許したくない


「あの男がね……真面目そうな男だが」

 主賓席に座っている新郎の顔を見ながら、俺は昨夜の従妹の泣き顔を思い出していた。

 寸前まで決まっていた縁談を破棄された従妹は、まぶたを腫らしながら事情を話してくれた。

 決まりかけていた縁談を破棄されるだけなら、まだ耐えられたのかもしれない。

 だが、あてつけのように届けられた披露宴の招待状を手に、俺のところへ駆け込んできたのだった。

「まぁ、見た目と本性が違う男は多いからな」

 見た目から判断する限り、それほど気の強い男ではないだろう。

 友人と思われる新郎のそばにいる男の仲間たちも、さほど目立った特徴はない。

 彼らの自然な笑顔でのやり取りを見ていると、従妹が惚れた理由もわかる。

「いい男じゃないが、優しそうな男じゃないか」

 アゼルじゃないが、優男でもしたたかな奴はいる。

 ドズルの流れを汲む貴族の従妹と、ユングウィの流れを汲む貴族の娘とを天秤にかけたのだろう。

 今の中央政界の情勢を見れば、従妹は見劣りするかもしれない。

「貴族ってのは、面倒くさいもんだ」

 従妹には、縁がなかったと言ってやろう。

 もしかしたら、あの男も抗し難い力が働いたのかもしれないと。

「適当に時間をつぶすかね」

 気勢をそがれた形で、俺はのんびりと宴席を眺めていた。

 ちらほらと有力貴族の姿も見えるが、どちらかと言えば箔付けのために出ているだけだろう。

 その証拠に、最初の挨拶以外は新郎と新婦に近寄る気配すらない。

「珍しいところで会いますわね」

 壁の花となっていた俺に声をかけてきたのは、社交界の華と自他共に認める金髪のお姫様だった。

「別に。招待状が贈られてきたからな」

「あら、私はてっきり、可愛い従妹の縁談を破談にした男の顔を見に来たのかと思いましたわ」

「随分と優しい従兄だな、俺も」

 そう言って笑った俺の正面で足を止め、エーディンが蟲惑的な微笑を浮かべた。

「何だよ」

「貴方、何故従妹さんが破談になったのか、知りたくないかしら」

「天秤にかけたんだろう、従妹とあの花嫁を」

「本当にそうなのかしらね」

「何が言いたい」

 睨みつけた俺に、エーディンが耳元へ顔を寄せてくる。

 囁かれた言葉に、俺はこの女の本性を知らされた。

「貴方が原因なのよ」

 思わず距離をとった俺は、エーディンの口端が持ち上がったのを見逃さなかった。

 ご丁寧にもセンスを広げて、その表情が俺以外に見えないようにしてやがる。

「貴方、この前の舞踏会で女の人を振ったでしょう」

 言われて思い出すのは、妙に化粧の濃い女だ。

 歳相応に化粧を薄くしておけばいいものを、少し背伸びをしていた感じだった。

「それがどうかしたのか」

「報復ですわよ」

「あの女が関係してたのか」

「えぇ。それに、貴方がいつまで経っても靡かないのも気に入りませんの」

「それほど長く言い寄られてた記憶はないが」

 確か、あの女とは初対面だった気がする。

 大体、初対面の女と仲良くするような気はない。

 エーディンに言われるまで忘れていたような印象の薄い女だが、特に有力貴族の娘というわけでもない。

 これでもドズル公子という立場上、嫌でも有力貴族の連中の顔は覚えているはずだ。

「それに、それほどの力はなかったと思うがな」

 自己紹介を聞いた限りじゃ、三流貴族の娘だ。

 父親の名前にも聞き覚えはなかったし、従妹の縁談を破棄させるような力があるとは思えない。

「えぇ。動いたのは、もちろんあの女ではありませんわ」

「だったら、一体誰が」

「何故、私が貴方に話していると思いますの」

「まさか、お前が」

 身構えた俺をかわすように、エーディンが踵を返す。

「いつまでも態度を保留しないでくださいませね」

 声を荒げて言い返すことができず、俺は苛立ちを紛らわすために、壁に強く背中をぶつけた。

 確かに、俺はエーディンの一派に入ったことはない。

 それは俺がドズルの部屋住み公子で、中央政界や社交界にはまったく興味がないからだ。

 それでも身分上、避けて通れずに出席することはある。

 「まったく、面倒なこった」

 部屋住みの俺をコマの一つとして見てくれるのは構わないが、いざ使われるとなると気分が悪い。

 渋面で会の様子を眺めていると、挨拶回りを終えたアゼルが俺を見つけて歩み寄ってきた。

「レックス、どうかしたの」

「エーディンの怖さを見た」

 そう言ってさっきの出来事を話してやると、アゼルは思ったよりも冷静に頷いていた。

「エーディンのしそうなことだね」

「しそうなことって……前例でもあるのか」

「まぁ、いろいろとね。ヴェルトマーはヒルダ姉様も目の敵にされてるし、ティルもね」

「まぁ、合いそうにない二人だな」

「でも、レックスに仕掛けてくるなんて珍しい」

「俺もそう思うな。多分、直接的にはエーディンの取り巻きの一人を振っちまったからだろうが」

 そう言って肩をすくめると、アゼルが俺に聞こえるため息をついてきた。

「だから言ったでしょう。そろそろ恋人を作れば」

「面倒だろ。気を使って舞踏会に出たりするのは嫌だ」

「そんなこと言ってるから……」

 いつものアゼルの台詞を遮るようにして、俺は壁から離れた。

「だが、飲んでみる気になった」

 面白いじゃないか。

 世渡りをする気はさらさらないが、飛んでくる火の粉は払ってやろう。

「どこ行くの」

「ジン・ビターズだな」

「カクテルなら、給仕に言えば」

 飲みなれた、いや、飽きてきた社交界というベースに、ちょっとスパイスを効かせてみようじゃないか。

「ビターズを散らしてみる気になったのさ」

 そう言ってニヤリとしてみせると、さすがに博識な親友は俺の意図を察してくれたらしい。

「珍しい。面倒くさいとか言ってたのに」

「せっかくの舞台だ。上がらずに無視するってのも勿体無い気がしてきたよ」

「火傷しないようにね」

「当たり前だ。だが、ケンカなら負けねぇよ」

 上がってやるさ、舞台の上に。

 いつかきっと、あの金髪をくすませてやる。

 

<了>