貴方が私にくれたもの


 後に銘打たれた、最後の聖戦。

 バーハラの悲劇に始まり、ロプトウスの消滅によって終わる、大陸全土を覆った戦乱。

 シレジア解放戦争を勝利に導いた英雄でもなく、レンスターの再興を成した希望の光でもなく。

 聖戦士バルトの血を継ぐ者が、解放戦争を指揮していた。

 その傍らに控えていたのは、バーハラの悲劇を味わい、聖戦士を守り続けた聖騎士オイフェ。

 イザークから戦い続けてきた彼は、最後の一戦の最中にも、一つだけ違和感を感じ続けていた。

「右翼魔法部隊苦戦中」

「アーサー様が負傷なされた模様」

「フィー様より、天馬騎士団の結集許可が願い出されております」

 バーハラに温存されていた、ユリウス直属の騎士軍団。

 大陸全土から精鋭を集めたのではないかと思われるほど、各部隊の能力は高かった。

 加えて、解放軍はトラキアに対する備えから、主力部隊とも言えるレンスター隊を手放している。

 先陣を務めていたイシュタル隊を何とか退けたが、その後遺症は、確実に彼らを劣勢へと押しやっていた。

「捨て置け。天馬騎士団は変わらず、伝達兵としての任務を遂行せよ」

 懇願するようにじっと動こうとしない天馬騎士に、レヴィンが再び同じ言葉を繰り返す。

 冷酷なまでのその声色は、天馬騎士を静かに貫いていく。

「聞こえなかったか。お前は伝達兵として、フィーに要請の却下を伝えろと言ったんだが」

 騎士の口許が震え、鎧がカチャカチャと鳴り始めた。

 その様子を見ても、レヴィンの命令が変わることはなかった。

「早くしろ」

「……王ッ」

 既にレヴィンの素性は知れ渡っているのか、シレジアから加わった兵たちは、彼のことを”王”と呼ぶ。

 実際に戴冠式が行われていないのだが、だからと言って、彼が実質的な権力を持つわけではない。

 シレジアの最高権力者はセティなのだが、彼らは頑として彼のことを王と呼び続けている。

「王に意見する気か」

「ですが、今のままでは右翼がッ」

「崩壊する筈がなかろう。現に、セティからは何の報告もない」

「ですから、右翼苦戦中と」

「援軍要請はない」

 そこまでとばかりに騎士に背を向けたレヴィンの足へ、騎士が縋りついた。

 鬱陶しそうに足を払い、レヴィンが倒れ込んだ騎士を睨みつける。

「今の天馬騎士団など、風にはなりえぬ」

「……ど、どういう意味でしょうか」

「はっきり言ってやろう。無駄だ。ただの戦力の浪費だ。お前たちに、戦力などない」

 自国の騎士に対し、堂々と戦力外と言い切る。

 これがあの暖かい風を継いだと言われたレヴィンなのだろうかと、オイフェは無言で彼を見つめていた。

 確かに風貌は変わったが、今まで寝食を共にしてきた間に見せた笑顔は、間違いなく昔の彼のままだった。

 決して口には出さないものの、シレジアを回復して聖戦に駆けつけた息子を誇りにしていた。

 かつてのフュリーのように、くだらない理由を盾に国を飛び出してきた娘を、その策で大切に守ってきた。

 その彼が、自国の騎士に対して、冷酷なまでの戦力外通告をする。

 解放軍の軍師としての立場が、彼をそうさせているのだろうか。

「繰り返す。天馬騎士団は続けて伝達兵としての任務を全うしろ」

「……はい」

「それから、フィーには兄どもを信じろと言っておけ」

 ふらふらとした足取りで陣幕の外に出ようとしていた騎士に、レヴィンが告げる。

 騎士は消え入るような声で了承を示すと、オイフェは我慢し切れずにレヴィンの腕をつかんでいた。

「レヴィン殿」

「今はまだ時期ではない。それに、実際に天馬騎士団は使いものにならん」

「ですが、右翼を支えることぐらいはできましょう」

「今の戦力で支えきらねば、セティが無能だということだ」

 実際のところ、右側の戦線は一番過酷な戦場でもあった。

 十二神将軍に機動力はあまりないのだが、魔道士部隊の実力は本物である。

 そこに防御力の高い重騎歩兵が加わると、どちらかと言えば飛び道具的な魔道士部隊には荷が重い。

 ただでさえイシュタル隊との戦いで先陣をきったセティ隊やアーサー隊は、最初から苦戦が確約されていた。

 左翼は機動力の高いイザーク隊がドズル隊とアレス隊を交えて、互角以上の戦いを展開している。

 しかし、それでも右翼への援護となると話は別で、セリス本隊ぐらいしか余力はないのである。

 そのセリス本隊にしてみても、後のユリウスとの直接対決に向けて、少しでも余力を残したい。

 そう考えた上での、レヴィンの決断だった。

「それに、風が吹けば、状況は変わるだろう」

「風、ですか」

 オイフェは手をかざし、空を見上げた。

 雲はゆったりと流れ、さほど風は感じない。

 グランベルの内陸部自体が、常時強風などの吹かない穏やかな気候である。

 ましてや秋でも冬でもないこの時期に、風使いが風と呼ぶほどの強風は吹かないだろう。

「穏やかな天気に見えますが」

「トラキアの風はここまで届く。絶対にな」

 そう告げるレヴィンの視線は、遥か南のエッダへと向けられていた。

 

 


 

「何でよ、何で却下なのよッ」

「兄たちを信じよと……」

 フィーに頭ごなしに怒鳴り散らされた天馬騎士が、首を竦ませながらレヴィンの言葉をフィーへ伝える。

 しかし、頭に血の上ったフィーは、誰にも止められなかった。

「もういいわ。あたしの権限で天馬騎士を呼んで」

「で、ですが王のお言葉には」

「あなた、クソオヤジとあたしと、どっちの部下よ」

「そ、それは」

 天馬騎士の困窮ぶりに、ティニーがやんわりと割って入る。

 最前線から退却してきたばかりの彼女は、アーサーから念入りにフィーの暴走を止めるように頼まれていた。

「フィーさん、今はお兄様とセティ様を信用なさってください」

「ダメよ。アーサーの奴、もうボロボロなの。もたないのよ、このままじゃ」

「焦ってはいけません。お兄様なら、きっと大丈夫です」

「ダメなのよ。もうライブを何回受けたと思ってるの。身体も魔力も、既に限界なのよ。
 それに、今まではここに戻ってこれたけど、次はどうなるかわからないじゃない」

 フィーの言うように、常に前線に立ち続けているアーサーの肉体は限界に達しつつあった。

 既に三回ほど強制的な退却を余儀なくされ、その度にフィーの回復魔法で回復させている。

 通常の戦闘ならば考えられないほど、フィーの持つライブの杖は酷使されていた。

「何とかしないと、手遅れになるわ」

 焦りを滲ませるフィーの台詞に、ティニーは思わず微笑んでいた。

「フィーさんは、本当にお兄様が大切なんですね」

「ち、違うわよ。相棒だってのもあるけど、今、アイツが倒れちゃったら戦線を維持できないわ」

「私も好きです、お兄様もセティ様も。だから、信じます」

「信じるって……」

 砂埃にまみれて艶を失っている銀髪をかき上げて、ティニーはにっこりと笑った。

 それは作り笑いなどではなく、正真正銘、彼女の笑顔。

「大丈夫です。お兄様もセティ様も、こんなところで死ぬおつもりはないですから」

「ティニー」

「もちろん、私もですけど」

 そう言うと、ティニーは天馬騎士の名を呼んだ。

 天馬騎士が顔を上げ、彼女の命令を待つ。

「レヴィン様にセティ様からの伝言です」

 そう言って顔の表情を引き締めたティニーに、フィーが思わず生唾を飲み込む。

 それほど、真剣な表情のティニーの横顔は、美しかった。

「ティニー隊を引き上げさせる準備は整った。右翼にはトラキアをお遣わし下さい、と」

「はいッ」

 天馬騎士が急いで飛び立つと、フィーがティニーの肩をつかんだ。

 普段の表情に戻ったティニーは、ゆっくりとフィーの背中に腕をまわす。

 戦場で抱き合う二人の姿は、どこから見てもティニーの方が姉の立場だった。

「ティニー……生まれて初めて、人を嫌いになりそう」

「フィーさん、必ず戻ってきますから」

「違う。この状況でもお兄ちゃんを信じれるティニーが、心底恨めしいの」

「別に恋人だからってわけでもないですよ。ずっと、一緒にいたいから……信じているんです」

「負けたわ。お父さんもお兄ちゃんも信じられないあたしって、弱いんだよね、きっと」

「だったら、お兄様を信じてあげてください。私も、お兄様は少しだけ信じてませんから」

「うん。そうする。それぐらいしか、できないもん」

 フィーが身体を起こすと、ティニーは自然に彼女を解放した。

 その間にも、ティニー隊が最前線から後方へと退いてくる。

 つまりはそれだけ、最前線のアーサーとセティが無理をしているということでもある。

「セリス様の本陣と合流後、トラキア隊と共に再突入をかけます」

 既に疲労困憊の兵たちへ、ティニーはそう言って微笑みかけた。

 少女でしかないことを最大限に活かす、歴戦の勇士をもとろかせるティニーの微笑み。

 天然でそれをできるところが、生粋の公爵家の血筋なのかもしれない。

「必ず、借りを返しましょう。フリージ魔道士団の実力、見せつけねばなりません」

 兵士たちが呼応し、図らずも大きな歓声となって、最前線の味方部隊を鼓舞する。

 それに勇気付けられたかのように、また一陣の風が戦場を駆け抜けていく。

 その風に、風の精を感じたのは、フィーだけだったのかもしれない。

 

 


 

 セティからの報告を受ける直前、セリス本陣には早馬が届いていた。

 トラキア軍の降伏とレンスター軍の到着に、レヴィンが口端を上げる。

 そこへ、天馬騎士がセティからの報告を持って現れたのである。

「セティ様より報告。ティニー隊、一時後退の模様。トラキア軍と合流後、共に再び進撃するとのことです」

 その報告に、最終決戦が始まってからは一度も笑わなかったレヴィンが、声を上げて笑い出した。

 唖然とするセリスや天馬騎士を尻目に、オイフェだけは彼の笑い声の意味を悟っていた。

「どうやら、御子息は同じ考えのようですな」

「あぁ、楽しいなぁ、オイフェ。今ほど楽しいときはないぞ」

 笑い声を止めたレヴィンが、早馬の方へと振り返る。

「フィンとハンニバルに、そのまま右翼に突っ込めと言ってこい」

「はいっ」

 早馬を飛ばさせたレヴィンが、オイフェへと視線を移す。

 オイフェは心得たと言わんばかりに、頷いて見せた。

「道を空けさせましょう。デルムッド隊はいかがしましょうか」

「フィンに付けろ。フィーに合流させ、陣を立て直させる」

「では、そのように」

 オイフェが陣幕の外に出て行くと、レヴィンは天馬騎士に最後の命令を告げる。

 先刻の冷淡な声とは違い、どこか弾んでいるような声だった。

「セティに知らせろ。風は吹いた、とな」

「風は吹いた、ですか」

「あぁ。風は吹いた。生きて顔を見せろとな」

「はい」

 レヴィンの命令を携えた天馬騎士が、再び空へと舞い上がっていく。

 全てを終えて椅子に座ったレヴィンは、黙って彼を見つめていたセリスへ視線を向けた。

「ユリアは保護してあるな」

「はい」

「ユリアと一緒に、ナーガ、取ってこい」

「どこへ行けば」

「ヴェルトマーだ。左翼から機動力のある奴を引き抜いてな」

「わかりました……でも、よくそこまで調べてますね」

「アルヴィスが最も信頼していた女が、ヴェルトマーに幽閉されている。その女が持っているはずだ」

「誰です、その人の名は」

「アイーダ=ヴェルニッジ。シレジアを滅亡寸前に追い込んだ、アルヴィスの腹心だ」

「それほどの人が何故、幽閉されているのですか」

「ユリウスには、異母兄がお前の他にもいる。その母が、その女だ」

 レヴィンの言葉に、セリスが軽く目を見張った。

 レヴィンの言葉が正しいとすれば、聖戦後の混乱は免れない。

 セリスが気にするのも無理はなかった。

「心配するな。アーサーに忠誠を誓うそうだ、その男は」

「その者の名は」

「お前が気にすることはない。ユリアを守り、ユリウスを倒せばいいだけのことだ」

「ですが」

「心配するな。お前らが思ってる以上に、ヴェルトマーの人間はなかなかの詐欺師だよ」

 怪訝そうに眉をひそめるセリスを見て、レヴィンは再び笑いだした。

 その笑顔は、どこまでも明るく、暖かな風と称された彼の性格そのものだった。

 

 


 

「セティ様に報告! 風は吹いた。生きて顔を見せよ、とのことですッ」

 天馬騎士からの報告を受け取ったフィーは、最前線を見つめ、銀の槍を握り締めた。

 戦端が開かれてから、右翼の本陣を守り続けてきたフィー。

 その彼女が、遂に最前線への突入を決めた瞬間だった。

「ターニャ、ついて来なさい」

「フィー様、まさか」

 慌ててフィーの前に立ちはだかった天馬騎士に、フィーはニッと口端を上げた。

 その表情を見れば、間違いなくレヴィンと彼女が親子であることがわかる。

「その意味深な命令、クソオヤジが勝利を確信したに違いないわ」

「で、ですが、私が参ります。フィー様はここで、全体の指揮を」

「ターニャが行くより確実よ。それに、アイツのことも心配だしね」

「アーサー様でしたら、きっと大丈夫です。王も、そう仰られておりますから」

「文句言ってきたら、こう言い返しなさい。アンタが風を吹かせたから悪いんだ、てね」

 そう言うと、フィーは愛馬にまたがり、銀の槍を高く掲げた。

 報告をしに来た天馬騎士が、それに続いて天馬にまたがる。

 近くにいたフィーの親衛隊も、各々が天馬にまたがり、出撃の合図を待つ。

「我ら天馬騎士団、王太子の援護に向かう。一人として欠けることなく、天馬の雄姿をしらしめよ!」

 甲高い、そして勇ましい喚声が上がり、次々と天馬が空に舞う。

 遠くから目にした者が見れば、入道雲と見間違えんばかりの勢いである。

「出撃! 最前線に突っ込み、アーサーと王太子を確保。その後は転戦し、本陣を守れ」

 言うが早いか、フィーが先頭に立って愛馬を駆る。

 すかさず、シレジアから遣わされた古参の天馬騎士がフィーの前に立ち、露払いの役目を買って出る。

「お転婆なのは結構ですが、生きて顔を見せよとの王のお言葉、お忘れなきよう」

「わかってるわよ。お兄ちゃんが先なのもね」

「大丈夫です。アーサー様も、私たちがお守りいたしましょう」

 騎士団とも言い難い、たった五騎の、親衛隊ということも憚りたくなるようなフィー隊である。

 それでもレヴィンがフィーのために選び抜いた、一騎当千の天馬騎士。

 自然と隊形を組んだ天馬騎士団は突入隊形を保ったまま、セティの許へと駆けつけた。

「王太子、遅参いたしました」

 そう言いながらも、すり抜けざまに敵兵士を一振りで薙いでいく。

 見事なまでの一撃離脱に、セティは確認するまでもなく援軍の正体を覚った。

「風が動いたか、フィー」

「風は吹いた。生きて顔を見せよ、だってさ」

 天馬を着陸させ、フィーがセティの背後を固めながら、レヴィンの台詞を告げる。

 その言葉を聞いたセティは、大きく息を吐いた。

「これで勝ったな」

「よくわかんないけど、そうなんじゃない。クソオヤジとお兄ちゃんがそう言うんなら」

 何だかんだ言ってもレヴィンを信用している妹を感じて、セティは肩を揺らした。

「こっちも、ケリつけてきた」

 そう言って生首を転がしてきたのは、何箇所も服を切り裂かれているアーサーだった。

 既に何度も死地を経験したためか、顔色は決して良くはない。

 それでも、アーサーが弱音を吐く気配はなかった。

「ゼクスって奴だろうな。紋章から見るに」

「ご苦労。やはり君には敵わなかったか」

「天馬が空を飛んでくれたおかげだな。奴の注意が、一瞬だけそれた」

「その一瞬を見逃さないのが、君の強さだろう」

 既に視界の端に映っていた竜の影は、見る見るうちに大きくなってきている。

 あと数分もすれば、竜騎士たちが参戦してくるだろう。

 そうすれば、右翼の戦線も膠着状態から抜け出すだろう。

「フィーが来たってことは、トラキアが動いたのか」

「陣に戻れば、早馬が着いているかもしれんな」

「もぬけの殻で、困ってたりして」

「違いない」

 つい先程まで死地に身を置いていたとは考えられないほど、二人の表情は穏やかである。

 それもこれも、天馬騎士たちが彼の周囲を取り囲み、撹乱戦を行っているからであるが。

「さて、そろそろ彼女たちにも陣へ戻ってもらわないといけないな」

「あまり無理させるってのも、気持ちのいいもんじゃないし」

「ちょっと。最後まで手柄二人占めってのはズルイわよ」

 三人の会話を遮るかのように、雷撃が三人の周囲の敵を直撃する。

 振り返った彼らの視界に映ったのは、槍騎士たちに守られたティニーの姿だった。

「一気に各個撃破の様相を呈してきたな」

「レンスター隊に先に行ってもらおうぜ。アルテナ様だろ、向こうを率いてるのは」

「確かに。それくらいのことをしても許されるだろう」

 駆けてくるティニーを守るようにして、徐々にレンスターの槍騎士団の姿が大きくなってくる。

 三人はその場でかかってくる敵に応戦しながら、ティニーの到着を待つ。

 しばらくしてティニーが三人のところへ来たときには、周辺の敵はあらかた片付けられていた。

「お兄様、セティ様、フィーさん」

「無事だよ。私も、皆もね」

 ティニーを抱き締めて、セティはゆっくりと近付いてきたリーフを見上げた。

 蒼騎士と呼ばれるレンスターの将が、四人に対して下馬し、深く頭を下げる。

「遅くなりました」

「リーフ殿、あとは任せてもよろしいですか」

「はい」

「では、よろしくお願いします」

 リーフの一振りで、レンスター軍が一気に攻勢に出る。

 既に余力の残されていない敵軍団が、じわじわと後退して行く。

 退却戦になれば、率いる将を失った軍が崩壊するのは自明の理である。

 事実、彼らは少しずつ崩壊を起こし、元気なレンスター軍とトラキア軍の敵ではなくなっていった。

 その様子を見届けると、セティはバタッと仰向けに倒れた。

 踏み荒らされた草原は、少し硬いベッドのようで、セティは無防備にも寝転がったまま大きく伸びをした。

「ふぁ……さすがに疲れたな」

「同感」

 セティのそばに膝を立てて座ったアーサーが、そう言って息を吐いた。

「働かせすぎだろ、お前の親父さん」

「信じられる人間を扱き使うのが、あの人らしい」

「扱き使われるほうの身になってみろ」

「確かに」

 まるで家の中で寛いでいるかのような二人の様子に、フィーとフィニーが苦笑をもらす。

 それが許されるほどの状況ではないが、現実として、周囲に敵兵の姿はない。

 ましてや天馬騎士たちが、彼らの周囲を固めているのである。

「しかしまぁ、よく生き残ったな、俺たち」

「そうだな。さすがにバーハラの精鋭たちだった。あとはユリウスのみ、か」

「俺たちの出る幕じゃないな。ユリアだっけ、ナーガの継承者は」

「あぁ。だが、ナーガの所在はわかっていない筈だ」

 アーサーの言葉に、セティは後ろ手をつきながら起き上がった。

 そのセティに、アーサーが首を横に振る。

「ヴェルトマーにある」

「何故、君がそれを知っているんだ」

「俺が、ナーガの持ち主を知ってるから」

 アーサーの告白に、他の三人が一斉にアーサーを見つめた。

 緊張した空気が、一気に周囲へと流れ始める。

 周囲を警戒していた天馬騎士でさえ、わずかに彼らの方を振り返るぐらいに。

「俺の師匠だよ、ナーガを持ってるのは」

「誰なんだ、一体」

「アイーダっていう、アルヴィスの腹心。今はヴェルトマーで幽閉されてるらしいけどね」

「それでは、ナーガを持っていないのではないのか」

「幽閉したのはアルヴィス。つまり、蜂起させるために牢獄に匿ってるわけ」

 それを聞いたセティは、再びばったりと仰向けに寝転がった。

 そして、最初は小さく、次第に大きく肩を震わせると、堰を切ったように笑い始めた。

 その笑い声は、天馬騎士たちを一斉に振り向かせるほどに大きく、軽やかなリズムを刻んでいた。

「ははっ……とんだ詐欺師だな、君たちは」

 そう言って笑い続けるセティの笑顔は、間違いなく暖かな風と呼ばれた彼の父にそっくりだった。

 シレジアを包む暖かな風は、確実に次の世代へと受け継がれていた。

 

<了>