偽りの強さ


 アゼルの頬を、敵の矢がかすめた。

「僕は、この程度では止まらない!」

 敵の矢が次々と飛んで来る中を、アゼルは猛然と愛馬を駆った。

「邪魔をするなッ、貴様達に用は無いんだ!」

 敵のボウアーマー集団の中へと、アゼルはたった一人での突撃を開始した。

 

 


「……何ですって?」

 シグルドに呼び止められたアゼルは、シグルドの言葉を聞き返した。

「そうだ。ティルテュ公女と、クロード神父が塔へ行ったまま戻って来ていないのだ」

「そんな……ティルテュ達は大分前に出発したではありませんか」

「そうなのだが、どうも、な。ひょっとしたら、オーガヒルの海賊たちが動き出しているのかもしれない」

 シグルドの推察に、アゼルの顔が蒼白となる。

「……海賊」

「あくまでも噂なんだがな」

「噂でもなんでも、ティルテュが危ない」

「アゼル公子、頼まれてくれないか?」

「もちろんですッ。ティルテュにもしものことがあれば、どうしたらいいのか……!」

 今にもシグルドに背を向けて駆け出そうとしているアゼルを、シグルドは呼び止めた。

「待ちなさい、アゼル公子。貴方だけでは不安だ。アレクとノイッシュを護衛につけるから、せめて彼らが
 戻るまでは自重して欲しい」

「バカ言わないで下さい! そんなの、待ってられません。僕は一人でも行きます!」

「公子!」

 シグルドが止めるのも聞かず、アゼルは愛馬に飛び乗ると、マディノ城を飛び出した。

 

 


 マディノ城とオーガヒルを結ぶ橋を建て直し、進軍してくる海賊達に対抗する為、シグルド軍はマディノ城に
駐留していた部隊を進軍させた。

「橋からは一歩も通すなッ」

 部隊の指揮を任されたアイラが、先頭で剣を振るいながら指示を出す。

「クソッ、数が多いぜ」

「文句言ってんじゃねェッ」

 アイラの背後を守るようにして、お互いに一歩も退かないレックスとホリンが、苦笑しながら文句を言った。

「ミデェール、矢はまだ残っているかッ?」

「王子、残りは少ないです!」

 砂浜に下り、橋の上の海賊を狙撃する役目を担ったジャムカとミデェールも、先のドラゴンナイトとの戦いも
含め、相当の矢を消費し、残りの本数が気になりだしていた。

「クッ、このままでは……!」

 アイラが初めて後ろへ一歩下る。

 それほどに、海賊の侵攻は勢いに乗っていた。

「レックス、アイラの前に出られるかッ?」

「無茶言うなよ。オレだって、今が精一杯だよッ」

 先頭のアイラが後退すれば、そこを基点に橋を突破されるのは目に見えていた。

「……ここで、ここでグダグダしているわけには、いかないんだァ!」

「アゼルッ?」

 レックスの背後から、雷魔法で先頭の三人を援護していたアゼルが、突如として吼えた。

 レックスの驚きに乗じて、アゼルの愛馬がレックスの横をすり抜ける。

「アゼル、戻れ!」

「エルファイアー!!」

 灼熱の炎が、海賊たちを包み、焼き殺す。

 ここまで戦い抜いて来たアゼルの炎の威力は、もちろんアイラも知っている。

「レックス、立て直すぞッ」

「クソッ……あのバカッ」

 文句を言いながらも、突如として本気を出したアゼルの攻撃に足の止まった海賊を、アイラとレックスが
切り倒す。

 ホリンは二人の背後を守りながら、ミデェールに伝令を頼んだ。

「ミデェール、アーダンに連絡をつけろ! 一気にケリをつけるぞ!」

「はいッ」

 砂浜を駆け上がり、ミデェールがマディノへと消える。

 ミデェールよりも射程距離の長いジャムカは、海へと足を入れた。

「このジャムカの腕を甘く見るなよ」

 ジャムカの手から放たれた矢は、寸分狂わずに橋の向こう岸の海賊を射抜いた。

 ジャムカの攻撃で出来たスペースに、アゼルが走り込む。

 さすがに特出し過ぎたアゼルを助けるのは無謀と判断したアイラが、声を大きくして叫ぶ。

「戻れッ、アゼル!」

「僕は、僕はここにいる場合じゃないんだよ!」

 アゼルの馬が、まるで主人の言葉に反応したかのように大きく飛び跳ねた。

 唖然とする海賊の裏へと飛び降りたアゼルは、そのまま愛馬を塔の方角へと走らせた。

 

 


 橋に群がる海賊の群を突破したアゼルは、次にボウアーマーの軍団と対峙することになった。

「やれッ、仕留めろ!」

「こんなところで、邪魔をするなァッ」

 手始めに、一番最初に矢をつがえた海賊を焼き殺し、アゼルが呪文を詠唱する。

「ま、魔法騎士かッ」

「エルファイアー!!」

 ただのエルファイアーではない。

 アゼルの意志の乗った炎は、まるで生き物のように海賊を包み込んでゆく。

「もらったッ」

 スッとアゼルの側方を奪った海賊の一人が、慣れた動作でアゼルの肩を射抜いた。

「うッ」

 呻き声をあげたアゼルに、海賊がもう一度狙いを付ける。

 しかし、その動作はアゼルの気合によって止められた。

 凄まじい殺気のこもった視線が、海賊を金縛りにする。

「……ゥァ」

「退け」

 真紅の瞳が、炎を宿しているかのように男を焼く。

「ウォアッ」

「……僕の邪魔は、誰にもさせない」

 


 塔を出たティルテュは、周囲に海賊がいるのを察知すると、その背後にクロードをかばった。

「ティルテュ、危険です。塔へ引き返しましょう」

「バカ言わないでよ、神父様。コイツラ、場所がどこでも狙ってくるに決まってるでしょ」

 ティルテュが早くもエルサンダーの魔道書を取り出しながら、クロードに告げた。

「いけませんよ、ティルテュ」

「殺らなきゃ殺られる。神父様の護衛としちゃ、見過ごせないの」

「多勢に無勢……ここは大人しく…」

「聞き分けるわけないでしょッ」

 射程距離に入った海賊に、ティルテュは先制攻撃を放つ。

 一撃で昇天した海賊の生死を確かめ、ティルテュはクロードの手を引いた。

「ティルテュ、そちらは海賊の出てきた方角ですよッ」

「心配ないって。きっと、きっと公子が助けに来るから」

「シ、シグルドはシルベールに向かっているはずですが」

「神父様は黙ってあたしについて来なさいッ」

 クロードを引きずるようにして塔を離れたティルテュは、小さく呟いた。

「以心伝心……あたしたちは離れていても分かり合えてるよね、アゼル」

 


 ボウアーマーの一団を突破したアゼルは、そのままオーガヒル最大の港町に辿り着いた。

「……この辺はまだ、海賊は出て来ていないようだな」

 チラリと街の中を見回ったアゼルは、馬の首を街の外へ向けた。

「早く、塔へ行かないと……」

 そう呟いたアゼルの顔には、赤くこびりついた血で装飾が施されていた。

 

 

 街を出たアゼルは、次第に馬の振動が気になりはじめていた。

「……クソッ、痛くなって来たな」

 それもそのはずで、アゼルの左足の感覚は痛みで麻痺していた。

 アゼルが引き抜いた数本の矢は、アゼルの肉をえぐっていた。

 保護色のような紅い服が、アゼルに自らの出血をわざと誤認させる役目を担っていた。

「ティルテュ、どこにいるんだ?」

 アゼルが目を凝らして前方を見ると、砂埃がアゼルに向かっていた。

「砂埃……? ティルテュッ」

 痛みを忘れ、アゼルの両足が愛馬の腹を蹴る。

 主人の意志に従い、愛馬が砂埃に向かって疾走を始めた。

 

 

「まだ追って来ますよッ」

「走って、神父様!」

 ティルテュの肩からは、うっすらと一筋の血が流れている。

 海賊の奇襲を受け、一度だけ食らった刃の跡だった。

「ティルテュ、前方から馬が!」

「馬ッ?」

 ティルテュが意識を前へと向ける。

 遠めに馬を見たティルテュの表情に喜色が走る。

「……来た!」

 ティルテュの呟きに答えるかのように、二人の後方を走っていた海賊が炎に包まれる。

「ティルテュ!」

「遅い!」

「ゴメンッ。とりあえず街へ逃げ込んでッ」

「こっちは平気よ!」

「全部始末できてないんだ。とにかく、街の中へッ」

「神父様、とりあえず宿とって!」

 訳もわからずに街の中へ走って行くクロード。

 愛馬の足を止めたアゼルは、一人になったティルテュに並んだ。

「ゴメン、遅くなって……」

「ホント。もう少しで母様に会いに行く所だったわ」

 ティルテュの言葉に苦笑して馬を下りようとしたアゼルは、そのまま地面に倒れこんだ。

 慌てて抱き起こしたティルテュの手に、紅い血が付着する。

「アゼル、ケガして……」

「ティルテュの肩に比べればマシさ。僕のケガなんて、いくらでもないよ」

「バカッ、あたしよりひどいよ、コレ」

「女の子の肌を傷つけた方が、罪は重いよ」

 ティルテュの視界が歪んだ。

「……本当に、バカなんだから」

「やっぱり、好きな人を守るって最高だね」

 二人の小さな呟きは、お互いの手を握り合わせた。

 

 

「やれやれ、しばらくは出れそうにありませんね」

 アゼルの後を追って来たアレクに保護されたクロードは、街の外れで抱き合う二人を見て、そう言った。

「そうそう。ここで声をかけちゃ、無粋ってもんですよ、神父」

「仕方ありませんね。私達は宿に戻るとしましょう」

 

 

 昔、小さなお姫様は小さな王子様の手を握り締めて、こう誓いました。

「あたしが生きている限り、貴方はあたしを守ること」

 

 昔、小さな王子様は小さなお姫様の手の甲に口付けて、こう誓いました。

「貴方が生きている限り、僕は貴方を守るから、貴方は僕に笑顔を見せること」

 

「雷の紋章に誓って」

「炎の紋章に誓って」

 

 彼らの約束は永遠。

 自分を偽ってでも、他人を守りたいと思う心は、神様に認められるのでしょうか……?

 

<了>