純情可憐な王子様

 


 

「みれえ、何してるの」

「あ、あぁ。吉武からメールが来てんだ」

 風呂上がりで髪を乾かしてる美作に声をかけられて、私はようやく携帯電話から顔を上げた。

「髪乾かしてるから、返信したらいいさ」

「ん。悪いな」

 美作には意図的に話していないことが一つある。

 実は、波戸からもメールが来てるんだよな。
 ただ、何となく言い辛かっただけで。

「バスタオル、足りるか」

「十分。何か、久しぶりだなぁ」

「高校以来だからな。まぁ、半年ぐらいか」

 お互いに進路が決まってから、私の家に泊まりに来て以来だろ。
 そういや、美作の母ちゃん、元気にしてっかな。

「美作の母ちゃん、元気か」

「相変わらず。みれえは実家に帰ってないの」

「ん。いろいろ忙しくてな」

 まぁ、実際のところは東京が楽しかったというか。
 電車で日帰りでも帰れる距離なんだけど、何となく足が遠のく形になってしまってる。

「また、泊まりに来てもいいの」

「別にかまわないぞ。前もって言ってくれれば、部屋は片付けるし」

「みれえはいつも部屋を片付けてるでしょ」

「まぁな」

 そうでもしないと、収納には限りがあるしな。
 まぁ、波戸や吉武が来ることもあるしな。

「……ねぇ、あの人」

「ん。誰だよ」

「その、みれえが裸見たっていう」

「あれは事故だ。それにほら、少ししか見てなかったし」

「でも、そんなの見ちゃったら……やっぱり」

「何だよ」

「お嫁にもらわないといけないんじゃ」

「ちょっと待て」

 どういう理論展開だ、美作。
 さすがについていけんぞ。

「でもでも、ほら、裸見ちゃったし」

「……お前の中で、私は男なのか」

 さすがにおかしいだろ。
 どういうポジションなんだ、私は。
 もしかして、美作の中では私は吉武と波戸を両手に花をしてる色男ポジションなのか。

「くだらん。さっさと寝るぞ」

「あ、みれえ」

 布団の中に入ってきた美作が、少し懐かしく感じた。

 いやいや、私にそういう気はないけどね。
 しかしまぁ、完全に男ポジだよなぁ、私。

 まぁ、そういう風な立ち位置になるのが嫌いではないけど。
 そういう風なポジションだと服装に気を使わない言い訳にもなるっていうか。

「みれえ、あの吉武さんって」

「ん。あぁ見えても一つ上だぞ。だからお酒飲んだって大丈夫だし」

「あ、そうなんだ。お友達の人も」

「高校の同級生って言ってたからな。同い年だろ」

「お酒、美味しいのかな」

「まぁ、好みの問題だろ」

 まぁ、美作は真面目に飲まなそうだしなぁ。
 今日も、冷蔵庫の中にあるカクテルパートナーは開けずじまいだし。

「可愛い服だったよねぇ」

「まぁ、本人がかわいい系だしな」

「東京に出たら、みれえもそうなるのかと思ってた」

「ありえねぇだろ。似合うか似合わないかくらいわかるって」

 それに、あこがれもないしな。
 入る服が少ないし、足を出す勇気はとてもじゃないがない。

「……コスプレも、楽しかった」

「まぁ、来年も来たら、やってんじゃないか」

「みれえも、普段からしてるの」

「まぁ……たまにだな」

「同じ漫画の組み合わせもするの」

「まぁ、大野先輩ってのが好きでな。コミフェスでは合わせってのもしたなぁ」

「写真はないの」

「あぁ、明日な。明日」

「見てもいいの」

「まぁ、美作ならいいよ」

「今日みたいに、カッコいいのかな」

「今日は男キャラだったな」

「いつもは違うの」

 そっか。
 学内だから男キャラにしてくれたのか。
 確かに、あんまりそういう目で見られるのは嫌だしな。

「ほら、もう電気消すぞ」

「あ、うん」

 電気を消して、しばらくすると美作の寝息が聞こえてくる。

 本当に寝つきがいいんだよなぁ。羨ましい。
 私も美作ぐらいの身長だったら、少しは変わってたのかな。

 正直、波戸とあんまり身長かわらないしな。
 私は運動靴がほとんどなのに、並んでると視線の位置がかわらないしな。

 

 

 

「おめでとう、みれえ」

 ……これは夢か。

 何で、私が白いスーツなんて着てるんだ。

 ……っていうか、美作がドレスって。

「あの、何だ、これ」

 いや、夢だってわかってるけど。
 どういうシチュエーションなんだ。

「あ、矢島っち。準備はできたっすか」

「あ、あぁ」

 え、なに。
 どうして答えてるの、私。

「新婦がお待ちかねっすよ」

「へ……」

 ちょっと待て。

 神父ってなんだ。
 祈りをささげろとかいう、ヘルシング的なアレか。

「矢島さん……」

 うぉぉぉぉ。
 ちょっと待てぇぇぇぇ。

 お、おま……

 

 

 あまりの夢見の悪さに跳ね起きた私は、隣に眠っている美作を見て、ようやく落ち着いた。

「くそ……夢見が悪すぎるぜ」

 うん、あれは夢だ。
 しかも、何だって私が男で、新婦が……波戸なんだよッ。

 どういう願望なんだ、私。
 まさか、男になりたい……って、吉武のネタを引っ張りすぎだろ。

「……みれえ」

「あ、悪い。起こしたか」

「ん……今、何時」

「まだ早いけど、起きるか。東京、案内するぞ」

「うん。ありがとう、みれえ」

 よし、大丈夫だ。
 今日は東京の浅草に行って、東京駅で飯食って、美作を送って終わりだ。

 布団から起きて、携帯電話に目をやると、返信が二通。
 一通は吉武で、もう一通は波戸から。
 眠ってる間に来てたんだな。

「みれえ、トイレ借りるね」

「あぁ」

 素早くメールを見れば、吉武に根掘り葉掘り聞きだされたという、波戸の泣き言メールかな。

『吉武さんが何か言う前に、僕からお伝えしたくて。明後日、少し部室に早くいきますから』

 明後日は、吉武が少し遅れてくる曜日だな。
 まぁ、波戸は代返コースかな。

『わかった。明日は休む。美作、送っていくし』

 簡潔にメールを返して、一息入れる。

 ……何だかなぁ。
 どういう扱われ方だよ、私。

「みれえ、着替えてくる」

「あぁ。こっちの部屋、使えよ」

「いいの」

「朝飯、用意するから」

 いやいや。
 私は男になんてなりたいわけじゃないさ。

 ……たぶん。

 

<了>