ソルティ・ドッグ


「何か作ろうか」

「甘いのを」

 エーディンの要求に、僕は丸いグラスを選んだ。
 いつの頃からか、僕たちはこうしてカウンター越しに話すようになった。

「珍しいわね」

「いろいろと暇だからね」

 ユングウィへの侵攻に対して、僕はレックスとともにほとんど単身でシアルフィへと乗り込んだ。
 バーハラにいる兄上の指示を待つ猶予などないと判断したからだ。

 僕たちが思っていた以上に、シアルフィには騎士団の兵士たちが残っていなかった。
 ユングウィに至っては、まともな戦力となれる者が皆無だと思えるほどに。

 おそらく、本来はシアルフィとユングウィの共同で、一つの大騎士団を構成しているのだろう。
 シアルフィに遠距離戦闘を得意とする部隊はなく、ユングウィにもまた近接戦闘を主体とする部隊はいなかった。
 ヴェルトマーの騎士団を例に挙げれば、近接と遠隔のどちらかの戦闘部隊を極端に削減することはあり得ない。

 シアルフィとユングウィにはよい牧場があり、ともに騎乗戦闘を得意とする部隊を主力としている。
 そのため、このような戦力の不均衡による分業制を思いついたのだろう。
 コストをカットするためには、かなり有効な策だと言える。

「ノーススタイルね」

「ここには色々なグラスがあるからね」

 ヴェルダンではガラス工芸が特産品として育っていて、グランベルとの貿易の中でも、ガラス工芸品はかなりの割合を占めていた。
 ユングウィからもヴェルダンに近いこともあって、職人の行き来があるのだろう。
 エーディンもかなりのガラス工芸品を持っているのを見せてもらったことがある。

 残念ながらヴェルトマーには焼き物の窯場はたくさん存在するのだけど、ガラス質の土が国内では採掘できない。
 そのため、ガラス工芸に関してはかなり後塵をはいしている。

「あまり粘度はない方がいいわ」

「わかった」

「氷も使ってくださるかしら」

「珍しいね。疲れてるの」

「そうかもしれないわ」

 肉体的な疲労ではなく、精神的な疲れだろう。
 ヴェルダンに誘拐されたことに始まり、あまりにも多くのことが一度に起こり過ぎている。
 それもエーディンの得意とする土俵の上ではなかったのだから、疲れきっていても当然だ。

「アルコールは」

「控えないで」

「わかった」

 どちらかと言えば温暖な気候であるこの地域では、天然の氷など手に入れることはかなり困難だ。
 あるのは魔道によって作り出された氷ぐらい。

 まぁ、僕はその氷を作る術を知っているけれど。

「グレープフルーツは大丈夫だよね」

「えぇ」

 出来る限りの涼味を出そうと、フルーツを絞る。
 金属のシェイカーに酒と果汁を注ぎいれ、カクテルスプーンで素早く撹拌させていく。

「アゼルのオリジナルレシピかしら」

「他国で作る時のレシピかな」

「あら、そうなの」

「酒の種類とフルーツの種類に応じて、臨機応変にね」

「相変わらずね、アゼルは」

「ありがとう」

 別のグラスの中で角を取った氷をシェイカーに加え、かるくステアする。

「はい、どうぞ」

「白いのね」

「シェイクすると、もう少し色がつくよ」

 エーディンがカクテルを口に含み、満足げに頷いてくれた。

「さすがね」

「何も聞かないでいようか」

「あら、バーテンダーでも気取るつもりなのかしら」

「カウンターの内側にいる時ぐらいはね」

「親友としてではなくて」

「親友だったかな、僕たちは」

「それもそうね」

 幸い、誰もこの席に加わる気配はない。
 僕は自分のグラスにワインを注いで、カウンターの外へ出た。

「とりあえず、君が謝ればいいと思うよ」

「あら、どうして」

「君が甘いものを食べたくなっているときは、君自身にイラついているときだから」

「誰がそう言っていたのかしら」

「君の想う人」

「何故、貴方にそのような話を」

「たまたまかな」

「一人にしてくださるかしら」

「これを飲み終わったらね」

 グラスを傾けて、僕は視線を外した。

 あと数分で、彼はここに来るだろう。
 エーディンもまた、彼を待っているのだ。

「いつから、これほど可愛くなくなったのかしら」

 エーディンを探す足音が近づいてくる。
 足音に気付いたエーディンが、カクテルに口をつける。

「じゃあ、お先に」

 ここから先は、彼の出番。
 君は黙って彼をいじめればいいじゃない。

 

 

 ソルティ・ドック

 酒言葉は『寡黙』

 

 

 

<了>