TALISKER


 

「一人だけど、いいか」

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」

 街へ出たのは久しぶりだ。
 アグストリアに駐留するようになって、しばらくは本国との連絡経路や手段を工作するのに手間取った。

 この店を見つけたのは偶然。

 本国とのつなぎのために調べていた最中に見つけたけれど、結局は別の店を使うことに決まった。
 それでも雰囲気とマスターの人柄が良くて、こそこそと顔を出している。

「何にしましょう」

「ビールを頼む」

「はい

 無難にビールを頼んで、カウンターに座る。

 魔道師の少ないこのアグストリアでは、宮廷にいた頃のようにカクテルを頼むことは少ない。
 育ってきたドズルも酒は原酒であることが多く、このアグストリアはその点でも無骨なのだろうと推測できる。

「どうぞ」

 アグストリアのビールは、どちらかと言えば甘い。
 無骨な感じのするレンスターのビールとは毛色が違う。

「……ふぅ」

 半分ほどを一気に飲んで、グラスを置く。
 壁に並べられているウイスキーのボトルは、前に訪れたときからいくつかが変わっているようだ。

 見慣れないラベルはないかと探していると、マスターが話しかけてきた。

「最近は情勢が落ち着いてきましたね」

「そうかい」

「えぇ。流通が落ち着きました。今までは南ルートだけが安定していたんですがね。最近は北ルートからの流通も増えてきました」

「北というと、マディノ辺りか」

「マディノもいいんですけどね。オーガスタ辺りの地酒というのが、これも面白いものが多くて」

「オーガスタねぇ。寂れた漁村があって、あまり航路を取りたくないって言う商人もいると聞くが」

「それは大商人の話ですよ。まぁ、私には酒以外は関係のない話です」

 自分で話題を振っておいて、酒以外は興味なしかよ。

 まぁ、冗談っぽく言っているから、珍しいお酒でも手に入ったんだろうな。

「何か珍しいのが入ったんだな」

「えぇ。見ませんか」

「頼む」

 マスターが取りに行っている間に、グラスの中身を適度に減らしていく。

 硬派なビールではないので、飲み口は軽い。
 その気になればすぐに飲み干せてしまう程度だが、今日は杯数を重ねる気にはなれなかった。

「これです」

「見たことのないラベルだな。まぁ、あまり詳しくもないが」

 アグストリアの地酒なんて、見たことも聞いたこともない。
 宮廷に上がってくるような酒でも、なかなかアグトリア産のものはこなかったからな。

「タリスカーというんです」

「どういう味なんだ」

「海洋性気候の島で作られていましてね。一言で表すのなら海の男という味でしょうか」

「強そうな酒だな」

「これは通常のものですから、少し若い風味ですね。独特の香りがしますよ」

「ストレートで飲む感じか」

「そうですね。加水用のチェイサーも用意しますので、飲んでみますか」

「せっかくだから」

「では」

 マスターが新しいグラスを用意している間に、残っているビールを飲み干しておく。
 甘めのビールの後に出してくるのだから、よほどその味は力強いんだろう。

「どうぞ」

 一口含んで、少しずつ空気を抜いていく。
 強烈なピート香に嗅覚と味覚が占拠されて、荒々しいウイスキーの風味が追いかけてくる。

 このアルコール度数を示すような舌の痺れと、いつまでたっても残るとげとげしさ。
 水を含んで緩和させたいのをこらえて、その奥に何かないかを待ってみる。

「こういう味か。ガツンとくるな」

「少し普通のものとは違うでしょ」

「たなびく感じがしない。このとげとげしさは何とも言えない。熟成させると違う風味になりそうだが」

「十年以上寝かせたり、樽を変えたりすれば面白そうですがね。まぁ、この風味は嗜好品です」

 ようやく水を含んで、舌を洗う。

 強烈な後味は、思っていた以上に簡単に流れていく。
 加水してもあまり特徴は変わらなさそうだ。

「美味しいが、取引には使えない酒だ」

「まぁ、地酒というものはそういうものでしょう」

 二口目もストレート。
 今日はこれで冒険は終わりになる酒だった。

 

<了>