禁忌の子
聖戦が終わり、俺はシャナン様とともにイザークに帰ってきた。
正式にイザーク王位を継いだシャナン様の側近として、軍を統括する将となった。まだまだ他の族長たちに比べれば若輩者だけど、それなりに仕事にも慣れてきた。
日々を切り抜けることに精一杯だった頃に比べれば、随分と余裕も持てるようになった。「スカサハ、そろそろ縁談の話が来ているのだが」
ただ一つ、苦労しているのはシャナン様からのお見合い攻勢だ。
顔を合わせない日を作るわけにもいかず、毎日のようにこの手の話を織り交ぜてくる。シャナン様自身は、イザークの有力な族長の娘といい仲らしい。
時間を作っては、王宮に召抱えた相手と会っているという噂も聞く。「いやいや、俺にはまだ早いです」
「そう言ってもな。お前に縁談の話が多く寄せられているのだ」
「俺なんか、もったいないですよ」
確かに、イザークの将軍としてはそれなりの地位もある。
けれどもそれはシャナン様の側近であり、母上の子供であるところが大きい。
俺が何かを成し遂げて得た地位でもなく、飾りにならないように振舞うので精一杯だ。「まさか、解放軍の中に想う相手がいたのではないのか」
「それほどの余裕はありませんでしたよ」
「だが、いつまでも剣一筋というわけにもいかないのだ」
「まぁ、そういう時期になれば自然と考えるようになりますよ」
シャナン様にはそう返してきたものの、心に引っかかる相手は一人だけいる。
解放軍の盟主でもあったセリス様の異母妹様だ。はかなげで、いつ折れてしまっても不思議ではないような彼女は、今頃どうしているのだろうか。
セリス様の黒い部分に触れて、手折られてはいないだろうか。だからといって、彼女に恋をしているわけでもない。
ラクチェには心配性と言われるが、どうも他人のことが気になる性質だ。
直接には動かない分、妹のようにお節介と言われることはないのが救いだが。「よぉ」
ラクチェのふくれた顔を思い出していた俺は、突然の呼びかけに反応が遅れた。
それよりも、自室にいた他人の気配に気付かなかったことが問題だ。「……突然だな」
「まぁな」
部屋にいたのは、神出鬼没の魔道士だった。
武人としては甚だ遺憾だが、彼の気配は至極読み辛い。「久しぶりだな」
「あぁ。元気そうだな、お互いに」
「こちらへ来る予定があったのか」
「いや、行きたくなったら即行動だ」
この男の……いや、魔道士という人種の思考が俺には理解できない。
彼は公爵位を継いだはずの人間だ。
公爵というものがそれほど簡単に動き回れるとは思えない。「公爵、だよな」
「一応な」
「いいのか、出歩いて」
「ウチはそれほどひ弱な国じゃないからな。トップがいなかろうが、国は動くもんだ」
「見習っていいのか、それは」
「ダメだろうな、多分」
頭痛のしそうな会話を止めて、俺は水差しからコップに水をそそいだ。
無断侵入してきた公爵にも水を勧めて、俺は水を飲み干した。「アーサー、何か用なのか」
「あぁ」
「何か緊急の事態でも」
「セリスがユリアを後宮に入れた」
「そんな……ユリア様はセリス様の妹ですよ。それに、ラナだっているのに」
セリス様ほどではないけれど、ラナだって相当に嫉妬深い。
そのラナを差し置いて、ましてやユリア様を後宮になんて。「入るのは一人。実質、幽閉だな」
「幽閉って」
「ユリアの中の血を考えれば、外に出すわけにはいかないだろう」
言いたくはないけれど、禁忌で生まれた子供だとは聞いたことがある。
そして、ナーガをその身の中に住まわせている。
いくら光の竜だとはいっても、竜族であることに変わりはない。「それじゃあ」
「出れなくなるだろうな。寂しく一人で暮らすことになる」
「そんな……」
「そこで、スカサハに相談だ」
そう言って、アーサーがぐっと寄ってきた。
離れる前に、服をつかまれる。「ユリアを盗め」
「な……盗めって」
「後宮までの手引きはできる。あとはお前がユリアを連れ出せ」
「ユリア様を連れ出せって、戦争になりますよ」
「イザークなら、戦争にはならないさ」
「アーサーだって、それぐらいのことはできるだろう」
「公国内に留め置けば、必ず紛争の種になる。国外へ出す必要があるんだよ」
「だからって、ユリア様の意志だって」
「そいつは自分で確かめるんだな」
それだけ言って、アーサーが身体を離す。
追いかけようとした俺の目の前に、風の壁ができていた。「ちょっと、アーサー」
「具体的な手引きは、お前が覚悟を決めてウチに来てからだ」
覚悟を決めるって、強引過ぎる。
大体、連れ出した後はどうするのかがわからない。「いい返事を待ってるぜ」
「ちょっと、アーサー」
来たとき同様、彼は音もなく消えていった。
俺は無意味に伸ばした手を下ろして、荒々しくベッドに腰を下ろした。「ユリア様が幽閉だって」
その点に関しては、可哀想だとは思う。
だけど、後宮から連れ出してどこに行けばいい。俺の居場所はイザークにしかないし、彼女をイザークに連れてくることになるのか。
そんなことをしたらどうなるか、想像するまでもないだろう。「いきなりなんだよ、いつもいつも」
どうして俺の周囲の人間は、いつもこう唐突なんだ。
そのくせ、即答を求められることばかりだ。「わかったよ。やればいいんだろう、やれば」
俺は勢いよく起き上がると、シャナン様の私室へと足を向けた。
これから始まる大騒動を主演する、許可をいただくために。
<了>