to be to be ten made to be


「やる気削がれるなー」

「こう暑いとなぁ」

「バカ。シグルド様を見ろ。この暑い中、正装でいらっしゃるだろ。俺達が負けてどうする」

 赤い鎧を着た青年が、ターバンを巻いた青年を激励する。
 赤い鎧の青年は、律儀にも剣の素振りをしながらである。

「お前はホント、クソマジメな奴だよな」

「お前がダレているだけだ」

「へいへい」

 ターバンを巻いた青年は、鎧は着けていないものの、剣は離さずに持っている。

「まぁ、確かにシグルド様が頑張っていらっしゃるんだ。オレたちも少しは気を引き締めた方がいいかもな」

 三人目のややイカツイ男がそう言うと、ターバンは笑いながら手を振った。

「オレ、パス」

 その言葉を予期していたのか、二人はアレクをその場に残し、城の鍛錬場へと去って行った。

 残されたアレクは誰もいなくなったことを確認すると、ゆっくりと立ち上がった。

「さて、ナンパでもしに行くか」

 

 


 城を軽装で抜け出したアレクは、そのまま街へ下りて行った。

 馬で駆ければ速いのだが、彼は決してそのようなことはしない。

「街へは歩く」

 コレがアレクのポリシーの一つだった。

 

 事実、街へ入ったアレクをことさらに見る者はいない。
 ターバンが彼を商人か町の若者に見せ、彼を騎士団の一人であると見る者はいなかった。

「……相変わらずの盛況ぶりか」

 適当な露店に顔を突っ込み、品物を眺めるようにしてその雰囲気を探る。
 若い時からこの地に住んでいる彼にとって、微妙な匂いをかぎわけることは易しかった。

 

「オヤジ、そこの果物は生で食えるのか?」

「あぁ! なんなら皮剥いて、串に刺してやってもいいぜ」

「そこまではいらねーよ。一つくれ」

「あいよッ。――ほれ、3Gだ」

「ほい」

 果物を受け取って、アレクは店を出るとかじりついた。
 甘い果汁とともに、程好い酸味が爽やかな味を作り出す。アレクは一発でこの果物を気に入った。

「美味いな、コレ」

 上機嫌で街の散策を続ける。

 いくら街でも裏街道はある。その一つ一つをチェックするような真似はせず、何となく気になった通を歩く。

 声を掛けられることもしばしばだが、それを容易くあしらいながら、アレクは運河に突き当たった。

「……オイオイ、あれはッ」

 アレクは運河の橋の上に、若い女性が立っているのを見つけると、果物を捨てて走り出した。

 その間にも、アレクは自分の予感が的中したことを恨んだ。

「バカッ、やめろ!!」

 アレクの声にハッとした女性が、急いで橋の欄干の上に上ろうとする。
 しかし、女性のスカートがそれを阻んだ。

 女性が欄干に上る直前に、アレクは女性の腰を捕まえた。

「オラァ!」

 掛声と共に、女性を自分の上に置いて仰向けに倒れ込む。
 アレクの体の上に座った女性は、ガックリと力が抜けていた。

「自殺するなら、他所の国でやってくれ。ここ、シアルフィじゃ、美人の自殺は厳罰なんだぜ?」

 軽口を叩きながら女性の顔を上げさせる。
 アレク予想通りの、薄幸の美貌が目に飛び込んで来た。

 アレクは自分の想像力に舌を巻きながら、女性を立ち上がらせた。

 

 


「……とにかく、訳を聞かせてくれや」

 馴染みの喫茶店に女性を連れ込んだアレクは、女性に何度目かの声を掛けた。
 だが、彼女は俯いて何も話そうとはしない。

「まいったな」

 計算の中の呟きを漏らしながら、アレクは背もたれに体重を預けた。

 しばらくして、ウェイトレスが果物を持ってやって来た。

「これでよかった?」

「おぅ、これこれ。ほい、10G。ツリは君の笑顔代」

「バーカ」

 そう言いながら笑顔を見せたウェイトレスが去ると、アレクは果物を女性の顔に近づけた。

「本日の掘り出しもんだ。美味いぜ」

「……」

「遠慮するなって。美味いもんは美味いうちに食う。それがそれに対する礼儀ってもんだ」

「……いりません」

 わずかに顔を上げてそう答えた女性に、アレクは自称「役者顔」を微笑させた。

「やっとしゃべったな」

 アレクの言葉に再び俯こうとした彼女の顎を捕らえ、アレクは少しだけ上に向かせた。

「名前も自殺する理由も聞かない。ただ、食べてくれ」

 それだけ言うと、自分の手にかかる体重が軽くなった頃合いを見計らい、アレクは彼女を放した。

 若干下に向いた彼女の口は、果物を少しだけ含んだ。
 それを追うようにして、アレクも自分の手の果物を含む。

「うん、冷えてる」

「……美味しい」

 そう言いながら、彼女は果物を置いた。

 アレクはそれを無視して自分の果物を食べ終えると、彼女が口をつけた果物を手にとった。

「もらうぜ」

 そう言って、彼女の答えを待たずに食べ尽くす。
 アレクは口をふくと、立ち上がった。

 思わず顔を上にあげた彼女に瞳を捕らえて、アレクは彼女を強引に立ち上がらせた。

「話を聞いてくれって顔してるぜ」

「……私は」

「オレ、女性には凄く強引なの」

 そう言うとアレクは彼女の手を引いて、猛スピードで走り出した。
 彼女の小さな文句を無視して。

 

 


 草原に倒れ込み、アレクは彼女の手を放した。

「どうだい、風を受けた気分は?」

「……最悪」

「そうか。じゃ、更にその上をいく、最悪な目に合わせてやるよ」

「貴方とのキスじゃ、最悪とは思えないわよ」

 アレクの先を制して、彼女はそう言った。

 キスを諦めたアレクは、彼女を自分の隣に座らせた。

「男のグチを聞かせてやるよ」

 そう宣言して、アレクは彼女の手を離さずに話を始めた。

 

「これでもオレは騎士団の一人でね。まぁ、当然仲間がいるわけだ。中にはクソマジメな奴が多くてな、
 このオレをナンパ師扱いしやがる」

「当然ね」

「オレの親友なんだけどな。見回りに騎士の格好で行きやがるんだよ、そいつは。オレみたいな格好は、
 騎士の名誉を傷つけるってな。そんな格好で見回っちゃ、ナンパはできても悪事は見つけられん」

「……バカね」

「そう、バカなんだよ。仕事はできるけど、人間的な面白味に欠けるって言うか、からかいがいがあるって
 言うか。そんなバカが女にホレた時はビビッたね。騎士の格好でデートだぜ?」

「なるほど。貴方は先に恋人を作られたのね」

「……お前、オレのグチを聞きたくないんだろ」

 明らかに拗ねた表情を見せ、アレクは彼女を睨んだ。

 彼女は最初に会った表情が消え失せ、おそらく彼女本来の冷たい表情になっていた。

「……だから、男にフラれるんだぜ」

「ッ!」

 キッと睨まれたアレクは、その視線に真っ向から立ち向かった。

「図星か」

「そうよ」

「オレがお前の恋人でも、当然裏切るぜ」

「アンタに、何が分かるのよッ」

 アレクは既にその手を離していた。

「さぁな。少なくともその表情じゃ、少数にしか好かれないぜ」

「大きなお世話よ!」

 立ち上がって、アレクを見ずに立ち去る彼女に手を振って、アレクは微笑んだ。

「ま、あれだけ怒れば、死ぬより先に見返したくなるだろうよ」

 

 


 城に帰ったアレクは、門の所に見覚えのある女性を見つけた。

「よぉ、ノイッシュの彼女じゃん」

「あ、アレクさん。御無沙汰しております」

 深々と頭を下げてくる彼女に手を振って、アレクはそこにいる理由を尋ねた。

「はい。今日の任務が終わったら、夕食を一緒に食べようと言われまして……」

「へー。なら、入れよ。アイツのことだから、頭から抜けてるかもしれないしな」

「でも……」

「気にすんなって。オレがいるから安心」

 そう言って強引に彼女を連れ、アレクは鍛錬場に顔を出した。

 予想通りノイッシュはシグルドと剣を振るい合っていた。

「よくやるなー。時間は何時の予定?」

「その……時間通りに来たんです」

 申し訳なさそうな彼女に心の中で苦笑して、アレクは一人で鍛錬場に入っていった。

 アーダンも騎士仲間とともに鍛錬を続けていたのだが、アレクの姿を見つけると彼に声を掛けた。

「珍しいな。アレクが鍛錬とは」

「今日はやむを得ずだ」

「ナンパ失敗か」

「まぁ、そんなところだよ」

 そう言いながら、アレクは鍛錬用の剣を手に取った。
 アーダンが肩を竦めながら目で問いかけると、アレクは口端を上げてアーダンに自分の意志を示した。

「シグルド様、お相手、願います」

 シグルドとノイッシュの間に入り、アレクはノイッシュに肩を捕まれた。

「おい」

「テメーはさっさと夕食食って来いよ。オレ、連れてきちゃった」

「な、何ッ?」

 ノイッシュの表情が焦る。
 どうやら、本当に彼は忘れていたようだ。

「シグルド様のお相手はオレがする。彼女、大事にしろや」

「……スマン」

「オレ達の仲だろ」

 ノイッシュが一礼して下ると、シグルドはアレクに話し掛けた。

「アレク、街の様子は?」

「生きるか死ぬかよりも、美味いか美味くないかってとこですね」

「ふぅん。それじゃ、報告書はいつものように」

「ゲッ。またですか?」

 嫌そうなアレクに、シグルドの微笑み爆弾が炸裂する。

「始末書扱いじゃないから」

 

 アレクとアーダンとノイッシュ。

 彼らほど、主君に気に入られた騎士はいない。

 そして彼らほど、分かり合えた仲間はいない。

 

<了>