新説・炎の紋章外伝
FINAL
結局、本隊と離れる結果になったメング三姉妹は、アーサーの前に立ちはだかったセティ、フィー、ティニーと
戦うしかなかった。
「アーサーに、手出しはさせないんだからねッ」
「この虫けらがッ」
繰り出される槍をやすやすと弾き返し、フィーは余裕を見せ付ける。
「王家直属のファルコンナイトに、勝てるとでも思ったの? 身の程知らずは、貴方の方よ!」
「お兄様の邪魔を、お姉様の邪魔をしないでください」
「黙れ! この裏切り者がッ」
容赦ない批判に、ティニーの肩が震え出す。
「えぇ……私は裏切りました。伯父上を殺し、伯母上を殺し、私を育ててくれた者を」
槍が、ティニーの美しい顔に幾筋もの血を流させた。
「それが例え父様の理想の為とは言え、私は多くの血を流してしまった」
「だったら、あの世で反省するがいいさ!」
勢いよく突き出された槍を、雷が撃った。
槍の先が弾け飛び、逆に槍の持ち主の頬を切る。
「……恨まれても仕方がない。殺されても何も言えない。けど、貴方のような人に、負けることはできませんッ」
「クッ」
「私を殺すことが出来るのは、私より重い十字架を背負う方だけなのです!」
「何故、手を出した?」
「フン、主君を守るのは当然の勤め」
「決闘という場に、無粋な……」
「それは勝ってる者の言うセリフさ。負けている者は、どんなことをしても勝つ為に戦うんだよッ」
メングとセティの戦いは、牽制が続くだけだった。
ただ、二人の間には言葉という武器が飛び交い、ガードもなにもない、ただの撃ち合いが続いた。
「実際、お前達だってそうしてここまでやって来たんだろうがッ」
「……否定はしない。殺さねば殺される。戦場の掟だ」
「ならば、貴様に何を言われる筋合いもない」
「だが、お前達は主君の決闘の場に、土足で踏み込んだのだぞ」
メングの槍が、初めてセティの篭手に当てられる。
ペガサスを近づけ、メングの顔がセティの顔に迫る。
「あの方は死ぬおつもりなのだ。主君の死を黙って見ていられる程、私は騎士ではなかった」
「女だとでも言うのか?」
「……私も人間だったのだ。兵士である前に、人の死を嫌う、人間なのだ」
「何故、最初から気付かなかった」
「守るものがある。それだけだ」
メングの槍が篭手を弾く。
「無意味なものだな、戦いとは」
「無論! 無意味だからこそ、人は戦いにひきづられてゆくのだッ」
セティの構えが変わった。
「戦い、生き残った者に印象を残して死んでゆく……それが、このメングの誇りだ!」
戦場を抜け、アーサーは自らの服の汚れを払い落とした。
待っている者の許へ向かう。
「……遅かったね」
彼を待った女性は、背後を気にすることなく、彼を出迎えた。
「少し時間がかかってしまった」
「待つのはもう、慣れているわ」
「姉上……本当に戦うのですか?」
彼は顔を伏せて、答えを待った。
「戦わなければ終わらない」
「降伏、して下さい、姉上」
「……出来ない相談よ、アーサー」
先程までの気丈さはなく、優しい、彼の姉がそこにいた。
「何故ですッ」
かつては見上げていたその顔を、今では見下ろすようにしている彼の目に、涙が光った。
「アーサー……人は変わってゆくわ。私はもう、全てをユリウス様に捧げたのよ」
「捧げたのなら、僕が取り戻す! 降伏、して下さい、姉上ッ」
彼女の腕が、アーサーを捕らえた。
「大好きだった……例え弟と呼んでいても、私は貴方を愛せた。でも、今はもう愛せない。今の私は、違うから」
「…上ッ」
「本当は追いかけたかった。でも、私を必要としてくれたから……ユリウス様に全てを捧げたの」
泣き出したアーサーから身を離し、イシュタルはトールハンマーを構えた。
「それに、貴方に身を捧げた人に怒られるわ。何年も放っておいて、虫が良すぎるって」
微笑んだ彼女に応える為、アーサーもエルファイアーの書を構える。
「ユリウス様の為に!」
「イヤダァッ!!」
暗い執務室で、ユリウスはマンフロイが死亡したことを告げられた。
無表情にその報告を受け取ったユリウスは、静かに吐息をついた。
「俺は……父上の手の上で踊らされていたと言うのか?」
誰一人として、ユリウスの側には近づかない。
「誰でもいい、俺に、真実を教えてくれ」
イシュタルの肌の温もりは、既に消えようとしていた。
「イシュタル、俺は、お前を……」
ユリウスの頭脳が鈍い痛みを放ち、思わずうずくまる。
イシュタルの温もりは、完全に過去のものとなった。
「もはや、これまでだと言うのか? この俺に、最後を突きつける者がいると言うのかッ」
ユリウスの炎が暴走し、執務室のカーテンを燃えす。
燻るような煙の後に、暗い妖気が炎を掻き消す。
「イシュタル……何故だ、何故来ないッ」
執務室の扉が開かれた。
「ユリウス様、御報告が……」
有無を言わせず、ユリウスは入って来た兵士を魔力で握りつぶした。
「俺は信じんぞ……イシュタルが負けたなどと……そして、この俺が負けたなどと!」
ユリウスの咆哮が、薄暗いバーハラ城に響き渡る。
ナーガはもう、すぐそこに迫っている―――
<完結>