戦いの果てに


 暗闇の中で、蒼い髪の男がじっと佇んでいた。

「……神よ、本当に私は許されるのでしょうか」

 男の呟きが風に消える。果敢ないまでに小さなその呟きは風になり、もっと大きな風に
吸収されて行く。

「私に、幸せになる権利があると言われるのですか」

 男は、今出て来たばかりの教会の屋根の向こうにある空を見上げた。

 男の手には、真新しいリングがはめられていた。


「……キュアン様ッ」

「来るな。お前は来ずともよい」

「何故ですッ。この私に、何か落ち度があったのですか?」

 蒼い髪の青年に、キュアン様と呼ばれた青年が、槍を手にしてその青年に背を向けた。

「……命令だ」

「何故ですッ。その理由を…ッ」

 蒼い髪の青年の叫びに耳を貸すことなく、青年は二人のいた部屋を後にする。

「……リーフを頼むぞ」

「キュアン様……ッ」

 蒼い髪の青年が、青年の姿の消えた扉に向かって膝を付く。青年の涙が、床を濡らしていた。


 教会の神父ではなく、まだ年端のいかない神父が、新しき夫婦となる男女の前で宣託を告げる。

「汝らに祝福を……!」

 神父の手の中の魔道書から、キラキラとした光が二人の周囲を舞い踊る。参列者の静かな溜め
息が、その光に乱反射され、教会の中を駆け巡る。

 神父の宣託に続けて、ヴェールを被った女性の手と、なれないタキシードに身を包んだ男の手が
繋ぎ合わされた。

「汝、健やかなる時も病める時も、この者を妻とし、寄り添っていくことを誓いますか?」

「はい、誓います」

「汝の答えは?」

 神父の視線が、男から女性の方へと向けられる。女性はヴェールの中からでもしっかりと区別
できる強い視線で神父を睨むようにして見ながら、はっきりとした口調で告げた。

「はい。誓います」

 二人の意志を確認し、神父の手が高らかに挙げられた。

「今、神はこの者達の婚姻を祝されました。この二人に、永遠の祝福を!」

 神父の宣託に続くかのように、参列者からのキスコールが送られた。

 身を硬くした二人が、恐る恐る向き合う。

「よしッ、ヤレッ」

「ドジすんなよッ」

「あぁ、いいなぁッ」

 参列者の声は、二人の耳には届いていない。女性の強すぎる眼差しが、ヴェールの上からも
はっきりと感じられる。男はそのことに顔を赤らめ、ヴェールを外せないでいた。

「……早く済ませろ」

 女性の呟きが、男の耳に辛うじて入る。男の手が、ようやくそろそろと動き出した。

 女性が目を瞑り、ヴェールの上げられる感覚に耳を赤くする。髪の後ろへとまくられたヴェールの
感覚が、女性の瞼を痙攣させる。

 開けてはならないはずなのに、開けたい誘惑。愛する者をこの目で見て確かめたい誘惑。色々な
誘惑が彼女を襲う。

 さっさと済ませてやればよいものを、男は女性の表情を見ただけで、再び石と化していた。

「あの……そろそろしていただけませんか?」

 神父の控えめな声が囁かれる。

 男は、3分もの間、同じ状態で石化していたのだ。

「……ッ!」

 女性の呻きが漏れた。

 男は、何故か女性を抱きしめていた。キスをすることが出来ずに、抱きしめたのだ。

「オイッ」

 女性が目を開くと、蒼い髪が目に入った。

「人前で、キスなどできませんッ」

 男のなんとも情けない叫びが、教会中にこだました。同時に、参列者の緊張が抜ける。

 男の情けない叫び声を受けて、神父がヤレヤレと言った感じで言葉を繋ぐ。

「そう言うことですので、参列者の皆様は入口の方を向いて下さい。私も、神様への許しを請い
 ますので」

「…イマセン」

 男の謝る声を聞きながら、年若い神父が二人に背を向けた。

「終わったら呼んで下さいね」

 神父が背中を向けたのを確かめて、男がようやく女性と向かい合う。女性の目には、苛立ち
や恥かしさなどない。ただ、男を許すためだけに見せる笑顔があった。

「……恥かしがることはないと思うのだけれど」

「申し訳ありません」

「妻になる者に、敬語は要らないでしょう?」

「は、はい」

 女性の方も、誰も見ていないという安心感からか、先ほどまでとは違い、楽になっていた。

「さ、早く済ませてしまいましょう。いつまでもお預けはイヤよ」

 女性の言動は、知らずと彼女の母親に似て来ていた。もちろん、彼女自身はそんなことは露
知らずと言ったところか。

「この愛に」

「変わらないことを誓う」

 二人の囁きが、二人同時にさえぎられる。そう、二人の唇によって。


「……夢か」

 随分と昔の夢を見たものだなと、男は布団のなかで一人ごちた。

「あの時は大変だったな。結局全員が見てたんだから」

 実際に起きた夢の続きを思い出し、蒼い髪の男は苦笑を浮かべた。

 寝室からは少し離れている台所から、まな板を叩く音が聞えて来る。男が調理をする時には聞こ
えない音だが、妻が料理をすると聞えて来るのだ。

 たまに悲鳴が聞こえてくるときもあるが、その時の料理の味は推して知るべしである。

 幸い、今日はまだ悲鳴を聞いてはいない。

「父上!」

 4歳になったばかりのアリアンが、勢いよく寝室へと飛び込んでくる。どちらの血の色を濃く
受け継いだのかは、アリアンの髪の色が蒼いことでもわかる。男は、自分の苦労性が受け継
がれていないことを強く望んでいるのだが、男の主君には6歳の息子がいることを考慮すると、
どうみても苦労性も受け継がれていると認めざるをえない。

「どうしたんだい、アリアン」

「朝食の支度が出来たからと。本日は、悲鳴が2度ほど上がりました」

 息子の報告を受けて、男は苦笑せざるをえない。何しろ、この家に移ってからというもの、
悲鳴と味の相関関係が息子にもわかるようになっているのだ。

(2度なら、何とか食べられるだろうな)

 妻は王族の娘、主君の姉にあたる。当然、家事は男の方が上手い。だが、妻は譲らないのだ。

「フィンッ、朝食よ!」

 ますます男の知る、妻の母親に似て来た妻のよく通る声が、寝室に届く。

 アリアンを先に外へ出し、自分も上着を羽織って食堂へと向かう。男の新居は、平民の家と
変わらない。もちろん、3年もすれば王宮住まいになることはわかっていた。今は、主君の第二
子誕生で、世話のうまい男に嫉妬した主君が、自分で育てたいが為に王宮を追い出されてい
るのだ。

「おはよう、アルテナ」

「フィン、おはよ」

「おはよ、ちちうえ」

「おはよう、エヴァ」

 最愛の妻と娘に朝の挨拶を交わし、家族4人で食卓に付く。

 

 蒼い髪の苦労性の子育てのうまい男・フィンと、茶色い髪をサラリと流した男の主君の姉・
アルテナと、その二人の子供。

 この家族の朝は、こうして始まる。

 


 どうしても書きたかった後書き。

  この作品だけはどうしても後書きが書きたかったんです。何故かって?
  そりゃあ、フィンxアルテナが支持されてないからですよ。
  アルテナにはフィンしかいない!!アリオーンは、あの歳で結婚してないはずがないッ。
  そうでなきゃ、アリオーンはセリスに敵対しなかったと思います。だって、直接の利害関係ないし。
  アルテナをレンスターに返すため、アリオーンは闘ったのです。トラバントは二人をくっつけて、
 半島を統一しようとしたでしょうが、アリオーンは統一よりも大事なものがあったと思ってます。
  それは、多分、自分の中に流れる聖戦士の血でしょう。アリオーンは、最後までトラキアでいたかったのだと思います。

  アリアンとエヴァは、パッと作った彼等の子供です。(名称は笑ってやって下さい)
  もちろん、エヴァは主君の息子に取られちゃう運命にあり、アリアンは父親と同じ運命をたどることになるでしょう。
  私はフィンが好きですが、決して彼を楽にはさせません(笑)
  フィンは永遠に苦労するのです。
  アルテナはエスリンに似ていくってことで、勘弁して下さい。

  本当はエヴァとノヴァの双子にしようかなと思ってたんだけど、別のネタにしちゃったので、ここではナシ。
  それでは、あとがき終了!