ザインは悩んでいた。

 本当に、自分の部隊が出撃する必要があるのかを。
 だが、彼以外に出撃する部隊がいないのもまた、事実であった。

 アグストリア最強と呼ばれる黒騎士団は、絶対に動きはしないだろう。何しろ、彼らのリーダーは
囚われの身であり、誇り高き彼らはたとえリーダーを人質として脅迫されたとしても、そのリーダーの
妹を中心として、反攻の烽火を上げることだろう。

「……ザイン殿」

 ザインの腹心である騎士が、出撃の準備が整ったことを教えに、ザインの背後に立った。
 それを振り返ることなく、ザインは答えた。

「整ったか?」

「はい。いつでもシグルド軍迎撃に向けて、出撃できます」

「早いな」

「黒騎士団には劣るとは言え、我等とてアグストリアの騎士。憂国の士に、時間は無用」

「……憂国の士か」

 ザインはそう呟くと、部下を振り向いた。

「出撃すべきだと思うか?」

 一瞬、何を聞かれたのか戸惑った騎士は、ザインの質問の意味に到達すると同時に、兜を脱いだ。

 金髪の髪がなびき、ザインに優しい顔が映った。

「我等はシャガール王に忠誠を誓った身。王の御命令に背く訳にはまいりません」

「だが、今回の非は誰が見ても王にあるのだ。その王を援護することが、国の為になると思うか?」

 ザインの言葉に、優しい顔の騎士は、少し逡巡してから、はっきりと答えた。

「我等憂国の士は、王の為に戦うのも一つの仕事です」

「それが、国の崩壊に繋がるとしてもか」

 ザインが吐き捨てる。

 騎士はザインの言葉を聞かなかったかのように、言葉を続けた。

「……そして、国の為、国民の為に戦うのも一つの仕事です」

「……国民の為になると思うか?」

「我等がやらねば、王は必ず別の部隊にシグルド軍追討の命を下すでしょう。そうなれば、もはや戦火を
 この一帯に止めることはできません。アグストリア全土を巻き込むでしょう。そうさせない為に、我等は
 立ち上がらねばならんのです」

 騎士の言葉に、ザインの頬が緩んだ。

「犠牲になると言うのか、この国の為に」

「はい」

 ザインは堪えきれなかった笑い声をひとしきり解放すると、騎士に背を向けた。

「負けたよ、お前には」

 黙って頷いた騎士に、ザインは語り続けた。

「正直言って、俺達では相手にならん。シグルド軍を止められる軍隊はそうそういない。俺達は犬死だ。
 だから、俺は最初はこの命令を引き受けた振りをして、城が落ちた後に赴くつもりだった」

「ザイン殿」

「だが、それでは俺達の信義が疑われるよな。王に疑われるのはかまわんが、国民には……な。
 何の為の騎士か。民の為の騎士だ。そんなことさえ、わからなくなっていたのだな、俺は」

「ザイン」

 ザインの友であった腹心は、たまらずに昔の呼び名で自分の上司の名を呼んだ。

 振り返ったザインの手には、彼の剣が握られていた。

「俺はもはや、騎士団長ではない。己と家族の保身だけを思った、情けない男だ」

「ザイン、お前、まさか……」

「……お前に託す」

「バカなことを言うなッ」

 近づこうとした騎士を牽制するように、ザインのその刃を自らの首許に当てた。

「騎士団長は、シグルド軍に通じようとして味方の騎士に殺された……そう、報告してくれ」

「ザイン、やめろ!」

「これは、騎士団長としての最後の命令だ。しかと伝えたぞ」

「ザインッ」

 ザインの安らかな表情が、騎士の瞳に映った。

「友として言う……俺の真意を汲み取ってくれよ」

 ザインが手を動かした。

 血飛沫と共に、ザインの体が崩れ落ちてゆくのを、騎士は慌てて抱き留めた。

「ザイン……」

「王には俺が怒られよう……その命……無駄……な」

 無言で頷く騎士を確認することは、ザインにはもはや無理だった。

 

 

 


 エルトシャン解放に向けて進撃を続けるシグルド軍の前に、アグスティ騎士団が立ちはだかった。

「我が名はアグスティ騎士団長、ザイン! 貴殿ら、いかなる理由を持ってここを進軍するや!」

 ザインのマントと紋章を背負い、優しい顔の騎士団長がシグルドに向かって叫ぶ。

 シグルドは軍の先頭に立ち、ザインと名乗る騎士団長に向かって声を張り上げた。

「我が友、エルトシャンを解放する為である」

「貴殿にはアグストリアに関与する意志があるとみなし、よって、アグスティ騎士団はこれを阻止する。
 異存、あるまいなッ」

「異存はあるが、邪魔をすると言うのなら、その命は保証しない」

「無論」

 ザインの槍が高くつきあげられ、両軍から鬨の声が上る。

 その声がぶつかり合うと同時に、戦闘が始まった。

 

「我が名はアグスティ騎士団長、ザイン。アグストリアの民の為、この命、捧げよう!」

 

 


後書き

 第二章より、アグスティ騎士団長、ザインです。

 アグスティ騎士団は、シャガール王直属の騎士団であり、その実力は黒騎士団に次ぐものとされています。
 その理由は、「彼らが強力な指導者を得られていないこと」というのが、国民の本音です。

 この作品が書きたかったのは、友人に言われたから。

「お前、これではデビューできんぞ」

 ……その通りです、はい。

 甘く痒い作品と同時に、シリアスでドロドロしたものを書けと言われましたが、ドロドロは嫌いです。
 友人は昼ドラ大好き人間なので、峻祐にそれを書いてみたらと言ってくれるのですが……ドロドロしたのは
現実だけで充分です、はい。

 

 と、言うことで、たまには長くない、キレのある作品を!
(いつも短編しか書いてないと言うツッコミはなし……苦)

 できたのがこれです。
 キレ的には満足のいくものです。久しぶりに鋭い作品かな。

 この作品は、「名乗らなきゃ、他人は本人かどうかを知らない」

 ザインの後をついだ友人の行動は、「男は基本的にバカ」

 以上で成り立っています……考えると、物凄い単純な作品だな。

 

 本日の言葉………「シンプル イズ ベスト!!」

では、失礼。