騎士勲章(後編)


 その日、ボロボロになった少年少女を引き連れて帰城したラーナは、ダッカーとすれ違った。

「おや、王妃様ではありませんか」

「ダッカー、何をしに来たのです?」

「いえいえ、先王からいろいろとお話をね」

「そう。でも、そんなことよりも、しなくてはいけないことがあるのではなくて?」

「これは異なことを。後継者として、当然のことかと思いますが」

 言葉を発しようとしたマーニャをおしとどめ、ラーナは笑顔を見せた。

「あら、貴方よりも適任者はいるわ」

「さて、そこの汚らしい子供は誰でしたかな」

「フンッ、着飾った子供しか見たことないのかよ、オッサン」

「な、何ッ?」

 舌を出してきたレヴィンを睨み付けたダッカーは、ラーナに礼を返すと、背を向けた歩き去った。
 そのダッカーに対して中指を立てた親子に、マーニャが咳払いをする。

「かまいません。あんな人間のクズなどに敬意を払うことはないわ」

「そーだよ。マーニャだって、アイツがいなければ、もっと活躍できるのにさ」

「……パメラは本当によい武人です。たとえダッカー公がいらっしゃらなくとも、彼女が私より目立つことに
 変わりはありません」

「その通りです。が、レヴィン、貴方にも一因はありますよ」

 中指を立てていた状態から、普段の表情に戻ったラーナは、息子と、その側近となるべき少女と向かい
合った。

「レヴィン、知っているように、王の御容態は思わしくない。その時、貴方が今のままではダッカーにスキを
 与えることになる」

「……はい」

「フュリー、貴方はレヴィンの側近でしょう? その貴方がレヴィンを制御できないようでは困るわね」

「申し訳ありません」

 素直に謝った二人の頭に手を置き、ラーナは二人を抱き寄せた。

「辛い役目を押し付けるかもしれない。でも、私はできる限り頑張ってみせるわ」

「母上……?」

「ラーナ様……」

 二人が戸惑いながらラーナに抱き付くのを、マーニャは微笑みながら見守っていた。


 年が開け、ラーナは式典の準備をしていた。

「レヴィン、いいわね。今年の騎士勲章授与式は貴方が行うのですよ」

「わかってるよ。俺も、フュリーには自分の手で渡したい」

 一年を過ぎ、16となったレヴィンは凄まじい成長をとげていた。

「心配すんなって。俺だってこの一年間、伊達に年食ったわけじゃない」

「慢心してはいけません。まだ貴方とダッカーには、経験という厚い壁があるのですよ」

「その代わり、俺にはフュリーもマーニャもいる。側近では引けを取らないだろう?」

「あの二人だけでは、パメラにはとてもかなわないでしょう。パメラほどの武人は……」

 ラーナの言葉を遮るように、レヴィンは指を左右に振った。

「俺は負けねぇ。たとえ相手がアンタになろうとも、俺は絶対に負けらんねぇ。このシレジアは俺が守る」

 一年間、ラーナの目から見てもレヴィンは努力をしていた。そう、ラーナに二人で叩きのめされたあの
日から。

「じゃ、そろそろ行こう。フュリーたちが待ってる」

 そう言って先に動き出したレヴィンを頼もしげに見つめながら、ラーナは王妃の証たる錫杖を手に取った。

 

 

 公式の場で使われる謁見の間に、フュリーたち、新人騎士となるために騎士勲章を授与されるのを待つ
若い兵士たちが畏まっていた。そこへ、威風堂々とラーナ、しっかりとした足取りでレヴィンが姿を現した。

「シレジア王妃、ラーナです。マーニャ、バルデス、この者達に騎士勲章を授けてよろしいのですね?」

 ラーナが若い兵士たちの前で畏まっている、二人の騎士団長に尋ねた。
 二人の騎士団長は、短く肯定の意を示した。

「よろしい。王の容態が思わしくないのは皆の知っての通りです。そのせいで、一時期この授与式を滞らせ
 ていたのですが、皆、良くぞ精進してくれました。これより、騎士勲章を授け、貴方達をこのシレジア王国の
 騎士として迎え入れます。これからも、精進を怠らぬように」

 ラーナの言葉に、兵士たちが深く頭を下げた。

「レヴィン、勲章を」

 珍しく正装したレヴィンが、勲章の納められた箱を両手で持ちながら、ラーナの前で一礼する。
 ラーナがその箱の中身を確かめ、レヴィンへと返す。

「今日の授与は、このレヴィンが執り行う」

 居並ぶ者へ、レヴィンがそう宣言した。

「な、何だとッ?」

 参列者の中から、大声とともにダッカーが進み出た。

「これは異なことを……王の容態が悪い今、代理を立てるのは認めましょう。ですが、そのような者に
 勲章を授与されては、勲章の価値が下がると言うもの。せめて公爵の位は必要かと存知ますが?」

 進み出たダッカーを睨み付け、レヴィンが返答する。

「これは異なことを……王の代理として、王子である私に何の不都合がある?」

「王子だからとて、後継者とは限りますまい」

 そう言って口端を上げるダッカーを無視する格好で、レヴィンは最初に授ける騎士の名を告げた。

「騎士見習、フュリー。前へ。勲章を授ける」

「ハッ」

 レヴィン言葉だけを受けた形で、フュリーがダッカーの脇を通り、レヴィンの前で騎士の誓いをたてる。

「このフュリー、シレジアの名を汚さぬよう、より一層の研鑚を積み、命尽きるまでレヴィン様に忠誠を
 誓います」

「頼りにしている。これからは、マーニャの下で修行に励め」

「ハッ」

「認めぬ!」

 ダッカーの咆哮が、ようやく場の進行を妨げた。

「認めぬ、認めぬぞ、王子。聞けば、その娘は王子の側近を超えた側近と聞く。そのような者に勲章を
 授けるに値する実力があると申されるか?」

「……ダッカー、そう判断したのは私ではない」

「では、御前で確かめられるがよろしかろう。ラーナ王妃、私はこの者とパメラとの模擬戦を提案致します」

「……よろしいでしょう。騎士たるもの、まずはその力は必要です。パメラ、フュリー、よろしいですね?」

 ラーナの言葉に、パメラが手にしている槍を軽くあげて見せた。
 フュリーも、誓いの態勢を解き、パメラを睨み付けた。

 


「……いい瞳だ。さすがにマーニャの妹だけのことはある」

「手加減は無用に願います」

「無論。武人としての勝負。お前も、要らぬ遠慮は無用だ」

「はい」

 ペガサスに跨ったまま、二人は軽く槍の先端を響き合わせた。

「始め!」

 レヴィンの声とともに、二匹のペガサスが上空へと舞い上がる。

「ハッ」

 先手を奪ったのはパメラだった。その突きを軽くかわし、フュリーの反撃がパメラの喉を襲う。
 静かにその先端を弾き飛ばしたパメラは、ペガサスを接近させた。

「もらったッ」

 瞬間的にパメラの左手に握られていた細身の剣が、フュリーを袈裟に切り落とす。

「フュリー!」

 レヴィンが思わず悲鳴をあげると、パメラがニヤリと笑った。

「さすがだな」

「……次もこうなるとは限りません」

 パメラの剣は、フュリーの肩当でその動きを止められていた。逆に、フュリーの剣が、パメラの額の
寸前でその輝きを放っていた。

「勝負ありだ。私の剣はフュリーの肩当で止められ、フュリーの剣は私の額を突き抜くだろう」

 剣を納め、槍を捨てる。

 パメラがその行動を取ると同時に、レヴィンがダッカーの肩を叩いた。

「問題、ないな?」


 当初の予定通りに騎士勲章授与式が終了し、ダッカーはパメラを問い詰めた。

「何故だ? 貴様が負ける程の相手だとでも言うのか?」

「公、私は武人だ。わざと負ける真似はしない」

「貴様……」

「あの娘は、私の太刀筋を見切っていた。肩当に当たったのではない。当てさせられたのだ」

 ダッカーはパメラを一睨みすると、足音荒く去っていった。

「まったく、あれが我が主君とはな」

 そう呟いたパメラは、フュリーとレヴィンが歩いてくるのに気付き、軽く頭を下げた。

「いい腕だ」

「ありがとうございます。実戦では負けぬよう、努力致します」

「フン、マーニャの妹らしい、律儀な奴だな。王子も、よい側近を持った」

「だろ?」

 式典を終えたためか、レヴィンに威厳の二文字はない。そこが、パメラには羨ましかった。

「……王子、負けるなよ」

「え?」

 小さく呟かれたパメラの言葉を聞き返そうとしたレヴィンだったが、パメラは既に礼を終え、
歩き去ってしまっていた。

「……何だったんだ、パメラの奴」

「さぁ……」

「ま、いいか。じゃ、今日は約束通り城下に行こう。フュリーのお祝いだ」

「ありがとうございます。でも、よろしいのですか?」

「なんだったら、命令に変えてもいいんだぞ?」

 俯いて困った表情を見せるフュリーだったが、絞り出すような声でそれを拒否した。

「命令じゃなく、お誘い下さい……」

 それを聞いたレヴィンは、フュリーの肩に手をおいた。

「フュリー、絶対に俺を裏切るな。悲しませるな。約束だぞ」

「……はい」

 二人の笑顔が城下に消え行くまで、そう時間はかからなかった。

 

<了>


後書き

 久しぶりに後書きを書いてみようと思いました。
 理由は簡単。

 「なんか、ちがうんでないの?」

 という声が聞こえて来そうだからです。と、言うか、今回は完全に逸脱しています。

 基本的に、峻祐はこういう王城の中の権力抗争が好きなのです。
 当然、武人という言葉も好きですし、その点でパメラが物凄くカッコイイ役にしたいと思いました。
 峻祐はあまり公式ガイドブックなどは買わない主義なので、細部の設定に疎いところがあります。
 ですが、そんな自分が好きなのですよ。(発想しやすいので)
 騎士勲章は、聖戦ではありませんが、紋章には存在します。これには苦労させられました。
 何しろ、これがないと転職できないのですから…(汗)

 この物語を書くにあたり、次のような設定をしてみました。
 パメラはダッカーの親類筋にあたり、その点でダッカーの側近となっている。
 レヴィンとフュリーの年の差は1歳。マーニャとフュリーは9歳。マーニャとパメラは同い年。
 レヴィン出奔当時、ラーナの夫は病床にあった。

 てな具合です。んじゃ、あとがき終了!!