少し歳をとりました


フィンはレンスター王家に仕える騎士である。
元々は先代王子の近衛騎士見習いとしてキュアンに仕え、そのキュアンの命によりアルテナ王女付きの騎士としてレンスター王国の衰退を見届けた。王国の騎士たちが下野してからもリーフ王子の守役を務め、現在はリーフ王子の側近として解放軍の幹部に名を連ねている。
その功績から解放軍の中でも最高クラスの幹部待遇として、占領した城での待機中は個室を与えられており、その扉は誰もが簡単に開けられるものではなかった。
だが、そろそろ就寝しようかと明かりを落とそうとしていたフィンは、この日、何の前触れもなく部屋の扉を勢いよく開け放たれた。
「フィン、貴方は一体、どういう教育をしてきたのッ」
蝶番が壊れるのではないかと思うほど勢いよく扉を開け放ったのは、彼がかつて忠誠を誓った王子の愛娘。凛々しく成長したその姿は先代王子の面影を強く残し、レンスター王家の旧臣たちからは絶大な人気と信頼を誇る、現王子の実姉である。
「何があったのです」
「何があったかですって」
フィンが迎え入れるよりも早く部屋の中に入ったアルテナは、部屋に一つしかない椅子に荒々しく腰を下ろし、いきなりの訪問に反応が鈍くなっていたフィンに自分が開け放った扉を閉めるように命じた。
廊下の左右に視線を配り、驚いて様子を窺がっている者がいないことを確認したフィンが戻ってくると、アルテナは真っ直ぐに伸ばした人差し指で目の前の床を指した。
「そこに座りなさい」
「はい」
何か怒られることをしたのだろうかと、フィンが眉一つ動かさずに今日の振舞いを振り返る。
他人からの評に違わず、フィンがアルテナとリーフに対して何らかのミスを犯すことは皆無に近い。
一般の兵士たちからでさえ完璧従者と呼ばれることもあるほど、彼の徹底した立ち振る舞いは元々規律に厳しくない解放軍の中でも特に目立つ。
「貴方、リーフにどういう教育をしてきたのですか」
「キュアン様から薫陶していただいたことを基本に、王子として、将来の王として、僭越ながら全力で指導させていただきました」
アルテナの問いに、フィンが自信をもってそう答えた。
時に厳しく、時に優しく。
フィンの青春のすべてはリーフのためにあったと言っても過言ではない。
「えぇ。王子としてはとても立派です。やや甘えた部分もありますが、それは本人の資質でしょう」
「あの……では、何が」
アルテナの意を測りかねたフィンが尋ね返すと、予想外なことにアルテナの頬がサッと朱に染まった。
「お、男として、どう育ててきたかと訊いているのです」
「男として、ですか」
もちろん、フィンはリーフを王子として育ててきた。王女であるアルテナとの育て方の違いはあるものの、今まで女として育てたことは一度もない。
恋愛関係にしても、レンスターに亡命していたノディオン王女の忘れ形見であるナンナ王女と順調な交際を続けていることは周知の事実であった。
二人の仲の睦まじさはレンスター国内での独立回復戦争を境に、一般の兵士たちさえ微笑むような初々しさを含んで、解放軍の中でも理想の二人に挙げられることさえ少なくない。
「ナンナ王女に、何か」
フィンの問いかけに、アルテナは少しだけ冷静さを取り戻す。
それはやけに落ち着いているフィンの声と衝動的な興奮が収まりつつあるせいであった。
「コホン。若い男女が同じ部屋にいることに関しては、私もそう目くじらを立てるつもりはありません」
「はぁ。では、お二人は同じ部屋におられるのですね」
「リーフもナンナ王女も、日頃の責務に耐える姿を見れば、その程度のことは大目に見てもよいでしょう」
「そうですね。若いのに重責を背負われているお姿は、兵たちにもよい影響を与えております」
「ですが……」
アルテナは言葉を切り、咳払いの後に拳を震わせた。
「口でしてと言葉に出して強要するなど、男としてどういう教育をしてきたのですか、貴方はッ」
アルテナの言葉に、フィンが目を丸くする。
「ア、アルテナ様」
「何ですか、フィン」
「あの、その様子を覗いていらっしゃったのですか」
「バカッ。そんなこと、するわけないでしょう」
日頃の威厳も吹き飛び、アルテナは赤い顔をして怒鳴り返す。
「ですが、どのような状況で」
「リーフに借りていた本を返しに行ったの。そしたら、中から二人の話し声がして、リーフが」
「その、おまじないを口でしてということなのでは」
フィンの言葉に、アルテナがポカンと口を開く。
そして、次の瞬間には顔全体を赤く染めていた。
「……あ、その、フィン」
「おそれながら、はしたないのはアルテナ様の方かと」
「だって……フィンがしてってこの前に言ってたから」
「わ、私のせいですか」
初々しい主君たちより成熟している二人は、自分たちの成長ぶりに顔を赤くし、気まずそうに視線をそらしたのだった。

 

<了>