とっておきの一品


 

「どうしたんだ、一体」

 普段は食卓に上がらないような料理が並ぶテーブルに、オイフェは戸惑いを口にした。

 アルスター地方を解放したとはいえ、セリス軍の置かれている状況に大きな変化は無い。
 厳しい財政状況もあり、補給の確保は依然として難しい状態だ。
 そうであるにもかかわらず、目の前に並ぶ品々は明らかに見た目が映えている。

「あ、オイフェ様」

 調理室から料理を運んでいたラクチェが、食堂の入り口で立ち止まっているオイフェを見付ける。
 彼女は手にしていた皿をテーブルに置くと、笑顔でオイフェに料理の説明をし始めた。

「凄いでしょう」
「あぁ。一体、何があったんだね」
「実は、厨房に新しい戦力が加わったんですよ」
「それだけなのか。補給物資を無駄遣いしたとかは」
「ないですよ」

 そう言って、ラクチェが片頬を膨らませる。
 疑わしげにラクチェを睨んでいたことに気付いたオイフェは、苦笑を浮かべつつ食卓を見まわした。

「しかし、よほどの腕のようだな」
「本当に。レイリアって、天才じゃないかしら」
「レイリアか……」

 ダーナ解放と同時に加わった踊り子の名前に、オイフェは多少の驚きを覚えていた。
 戦場で見た踊り子の姿からは、家庭的な一面などはまったく感じられなかったのだ。

 よく言えば華があり、悪く言えば水商売に生きてきた女性。
 整った顔立ちだけではなく、彼女自身の持つ雰囲気がそう感じさせるのだ。

「意外だな」
「意外ですか」

 ラクチェからではない返事に、オイフェは声のしたほうを振り返った。

「あ、レイリア」
「ラクチェさん、これで最後です」
「あ、わかった。じゃあ、みんなを呼んでくるわね」

 食堂から駆け出していったラクチェとは反対に、オイフェは立ち去る理由をもたなかった。
 どこか後ろめたさを感じながらも、レイリアと二人きりで、食堂の入り口で向かい合う。

「……すまない。失言だったな」
「いいえ。そう思われる世界で生きてきたのです。慣れていますわ」
「だが、偏見を持ってしまうとは情けない」
「それは、オイフェ様が清廉な御方だからでしょう」

 そう言いながら、レイリアの視線は伏せられていた。

「それでは、失礼いたします」
「どこへ行く気だね」

 そのまま立ち去ろうとするレイリアに、オイフェは行く手を阻むように立ち位置を変えた。
 伏せられていたレイリアの視線が、オイフェの足下からなぞるように上がってくる。

「食事に行きます」
「自分で作ったものも食べずにかね」
「そういうものでしょう。これでも、多少の礼節は弁えております」

 レイリアの視線は、決してオイフェの顔を見ようとはしていない。
 上げられた視線も、ただ地面と平行になる程度だった。

「どう言えば、君はこの場に残ってくれるのかね」
「ただの食事に、艶やかな華は不要でございましょう」

 立ちふさがるようなオイフェの脇をすり抜けるように、レイリアが身体をかわす。
 反射的に彼女の腕をつかんでいたオイフェは、咄嗟に浮かんだ言葉を紡いでいく。

「料理の説明もしないつもりかね」
「必要なのですか」
「少なくとも、私はこのような料理を見たことが無くてね」
「失礼をいたしました。できる限り、努力はしてみたのですか」

 つかまれていないほうのレイリアの手が、腕をつかんでいるオイフェの手に触れる。
 女性特有の冷たい指先は、オイフェにとって不思議な熱を帯びていた。

「説明をしてくれると嬉しいのだがね」
「説明をするほどの料理ではございません」
「では、私にだけでもいい。教えてくれないか」

 オイフェの必死さを感じ取ったレイリアが、心持ち口許を緩める。

「おかしなことを仰るのですね」
「好奇心は旺盛なのでね」
「飾り包丁を入れただけです。何の変哲もない、郷土料理です」

 レイリアの手が、つかまれていたオイフェの腕を外す。

「いつか、君をこの場で食事させてみたくなった」
「今までにもいましたわ、そういう風変わりな方が」
「なら、私が最後の一人になってみせるさ」

 最後のオイフェの言葉には答えずに、レイリアが立ち去る。
 その後姿を見送るオイフェの耳に、複数の人の足音が聞こえてくる。

「この戦争が終わる頃には、ケリもつけてみせる」

 新しくできた目標に心の中で笑いながら、オイフェは駆けて来る主君を出迎えた。

「今日は珍しい料理が並んでいますよ、セリス様」

 

<了>