おひめさま


 聖戦士と言っても、まだまだ二十歳にも届かない若者たち。

 そんな彼女たちが、楽しみにしていることの一つ。

 それが、戦争の合間に行われる、城内でのお茶会である。

 戦場という過酷な条件下とは違い、何一つ気兼ねすることなく、声高におしゃべりに興じることができる。

 それだけでも、彼女たちにとっては至福の一時だった。

 

「でもさぁ、あのときのヨハンの顔ったらなかったわね」

「そうそう。あの優男がさぁ、急に怖い目付きになっちゃってさ」

「救護室に駆け込んで来たときの勢いっていったら、猪みたいなものよ」

 先日の攻城戦で、ラクチェが怪我をしたときの一幕をネタに、ラナが朗らかに笑った。

 同じ解放軍の男たちに、けたたましいと言われるパティほどではないが、ラナも年頃の女の子である。

 若い女の子特有とも言える怪音波の発信源ともなれるのだ。

「……いいじゃない、別に」

 自身を笑いのネタにされたラクチェが、憮然とした表情で紅茶を口にした。

 どちらかと言えば喧しい部類に入るラクチェだが、自身がネタになったときは非常に大人しい。

 特にヨハン絡みのネタになると、口を閉ざしてしまうこともしばしばである。

「まぁまぁ、それだけ愛されてるってことよ」

「そうですよ。いかにも王子様という感じで、私は素敵だと思いますけど」

 こういうとき、フォローに入るのは、いつもリーンとティニーの二人となる。

 踊り子として、年齢以上の経験を積んでいるリーンは、いわばグループ内の調整役である。

 逆にティニーは、悪く言えば事なかれ主義。よく言えば天然の部類に入る。

 今回も、ティニーのフォローは別の話題を掘り起こしていた。

「王子様ねぇ……まぁ、公子様には違いないけどさぁ」

 両手を頭の背にやり、壁にもたれて上を向きながら、パティがそう言った。

 同じように、ラクチェも何かを想像しているかのように、視線を宙に向けていた。

「王子様って感じじゃないけどね」

「そうね。どちらかって言うと、城を預かる騎士って感じよね」

 ラクチェの呟きに同調したラナが、そう言って頷いた。

 そのラナの言葉に、さらに何人もが同意する。

「王子様って柄じゃないのは確かだわ。どう見たって、ちょっと黒い部分あるしね」

「えーっ、フィーってば、そんな風に見てたわけ」

 フィーの示した見解に、パティがすぐさまツッコミを入れる。

 それに対して、それまで黙って見ていたアルテナが、ついに沈黙を破った。

「聞くけれど、フィーの王子様像と言うのは、どのようなものなのかしら」

「そりゃあ、やっぱり少し頼りないところがあって、育ちの良さを思わせる、白馬の似合う人かな…」

 そう言いながらも、フィーの声は自信なさ気に小さくなっていく。

「どうして疑問系なのよ」

 パティの当然の指摘にも、フィーは苦笑して頭をかいてみせた。

「やっぱりさぁ、現実味ないじゃない。まぁ、解放軍の中の誰かって言われれば、断言できるけどさ」

「え、誰々」

 フィーの言葉に、パティ以下、数名が身を乗り出した。

 身を乗り出していないのは、アルテナとティニーだけ。

 あからさまな興味を示してはいないものの、ナンナもその表情を変えていた。

「あたしはリーフ様だと思うな」

「えー、リーフ様ぁ」

 パティ以下、数名のため息が漏れる。

 聞き耳を立てていたナンナの表情が、わずかに紅潮する。

「やっぱりさぁ、品があるわよ。ちょっと頼りないところがまた、王子様っぽいかなって」

「アーサーは、どうなのよ」

 パティの問いかけに、フィーは躊躇なく笑った。

「アイツ? ぜんッぜん別。しつっこいしさぁ、妙にこだわり多いし。王子様なわけないじゃない」

「……そうですか」

「そうよ。ティニーには優しいかもしれないけどさ、とにかくしつこいの」

 放っておけば止まりそうもないくらい、フィーの言葉に力がこもり始めていた。

 テーブルを叩きかねないくらいの勢いで、フィーの手がグッと絞られる。

 反対に、小声で反論したティニーは、肩を落とし、小さな身体を更に縮ませていた。

「もぅ、いいわよ。でも、フィーだって、シレジアのお姫様じゃないの」

 軽く沈んだティニーを気遣ってか、パティがさらりと話題の転換をはかる。

 パティの指摘に、それまで熱弁を振るっていたフィーの勢いが止まった。

「ま、まぁ……そうなんだけど」

「そうだな。もう少し、母上のような落ち着きと淑やかさが欲しいと思っていたんだ」

 乙女たちの会話に割り込んだのは、風の聖戦士。

 フィーの実の兄であり、解放軍随一の魔力を誇るセティだった。

「うるさいッ」

 手近にあったクッキーを投げつけたフィーに、セティは優雅な動きでそれをかわした。

「食べ物を粗末にするな」

「お兄ちゃんが悪いんでしょ。大体、男子は立ち入り禁止よッ」

「用事ができた。軍の編成上の都合だ。ティニーとナンナ殿、アルテナ殿はすぐにセリス様の元へ」

「わかりました」

 集団から一歩引いた状態で場に加わっていたアルテナが立ち上がり、ナンナとティニーがあとに続く。

 それを潮に、ラナが用事を思い出し、ラクチェが鍛錬へと席を立った。

 残された四人の間には、怠惰な空気が流れ出した。

「あー、何かすることないかな」

「することがないのなら、医療組を手伝ってくるといい」

「パス」

 自分の呟きに返事を返されたパティが、そう言って手を横に振った。

 答えたセティにしても、その回答はすでに予想の範疇なのか、取り立てて何かを言うことはない。

「考えてみればさ、ここに残ってるのって、微妙に責任負わされてないのよねぇ」

「そうね。部隊の指揮を任されるわけでなく、大局的に見ればそうかもしれないわね」

「責任負わされるのも嫌だけどさ、手持ち無沙汰も嫌なものね」

 三人の言葉に、セティは微笑みながら、懐に常備している魔道書をテーブルの上に置いた。

 その音に、フィーがわずかに視線を向ける。

「ちょうどいい。君たちに貴族の婦女としての躾を頼まれていたところだ。今から、ここでやろうか」

 セティの言葉に、フィーがさっさと逃亡を開始する。

 リーンは苦笑しながら、兄妹のやり取りを見つめていた。

「いいッ。遠慮します」

「そう言うな。父上の御命令でな。フィーに、母上のような器量を身に付けさせろとのお達しだ」

「あのクソ親父ッ」

 その場にいるリーンやパティを気に介せず、セティの平手が飛んだ。

 涙目になりながらドアへ向かって、フィーが突進を試みる。

 しかし、フィーの背後から、セティが日頃は見せぬ強靭さで羽交い絞めを繰り出す。

 シレジアの至宝とも呼ばれるセティの歳相応の姿を見ながら、二人は肩をすくめていた。

「退散するか」

「パティも、セティ様に習っておいたほうがいいんじゃないの」

「冗談。生憎と、あたしの彼は王子様じゃないの」

「あら、そうなの」

 静かに席を立って窓から逃亡を開始した二人の背後では、まだ妹が必死の抵抗を続けていた。

 

<了>