結論までの距離


「大ニュース、大ニュースッ」

 叫びながら駆けてきたパティを、お茶会をしていたナンナたちが微笑みながら出迎えた。

 午前の任務が一段落した後に集まってから、そろそろ一時間は経とうかとしている。

 戦争中のささやかな憩いの一時にも、どことなく倦怠感が漂い始めていた。

 タイミングよく駆け込んできたパティへ、メンバーからの期待に満ちた視線が集まる。

「大ニュースって、何があったのよ」

 真っ先に尋ねたラクチェに、パティは焦らすように立てた人差し指を左右に振った。

「だから、大ニュースなのよ」

 もったいつけるパティに、リーンが新しいカップとお茶受けを差し出す。

 礼を言って紅茶に口をつけながら、パティはその場にいる一同の顔を見まわしていく。

「フィーがいないわね」

「フィーさんなら、まだ訓練から戻っておられません」

 この場にいないメンバーの名前を挙げたパティに、ティニーがそう答えた。

 天真爛漫で話題提供にも事欠かない天馬騎士の不在は、倦怠感の一因でもあった。

「焦れったいわね。何があったのか、さっさと言いなさいよ」

 早くも焦れているラクチェが、パティに先を促す。

 他のメンバーの表情を見ていたパティは、テーブルの中央に顔を寄せた。

 彼女の動きにつられて、その場にいた全員が身体を寄せて中央に位置するパティに耳を傾ける。

「あのね、ラナが身籠ったのよ」

 パティの言葉に、一呼吸置いてから女性陣の嬌声と質問が重なった。

「誰の子どもなの」

「嘘だぁ」

「あのラナが、そんなこと」

「おめでたいですね」

「それ、本当なの」

 パティはその喧騒を嬉しそうに受けながら、持っている情報を小出しに話し始めた。

 その一つ一つに女性陣の嬌声が上がり、やや滞っていた空気が一気に花を開かせた。

 その様子に、少し離れた場所でお茶のおこぼれに預かっていたコープルとリーフまでもがそばへ寄ってくる。

「賑やかだね」

「えぇ。凄くおめでたいことのようですよ、リーフ様」

 二人にいち早く気付いたナンナが、リーフの入るための場所を空ける。

 右隣になるアルテナに軽く頭を下げて、リーフが輪の中心にいるパティへと尋ねた。

「ラナさんに子供ができたの」

「そうよ。今、救護班のテントで診察してるわ」

「だから、誰の子どもなのか早く教えなさいよ」

 リーフとパティの間に割って入ったラクチェが、やや眉を上げながらパティへと詰め寄る。

 その迫力をものともせずに、パティはまた少し声をひそめた。

「セリス様に決まってるじゃない。あの嫉妬女王が、セリス様以外にありえないわ」

「やっぱりセリス様かぁ」

 納得するラクチェに、まだ軍に加わって日の浅いアルテナが小首を傾げる。

「セリス様は、てっきりユリア皇女だと思っていたわ」

「そこですよ、そこ」

 アルテナの疑問に食いついたパティの服をつかんで、ラクチェが苦笑する。

「パティ、乗り出し過ぎよ」

「だって、あのラナの凄まじい追い込み具合っていったら、そらもう」

「一応、ラナの幼馴染みとして、アンタを止めるわ」

 そう言って力ずくでラクチェに引き起こされ、パティは勢いよく椅子に背をもたれさせられた。

 その様子に苦笑を漏らしたアルテナが、パティへのフォローを入れる。

「まぁ、心配性なシスターだと思っていたけど」

「でしょう。戦闘が終わると真っ先にセリス様に駆け寄って、痛いところはないですか、だしぃ」

 最後のところは声色を真似たパティに、ナンナとリーフが小さく吹きだした。

 戦闘時はラナと一緒になることの多いコープルも、思わず口許を緩めていた。

「何にせよ、おめでたいことですね」

「そうねぇ。ささやかなお祝いでもしてあげようよ」

「そうだね。お祝いは何がいいかな」

 素直に祝福しようとするコープル姉弟に、リーフも同調する。

 和やかな空気が流れ始めたことを察したパティは、慌てて話題を転換させた。

「でもさ、セリス様もセリス様よね」

「何がよ」

 パティの言葉に、ラクチェが素直に反応する。

「考えてもみなさいよ。逆算すれば、トラキアとの激戦中に孕ませたわけじゃない」

 直接的なパティの物言いに、大人しいティニーとコープルの二人が赤面する。

 初々しい弟の反応を見たリーンが、少し呆れながらやんわりとパティをにらみつけた。

「だったら、野営の時かな」

 珍しくパティの話に乗ったリーフに、全員の視線が集まる。

 その視線を何事もないように受け止めて、リーフが話を続ける。

「一度、セリスに用があって陣幕に行ったとき、その……声がね」

 さすがに最後は言いよどんだ弟の情操教育の結果に安堵しつつ、アルテナがため息をつく。

「あ。あたしも見たことあるな」

 リーフを皮切りに、ラクチェやパティといった面々も目撃情報を口にする。

 そのどれもがセリスとラナの関係を証明するに満足できるものだった。

「ちょっと失礼」

 そう言うと、顔から湯気が立ち昇りそうになっている弟を抱えて、リーンが静かに退場して行った。

 一番年少のコープルがいなくなったことで、その場はセリスとラナの暴露話へと発展していく。

 ひとしきり目撃情報が出揃ったところで、パティはため息とともに結論を口にした。

「やっぱり、セリス様って肉食系だわ」

「何よ、その肉食系って」

「まぁ、ガツガツしてるというか、女食いと言うか」

 パティの例えに、ラクチェが呆れたという風に肩を竦めた。

「だったら、その反対は草食系とでも言うわけ」

 ラクチェの言葉に、パティは我が意を得たりというように大きく手を叩いた。

「いいわね、それ。肉食系の男と草食系の男」

「アホらしい。パティも暇なのね」

「暇とは何よ、暇とは」

 パティとラクチェの二人が言い合いを始めると、それを無視する形でリーフが口を開く。

「僕はどっちになるのかな」

 リーフの視線は、彼の左隣に座るナンナへと向けられていた。

 その視線を追ったアルテナが、口許を緩めて自分の視線を弟の視線に合わせる。

「あ、あの、どちらかと言えば草食系ではないと」

 少しどもりながらそう言ったナンナに、リーフが畳み掛ける。

「ふぅん。そう見えてるんだ、僕って」

「い、いえ、その」

 慌てて頭を振ったナンナを見ながら、アルテナが楽しそうに微笑む。

 弟との再会から間もない彼女にしてみれば、弟とその恋人であろう少女のやりとりは微笑ましいものだった。

「ほらほら、そういうところが肉食系なのよ、リーフ様は」

「そうかな」

 赤面して伏目がちなナンナのフォローにまわったラクチェに、リーフが小首を傾げる。

 それを見たアルテナが、まだ赤面しているナンナへ卓上のおやつを勧めた。

「よく考えれば、ウチの男性陣って大概肉食系じゃないの」

 椅子の背もたれに背を預けて、パティは視線を宙に浮かべた。

 解放軍の幹部を一人一人思い浮かべて、草食系と肉食系の二択で振り分けていく。

「リーフ様もアレスも肉食系よね。シャナン様もあれで意外と肉食系だし」

「そうね。オイフェ様も、ダーナの一件でイメージ変わったしね」

「フィンはどうかな」

 忠実な蒼騎士として長年仕えている部下の名前を挙げたリーフに、パティはありえないと手を左右に振った。

「あの人は、セリス様とは別の意味で最強の肉食系よ」

「そうかなぁ」

「そりゃ、リーフ様の前では猫被ってんのよ。ねぇ、アルテナ様」

 突然に話題を振られても、アルテナの表情は穏やかだった。

 照れ隠しにお茶へ手を伸ばすこともなく、淡々と微笑みを崩さない。

「……無言っていうのも重圧あるんですけど」

「あら、そうかしら」

 それ以上踏み込むことは諦めて、パティは次の人間の名前を挙げた。

「あ、でもデルムッドとかは草食系かな」

「お兄様ですか」

「そうね。デルなら当てはまりそう」

 幼馴染みのラクチェも同意したことで、デルムッドが初の草食系タイプに認定される。

 そして、解放軍の立ち上げ時から参加しているラクチェが次々とメンバーを判断していく。

「スカもその点ではそうね。見てるこっちがイライラするもの」

「レスターは隙がないよね。やっぱりラナの兄っていうか」

「そうそう。レスターって、あれで結構泣かしてるのよ」

「やっぱり。この間、誘われたんだけどさぁ」

 徐々に話題が変わっていく二人に、ようやくナンナが顔色を戻した。

 盛り上がっていくパティとラクチェをよそに、レンスター組が立ち上がるタイミングを探り始める。

 そこへ、訓練を終えたばかりのフィーが通りかかった。

「あ、いたいた」

「あら、フィー」

「おかえりなさい」

「お疲れ様です」

 出迎えてくれたリーフたちに軽く頭を下げてから、フィーが同じく飛行部隊を率いているアルテナの前に立つ。

「アルテナ様、後で報告に行こうと思ってたんですよ」

「じゃあ、今から行きましょうか」

「いいえ。別に急ぎでもないですし」

「構わないわ。そろそろ戻ろうと思っていたのよ」

 そう言って立ち上がろうとしたアルテナに、フィーが盛り上がっている二人を指差した。

「えらく盛り上がってますけど」

「あぁ。解放軍の男性が、肉食系か草食系かで盛り上がっているのよ」

 今までの話の流れを説明するアルテナに、フィーが目を輝かせた。

「人が任務をしてる間に、随分と楽しそうじゃないの」

「それも脱線し始めたところなんだけどね」

 座ったままのリーフが、そう言ってラクチェとパティに視線を向けた。

 二人の話題は、ちょうどヨハンへと移っていた。

「ヨハンは草食系じゃないの」

 パティの大きな声に、フィーが吹き出す。

 それを見ていたリーフが、その理由をフィーへと尋ねた。

「フィー、何がそんなにおかしいの」

「あぁ。ヨハンは絶対に肉食系だなと思って」

「そうなんだ。僕から見ても、紳士的だと思うけど」

「言ってみれば偏食系かな。この間ね、見ちゃったの」

「何を」

「ラクチェが蕩けそうな笑顔で腕を組んで、ある建物から出てくるところを」

「あぁ、あの時」

 フィーの発言に、ティニーが大きく頷く。

 そして、二人の発言にラクチェが勢いよく振り返った。

「ちょっと、どういうことよッ」

「この間、あたしとティニーが買いものに出た時ね」

「えぇ。ラクチェさんとヨハンさんが仲良さそうにその……建物から」

 言いよどんだティニーに、パティは素早くその建物を推測する。

「それって、お一人様お断りだったりするんじゃないの」

「パティッ」

 パティの胸倉をつかんだラクチェに、フィーが意地の悪い笑みを浮かべた。

「それがね、あたしも見たことないような笑顔でさぁ」

「止めてーッ」

「あの笑顔見れば、ヨハンの美辞麗句もあながち嘘じゃないって思えたわよ」

「イヤーッ」

 捕まれていた胸倉を解放されたパティは、へたりこんで顔を手で覆ったラクチェを見下ろした。

 耳まで真っ赤に染まった解放軍最強の女剣士の姿に、パティは一連の話題の解答を導き出した。

「これで決まりね。ヨハンが最強の肉食系だわ」

 

<了>