薄氷の女神


「シグルド、ここは任せて、お前はアグスティ城に向かえ!」

 目の前のランスリッターを槍で一撃に仕留めながら、キュアンが右後方のシグルドに叫ぶ。

「ベオウルフ、アレク、来いッ」
「あいよ、大将」
「ノイッシュ、死ぬなよッ」

 シグルドの声に、すぐ後ろからアレクが、前線に復帰したばかりのベオウルフが呼応する。

 だが、一気に走り出そうとした三騎も、その道がなくては戦場を突破することは不可能である。
 駆け抜けようとする三騎を支援する為に動いたのは、アゼルとレヴィンの二人だった。

 二人の魔法が道を開き、三騎が駆け抜ける。

「フュリー、来い!」
「レヴィンッ?」

 レヴィンの声を受ける前にその指示を読み取っていたのか、既に低空飛行に入っていたフュリーが、ペガサスを滑降させる。
 タイミングよく上空に飛び上がったレヴィンをペガサスの背で受け止め、フュリーが手綱を絞った。

「アグスティ城だ」
「はいッ」

 急上昇して行くペガサスを見送る暇もなく、態勢を建て直したランスリッターが、護衛のいないアゼルへと殺到する。

「テメェらザコ介が、粋がるんじゃねぇ!」

 アゼルを狙う槍を叩き折り、助かることを微塵も疑っていなかったアゼルのファイアーが敵を包む。
 無言で視線を交わした後、レックスの馬の影に入り込んだアゼルが、迷わずに長い詠唱に入った。

「……大地に眠りし炎の聖霊よ、今こそ我に力を貸さん……グレイヴファイアー!」

 大地の鳴動と共に、魔道本にはない炎が吹き上がる。
 直後、二人の横を炎の柱に髪を赤く染めた戦女神が走り抜ける。

「……流星剣」

 滑走するように走り抜けたアイラの討ち漏らしを、レックスの手斧とアゼルのファイアーがフォローする。

 背後の殺気を感じなくなったアイラが、すぐさま身体を翻す。
 髪を振り、今度はアゼルを中心に隊形を取ったアイラの口許が微かに歪んだ。

「……やるじゃないか、アイツも」 

 

 

 先に戦場を突破していた三騎の後を追った二人は、斜面を道に沿って駆け上がる三騎より先に、アグスティ城の前に到着した。

「死ね」

 ペガサスに弓をむけようとした兵士を、フュリーの背後から飛び出したレヴィンが仕留めた。
 その直後、ペガサスを乗り捨てたフュリーの剣が、シューターを貫く。

「離れろ、フュリー」

 レヴィンのエルウィンドがロングアーチを壊す。
 城門を固める主要部隊を徹底的に攻撃した後で、フュリーがペガサスを呼び戻す。

 そのペガサスを追うようにして、斜面を駆け上ってきた三騎が戦列に加わった。

「レヴィンにフュリーか」
「騙された部下の落とし前は、この手でつけたくてな」

 素っ気無く答えたレヴィンを見て、シグルドは瞬時に考えていた作戦を変更した。

「フュリーとレヴィンは中庭で注意を引き付けてくれ。我々三人で正面突破をかける」
「いいだろう。フュリー、行くぞ」

 呼び戻したペガサスに乗り込んでいたフュリーの背に捕まり、レヴィンが軽くシグルドに手を振った。
 無言で上空に飛び上がったフュリーを追って、三人は突撃を開始した。

「正面から突破し、なるべく早くシャガールを取り押さえる!」
「オレが城門を確保します」
「だったら、大将の護衛は俺かい? ま、いいけどよ」
「では、行くぞッ」

 城門にアレクを残し、ベオウルフとシグルドは馬を走らせた。

 

 

 中庭に降りた二人は、少しの間かかってくる敵をあしらうと、レヴィンの魔法で強引に入口を作った。

「どうせ、この上だろう」
「レヴィン様、無茶しすぎでは?」
「売られた喧嘩は高く買う。敵の心配なんてしてられるか」

 ペガサスを上空へ返し、剣を抜いてレヴィンの背を守るフュリーは、前を歩く上司の背中をじっと見つめた。

 その背中は、前にもまして頼りがいのある背中となっていた。

 

 

 王座の間への扉をブチ破り、シレジア主従が傾れ込む。

「アグスティ国王シャガール、御覚悟を!」

 騎士の礼儀として、フュリーが剣の切っ先を下にして叫んだ。
 それを受けて、ゆっくりとした動きでシャガールが立ち上がった。

「お前は、あの時のペガサスナイト……すると、その隣にいるのは」

 シャガールの視線を待つまでもなく、レヴィンがそのターバンを外し、美しい緑髪をたなびかせた。

「貴様なんぞに名乗りたかないが、俺がレヴィンだ。部下を騙してくれた落とし前、つけさせてもらおうか」
「フン、礼を言われるならまだしも、恨まれる覚えはない」
「黙れよ、刺青眉毛」

 見事に敵の身体的特徴を捉えたレヴィンの言葉が、シャガールのこめかみを揺らした。

「貴様……」
「とっととノディオンの主君を解放して、一言謝りな」
「小国の王子の分際で……この私自ら相手をしてやろう!」

 マントを外し、シャガールの鎧に包まれた身体から気合が吹き出る。
 それをあざ笑うかのように、レヴィンの周囲の風がざわめく。

「フンッ」
「ハッ」

 その肉体に合わないスピードで、シャガールの銀の大剣がレヴィンを襲う。
 甲高い音と共に、鋼の剣でそれを受け止めるフュリー。

 両者の力の差は歴然としているのだが、フュリーの技術が圧倒的な展開を拒んだ。

「くッ」

 躊躇わずに一歩退いたシャガールに、フュリーの背後から抜け出したレヴィンが仕掛ける。

「エルウィンド!」
「甘いわッ」
「やぁッ」

 身体を捻り、フュリーへの構えが疎かになったところを、フュリーが突く。
 しかし鎧に弾かれたその突きは、更にシャガールによって払われ、フュリーの手から剣がとんだ。

「まだ、甘い!」

 悲鳴も上げずに後ろへ跳んだフュリーの腹部を、切っ先が掠めた。

 ペガサスナイトの装備はペガサスへの負担を減らすために、誰しもが軽装である。
 特に腹部は鋼を装備することは殆どなく、今回はそれが仇となり、赤い筋がフュリーの服につけられた。

 そのまま追い詰められていくフュリーの援護に入ったのは、ようやく辿り着いたベオウルフの剣だった。

「ぬおッ」

 シャガールの鼻先を通り抜けたその剣のあとに、シグルドの剣が襲う。
 辛うじて受けたシャガールの首筋に、魔力を開放する直前のレヴィンの手が添えられた。

「終わりだな」

 レヴィンの言葉の間に、ベオウルフとフュリーがすぐさま自分の剣を拾った。

 

 

 最後まで剣を捨てないシャガールを救ったのは、牢から開放されたばかりのエルトシャンだった。

 

 

「……まったく、甘い男だな、アンタ」

 エルトシャンの頼みを聞き入れ、シャガールを解放したシグルドを、レヴィンはそう評した。
 レヴィンの評価に苦笑して、シグルドは呼ばれるままに妹の方へと歩き出す。

「人殺しはしたくない」
「……よくそれで公子が務まるな」
「君も、悩んでいたのじゃないのかい?」

 旅の目的を見透かされたようで、レヴィンはそれ以上の追及を止め、背後にいるはずのフュリーを振り返った。

「そんなに迷ってるように見えたか?」

 そう言ったレヴィンは、次の瞬間、慌てふためいた。

「フュリー!」

 

 

 城の一室に寝かされたフュリーを診たエーディンは、静かに息をついた。

「大丈夫。腹部の傷は深手ではありません。むしろ、疲労の方が心配ですわね」
「疲労?」
「えぇ。きっと、国を出て以来、ろくに休んでなかったのではないかしら」
「一年だぞ? その間、ずっとか?」

 面食らったレヴィンに苦笑して、エーディンは立ち上がった。

「愛しい殿方の為ならば、女は何年でも無理を続けられるものですわ」

 そう言い残して去ったエーディンの代わりに、レヴィンはベッドの脇の椅子に座った。

 静かな寝息を立てて眠る部下の寝顔は柔らかく、記憶のままだった。

 

 

 二人の静寂を破ったのは、フュリーの直属の部下だった。

「失礼します」
「おぅ、何だ?」

 フュリーから目を離し、入って来た部下の方を向いたレヴィンに、部下が軽く一礼をして報告を始めた。

「はい。先刻、調べるようにと御命令された件がわかりました」
「言え」
「シャガール王はシルベール城に入られた模様です。それと、黒騎士団もエルトシャン様と共にシルベールへ移ったようです」
「お目付け役か、それとも……」

 右手で髪をかきあげた主君に、部下は少し躊躇ってから別の報告を続けた。

「それから、これはまだ確実な証拠をつかんではおりませんが、グランベルの役人が派遣されて来るそうです」
「……妙だな。先のヴェルダンの件といい、グランベルの動きが活発過ぎる。先走りしたシグルドを呼び戻すなら、
 普通に書状を送れば済むことだ」

 レヴィンの指摘に、部下は同意を示し、ちらりと背後の気配を確認してからそれを口にした。

「その通りです。シグルド様なら、書状一つですぐさま帰ることでしょう」
「と、なると、これを口実に……か」
「考えられます。制圧した領域を考えますと、大勢は決したも同然。黒騎士団さえ押さえ込めば、後は……」
「要となっていたノディオンが外れたんだ。それに、戦力差はいかんともしがたい」

 その時、もう一人の部下が報告書を持って入って来た。

「アウロラ、新しくわかったの?」
「はい。トラキアに不安な動きがあります」
「トラキア? えらく遠いな」
「王子がいきなり放浪を始めたからです」

 容赦なくそう言った部下に、レヴィンは返す言葉もなかった。

 つい先程までフュリーの容体を悪くした原因が自分にあることを知り、落ち込んでいたのである。
 その落ち込みは更に酷くなっていた。

 にもかかわらず、アウロラは報告を続けた。

「この一年、世界一周しましたからね。いろんな情報を持ってます」
「……で?」
「トラキアの食料生産地帯に、頻繁に早馬が飛んでいるようでした。出撃が近いものと思われます」
「その報告書、キャアン王子に渡してやれ」
「わかりました」
「他には?」

 アウロラはレヴィンの奥に眠る自らの隊長を心配げに見つめた。

「……フュリー隊長のお加減は?」
「しばらく安静だな。俺が看るから、心配するな」

 それでも少しの間、フュリーの寝顔を見ていたアウロラは、ようやく報告書を片手に部屋を出て行った。

 それを見送って、レヴィンはフュリーの副官である部下に愚痴を漏らした。

「アイツ、信用してないな」
「まぁ、王子とはそれ程の面識があるわけでもありませんし」

 そう言って微笑んだ部下を睨み付けて、レヴィンは髪をかきあげた。

「どうせフュリーはここに残ると言うだろう。お前達は先に帰ってろ」
「シレジアの方も余談は許されません。いつまでも御二方を自由にさせる時間はありません」
「わかってる。もう少し、我侭させてくれ」

 そう言って、レヴィンはフュリーの方を見た。

「……こいつが、俺をレヴィンと呼ぶまでは、な」
「強引になさればよろしいのでは?」
「マーニャに恨まれ、パメラに殺される」

 フュリーを殊のほかに可愛がる二人の騎士団長の名前を挙げて、レヴィンは不貞腐れた。
 その様子を面白そうに眺めてから、フュリーの副官である彼女はそっと部屋を抜け出した。

「お気をつけ下さい……ラーナ様も、万能ではないのですから……」

 

 

 夕食までフュリーの傍に付き添っていたレヴィンは、夕食後には部下にその場所を譲った。

「よろしいのですか?」
「しばらくは目を覚まさないだろう。一年も休みなしで働けば、身体も壊れる」
「……てっきり、目覚めた時に傍にいることを望まれているかと」

 そう言ってレヴィンを見た部下に、レヴィンは苦笑した。

「そうしたいがな、自由な時間を作る為にはやむをえまい」
「では?」
「シルヴィアと共に、情報を稼いでくる。グランベルのクルト王子の動向も気にかかる。そっちは任せる」
「わかりました。プシュケを残しておきますので、何かありました時は……」
「あぁ。無理はするな。どうも最近のグランベルの動きは、クルト王子のさしがねではない気がしている」
「……承知致しました」

 そう言って早くも動き出そうとしているフュリーの副官を呼び止め、レヴィンは彼女の耳許に口を寄せた。

「国にはまだ俺が行方不明と言うことにしておいてくれ。様子を見る」
「そちらの件も、処理しておきます」
「頼む」

 レヴィンから離れ、もう一度深く礼をしてから歩き去った副官を見送って、レヴィンは脇に抱えた竪琴を弾いた。
 いつもの如く綺麗な音色とは裏腹に、心の中は薄暗い。

「……音色だけでは、心は表されないということか」

 そう呟いたレヴィンの視界に、レヴィンを求める少女のリボンが近付いて来ていた。

 

 

 フュリー隊をそれぞれ別行動にさせて数日後、朝食を終えてフュリーの様子を見る為に部屋に入ったレヴィンを待っていたのは、
ボサボサの髪をして上半身を起こしていたフュリーの姿だった。

「フュリー!」
「レ、レヴィン様ッ?」

 慌てて布団を被ったフュリーの傍では、朝食を摂っていたプシュケがレヴィンを睨んでいた。

「王子、デリカシーがないんちゃいますか?」
「い、いや、まだ眠ってると思ってな」
「せめて、ノックしたらどうなんですか」
「すまん」

 素直に謝ったレヴィンに、ようやく顔だけを布団から覗かせたフュリーが謝った。

「申し訳ありません、大事な時に倒れてしまって……」
「気にするな。今は情報収集しかすることがなくてな」
「そのような時に……申し訳ありません」

 泣きそうなフュリーに、プシュケは声をかけた。

「隊長、二人分食べちゃったんで、軽いものを頼んできます」

 プシュケがそう言って部屋を出て行くと、残された二人は気まずそうに視線を逸らした。

 しかし、レヴィンの視線はすぐにフュリーに奪われた。

 病人の髪は湿気を失い、パサパサした感じとなる。
 そこに生気の戻った顔が加わると、アンバランスな色気が生じるのである。

「その、何だ。無事で良かった」
「……はい」
「もう、大丈夫か?」
「はい。痛みは感じませんし、今日の昼には任務に戻れます」
「まぁ、無理するなよ。お前に倒れられると、辛い」
「無理などしません。あの時、誓ったではありませんか」

 二人きりの開放感からか、フュリーはいつになく親しげだった。
 騎士と主君よりも前の時間。フュリーが望んだ時間へ、二人は戻り始めていた。

「……いいか、あと二日は安静だ」
「ですが……」

「それに、髪も洗うな」
「はぁ?」

 不審気に尋ね返したフュリーに、レヴィンは首を横に振った。

「今のは俺が言ったんじゃないぞ」
「そう、私です」

 クスクスと笑いながら、いつの間にか部屋に入っていたエスリンが、卵粥をサイドデスクの上に置いた。

「貴方の部下に頼まれて、卵粥を作ったの。レヴィン、全部食べるように見張っててね」

 突然入ってきたエスリンに、レヴィンは照れ隠しに声を荒げた。

「アンタといい、アンタの兄貴といい、本当に公子か?」
「失礼ね。でも、ゾクッときたんでしょ? 病み上がりの女の人ほど、色気のあるのはいないんだから」

 ズバリと言ってのけるエスリンに、レヴィンは珍しく頬を染めて、追い出しにかかった。
 素直に追い出されながら、エスリンは最後に、フュリーへ笑顔で手を振って見せた。

「まったく、ここの軍ときたら」

 憤慨するレヴィンとは裏腹に、フュリーがクスリと笑った。
 レヴィンがそれを見咎めると、フュリーは微笑して答えた。

「家に帰ったような雰囲気でしたので」
「ま、それは認めるけどな」
「……それで、私に色気はありましたか?」

 普段は滅多に叩かない軽口を叩いたフュリーに、レヴィンの目が光る。

「……誘惑したの、フュリーだからな」
「え?」

 素早い動きは、誰にも負けない。
 レヴィンの右手が、フュリーの後頭部を支えた。

 慌てるフュリーの唇を、レヴィンが一気に奪い尽くす。

「……んッ」

 紅をつけていないフュリーの唇を蹂躙し、レヴィンは白粉も落ちきった右頬に、自分の左頬を合わせた。

「レヴィン様……」
「フュリー、今すぐ俺に誓え。”二度と俺に心配させない”って」
「それは……できかねます」
「何故?」
「レヴィン様が、私に心配させるからです」
「う゛……」

 痛いところを突かれて、レヴィンの頬がフュリーの頬からはがれた。
 柔らかかったレヴィンの頬が、硬くなる。

 サラリとした感覚で離れた二つの頬は、フュリーの手によって再び合わせられた。

「でも、もし、レヴィン様が私の心配を取り払って下されば、私も誓います」
「わかったよ。ずっと、隣にいる。だからお前も、俺の隣にいろ」

 予想外の答えを受けて、今度はフュリーの手が二人の距離を遠ざけようとするのを、レヴィンは許さなかった。

「……いいな? 今からお前は、シレジア王妃だから」
「レヴィン様」
「シレジアに帰った時が、お前の年貢の納め時だからな」

 フュリーの肩口に顔を埋め、レヴィンは聴き取り難い篭った声でまくし立てた。

「……はいッ」

 フュリーの手が、柔らかくレヴィンを包み込む。
 それをそのままに、レヴィンはゆっくりとフュリーを押し倒した。

「……あと二日、絶対に安静だからな」
「はい」
「誰かが来ても、絶対に起き上がるな」
「はい」

 それ以上、言葉にすることはできなかった。
 まるで女神に睨まれた農夫のように、レヴィンはその白い肌に沈み込んでいた。

 いつになく白い肌は、もはや白粉では表現することはできないだろう。
 人間の、生命の神秘的な魅力の前に、彼はあがらう術を知らなかった。

「……少し眠るんだ。起きたら、卵粥を食わせてやる」
「はい」

 瞼を閉じたフュリーの手をほどき、レヴィンはフュリーの手を布団の中に押し込んだ。

 そのままベッドを離れ、サイドテーブルの卵粥を一匙すくう。

「冷たい卵粥が好きだったよな……」
「昔はよく、姉様に作っていただきました」
「美味かったな」
「……レヴィン様?」

 匙を戻し、部屋を出る為に扉に向かっていたレヴィンを、女神の音色が追いかける。
 扉の取っ手に手をかけて、ようやくレヴィンは振り返った。

 軽く片目を閉じて見せ、懐から取り出した竪琴を弾く。
 レヴィンには、竪琴の音色が強く感じられた。

「……ここじゃ、音が強すぎるからな。安心して寝るんだ、いいな」

 優しい瞳と真剣な表情を持つ最愛の人の言葉に、フュリーは無言で布団をかぶりなおした。
 それを背中で感じ、廊下に座り込む。

 

”女神への鎮魂歌”

 その優しげで儚いメロディーを、彼は力強く奏で始める。
 優しげで儚い音色ではなく、強く、優しく、包み込むような、声、声、声……

 彼が想う女神はその声に誘われるように、明日のある眠りについた。

 彼を想い、明日の彼に、女神の祝福を与える為に。

 

<了>