることは余った桜餅の処遇だけである。
「サクラ様はどなたに持っていかれたのだろう」
「それは、あの方でしょ」
「ツクヨミ様かな」
「名前を出さないの」
「ふむ。では、この桜餅はリョウマ様にもお裾分けしようか」
「リョウマ様って、甘いものがお好きだったかしら」
「サクラ様の作ったものなら、食べ損ねられるとお可哀想じゃないか」
「それもそうね。どうせなら、一緒にいる人たちにも分けてしまいましょう」
どうにか残りの桜餅を箱に詰めて、ツバキがその箱を持ち上げる。
「カザハナも誰かにあげたければ箱詰めするよ」
「失礼な。いないわよ」
「そう。これを機に誰かと距離を縮めてみるのは」
「あんまりしつこいと、次の訓練で容赦しないわよ」
「それは嫌かな」
「大体、アンタこそどうなのよ」
「すべての女性に優しく。それがパーフェクトな男だと思わないかい」
「どうかしら。誰か一人を決めつつ、その子に迷惑をかけない程度に女性には優しくっていうのが、本当の理想なんじゃないの」
「なるほど。カザハナはそういう男が好みだと」
「一般論よ、一般論」
「一般論ね」
軽口を叩きあいながらリョウマの部屋までやってきた二人は、珍しく一人で仕事を片付けていたリョウマに声をかけた。
「リョウマ様、お茶にしませんか」
「カザハナか。珍しいな」
仕事の手を止めたリョウマが、珍しい組み合わせの二人に小首をかしげた。
「サクラ様の作られた桜餅です。お茶請けにどうぞ」
「サクラの手作りか」
ツバキがリョウマへ箱の中身を見せると、リョウマは天井に向けて手を叩いた。
音もなく姿を見せたサイゾウに、リョウマが側仕えを呼ぶように告げる。
「お茶を入れてもらってくれ」
「ハッ」
「お前たちもどうだ」
「いえ。私たちはこれを配ってまわろうかと」
「ここへ呼べばよい。サクラの姿が見えないが、サクラはどうしたのだ」
「サクラ様は他の方々のところに」
「そうか。若い者で親睦を深めるのも良かろう。では、ここへはヒノカたちでも呼ぶとしよう」
そう言うと、リョウマは部屋を出ようとしていたサイゾウを呼び止めた。
「サイゾウ、ヒノカのところへ行き、サクラがいないようであればここへ呼んできてもらえるか」
「承知しました」
指示を受けて、サイゾウが今度こそ音もなく姿を消す。
再び箱の中身をのぞいたリョウマが、中の桜餅の形状を見て目を細めた。
「道明寺か」
「お好きですか」
「いや、懐かしく感じたのだ。その昔、父が買ってきてくれた桜餅が道明寺でな」
「そうでしたか」
「食べた後で桜餅にはもう一種類あることを知って、菓子の世界も奥が深いと思ったものだ」
「サクラ様もご一緒にお食べになられていたのですか」
「昔は兄妹で食べたものだ。サクラが自分で作れるようになったとは」
感慨深げにうなずくリョウマに、カザハナとツバキの二人は顔を見合わせて微笑みあった。
<了>